日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS22] 生物地球化学

2025年5月27日(火) 17:15 〜 19:15 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:福島 慶太郎(福島大学)、木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)

17:15 〜 19:15

[MIS22-P01] グリーンランド北西部カナック氷河における雪氷生物が利用する窒素栄養および硝酸の起源

*小野 誠仁1竹内 望2有江 賢志朗3西村 基志4鈴木 拓海3島田 利元3小林 綺乃2木庭 啓介1 (1.京都大学、2.千葉大学、3.宇宙航空研究開発機構、4.信州大学)

キーワード:氷河、積雪、氷河生態系、雪氷生物、硝酸、同位体

氷河や積雪といった雪氷環境には,寒冷環境に適応した雪氷生物が生息している.雪氷生物のうち,光合成微生物である雪氷藻類は,雪氷の融解が促進される夏期に繁殖する.雪氷藻類の繁殖には窒素栄養が不可欠だが,氷河上は貧栄養環境であるため,窒素栄養(NH4+,NO3-)が制限要因となりうる.このため,氷河上の窒素栄養状態およびその起源を明らかにすることは,雪氷藻類の繁殖を規定する要因を解明するうえで重要である.氷河上の窒素栄養の供給源に関する研究は,これまで中央アジアの山岳地域の氷河を対象に行われており,氷体内部での微生物活動によるNO3-の生成が示唆されている(Hattori et al., 2023).しかしながら,雪氷藻類が繁殖している氷表面における窒素栄養の起源については明らかになっていない.さらに,気候変動の影響で融解が顕著な北極域の氷河における窒素栄養状態とその起源に関する情報は限られている.NO3-の窒素酸素安定同位体比を測定することにより,硝酸が大気由来であるのか,それとも微生物活動など別のプロセスに由来するのかを判別することが可能である.本研究では,グリーンランド北西部のカナック氷河を対象に,雪氷生物が利用する窒素栄養とその起源について明らかにすることを目的とした.
2024年7月26日から8月11日にかけて,グリーンランドのカナック氷河で積雪と氷表面を採取した.積雪は氷帽上(標高1010 m)で白雪を,下流域では藻類の繁殖によって赤く色づいた赤雪を採取した.氷表面は標高635 m,750 m,860 m,925 m,950 mの5地点で採取し,それぞれの地点において,白色氷および藻類の繁殖によって褐色に色づいた着色氷を採取した.採取した試料は融解後にGF/Fフィルターで濾過し,赤雪,白色氷,着色氷中のNH4+濃度を,オルトフタルアルデヒドを用いた蛍光分光測定で測定した.NO3-の窒素酸素安定同位体比のために,濾過後の試料を陰イオン交換樹脂に通過させてNO3-を濃縮し,1 M NaCl溶液(10 mL)で抽出したのち,冷凍で京都大学に輸送した。輸送後,吸光光度測定でNO3-濃度を測定した.さらに,脱窒菌法でNO3-をN2Oに変換したうえで,NO3-の窒素酸素安定同位体比を安定同位体比質量分析計で測定した.
窒素栄養の濃度測定から,雪氷藻類が繁殖した地点では,繁殖していない地点に比べ窒素栄養濃度が標高に関わらず低いことが明らかになった.雪氷試料中のNH4+濃度は,赤雪で0.3 ± 0.1 μM,白色氷で1.3 ± 0.7 μM,着色氷で0.4 ± 0.3 μMであった.NO3-濃度は,白雪で1.2 ± 0.2 μM,赤雪で0.2 ± 0.1 μM,白色氷で0.3 ± 0.1 μM,着色氷で0.1 ± 0.1 μMであった.これらの結果は,藻類が繁殖した地点で,生物活動によって窒素栄養が消費されている可能性を示している.NO3-の窒素酸素安定同位体比の測定より,窒素安定同位体比が白雪で0.6 ± 1.7‰,白色氷で1.0 ± 3.5‰,赤雪で-1.4 ± 1.8‰,着色氷で0.6 ± 1.2‰であった.標高ごとでは,着色氷で窒素安定同位体比に変化が見られなかったのに対し,白色氷では標高が高くなるほど窒素安定同位体比が低くなる傾向が見られた.このことは,氷河および積雪表面に供給される窒素栄養の供給源が標高ごとに異なる可能性を示している.酸素安定同位体比は,白雪(68.5 ± 5.1‰)および白色氷(65.8 ± 3.0‰)が高い値を示した一方で,赤雪(53.1 ± 15.1‰)および着色氷(37.0 ± 8.0‰)では低い値を示した.これらの結果から,藻類が繁殖した地点で利用される窒素栄養は大気由来ではなく,微生物活動に由来することが示唆された.以上の結果より,貧栄養環境下にある雪氷表面でも活発な微生物活動が窒素栄養の生成に寄与していることが初めて示された.