11:15 〜 11:30
[MIS24-06] “浮石” の語源
キーワード:浮石、軽石、交州記、呉都賦
火山地質学に関わる論文や報告書をたどると、かつては軽石をさす専門用語として“浮石(フセキ)”という言葉が広く使われていた。現在の日本語の科学論文で使用されることはないが、2021年8月の海底火山福徳岡ノ場の噴火によってもたらされた海面上を漂う大量の軽石が南西諸島に次々と漂着した有様は、“浮石”という漢字による表現が実にうまくあてはまる現象であった。この“浮石”という単語の語源や出典に関する断片的な情報を、本発表では出典元となる漢籍を参照しながら整理する。
“浮石”という単語は中国明代の本草学者である李時珍が執筆しAD1596に出版された「本草綱目(ほんぞうこうもく)」や日本では江戸時代に著された各種の本草書、さらに日本の平安時代中期に編纂された辞書「倭名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)」に登場すると指摘されている(加藤、2009)。ただし、中国の本草書は李時珍の「本草綱目」が著された明代以前から、中国の歴代王朝の勅命による勅撰本草書や多くの私撰本草書が編纂されては新しい情報が追加されて更新されるという作業が繰り返されており(小曽戸、2014)、本草書の中に“浮石”という項目が掲載されるようになったのは、「本草綱目」が編纂される以前のことであると推察できる。また、日本の「倭名類聚抄」に掲載されていることを考慮すると、“浮石”の出典はさらに平安中期よりも時代をさかのぼり、漢籍に由来する可能性が高いと考えられる。
本草書をはじめとして、漢字文化圏のさまざまな辞書・類書と呼ばれる書物は、ほとんどの事例で依拠本とした書物や中国古典文学が記載されている(武、2023)。さらに、古い記述が間違っていることがわかっても削除せずに残しながら、新たな依拠本に基づいて記述が付け加えられるという様式で記述される。つまり、調査対象の単語の依拠本を手掛かりにすることで、その来歴をたどることが可能である。そこで、“浮石”という漢語の来歴を調査するために、①本草書の“浮石”に関する記述、②「和名類聚抄」における“浮石”に関する記述、③漢字字典に掲載されている“浮”という字の記述について、それぞれ依拠本を含めて確認した。
① 本草書の“浮石”に関する記述
江戸時代に日本人によって著された本草書の“浮石”の説明文は、基本的に李時珍の「本草綱目」を引用している。そして、「本草綱目」が“浮石”の依拠本とした本草書は10世紀ごろに成立した「日華子諸家本草」である。「日華子諸家本草」の原本は失伝しているが、「本草綱目」には「日華子諸家本草」の“浮石”の依拠本が「交州記」という書物であったと記述されている。「日華子諸家本草」以前の本草書には“浮石”という項目は確認できない。「交州記」は劉欣期が晋代(AD265~AD420)に書き著したとされるが現存しない。宋代の類書である太平御覧(AD977~AD983成立)で引用されており、その引用文をもとに復元された書籍「交州記」はある。中国側からみると呉(AD222~AD280)による交州(ベトナム北部)統治と反乱軍、ベトナム側から見ると抵抗・独立運動に関する当時の世相が読み取れる。
② 「和名類聚抄」における“浮石”の記述
「倭名類聚抄」は承平年間(AD931~AD938)に成立したとされ、源順によって編纂された平安中期を代表する漢和辞典である。本書には“浮石、和名加留以之”、すなわち(漢語の)“浮石”の和名は“加留以之”であると万葉仮名で記載されている。伝わっている校訂本によると、“浮石”が掲載されている漢籍は「文州記」と書かれているが、考証学者の狩谷棭斎が1883年に「箋注倭名類聚抄」の中で「交州記」に訂正している。
③ 漢字字典に掲載されている記述
“浮”という漢字の来歴について、AD1716に成立した中国の漢字辞典である康煕字典を参照すると、“浮石”という語が登場する文書として、西晋の文学者左思(AD252~AD307?)が執筆した「呉都賦」の中に登場することが書かれている。「呉都賦」は『文選』(6世紀ごろに成立)と題される文集の中に選ばれており、奈良時代には日本へ伝来したとされる。
上記の調査結果から、①、②では「交州記」、③では「呉都賦」という文書に“浮石”という語が登場することが分かった。「呉都賦」の中には“浮石若桴”という一節が登場し、この書き下し文は“カルイシはイカダのごとし”となる。さらに、「交州記」の中にも、海には“浮石”が漂っているということが書かれている。これらの“浮石”に関する記述が、自然現象の観察に基づいた描写であるとするならば、呉が存続していた3世紀ごろに大規模な軽石漂流イベントがあったことが示唆される。
<引用文献>
加藤祐三(2009):軽石-海底火山からのメッセージ―.八坂書房.264p.
小曽戸洋(2014):新版 漢方の歴史―中国・日本の伝統医学―〈あじあブックス〉.大修館書店.247p.
武 倩(2023):『倭名類聚抄』と『本草和名』―漢籍からの引用に着目して―.日本語学. 513,48-56.
“浮石”という単語は中国明代の本草学者である李時珍が執筆しAD1596に出版された「本草綱目(ほんぞうこうもく)」や日本では江戸時代に著された各種の本草書、さらに日本の平安時代中期に編纂された辞書「倭名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)」に登場すると指摘されている(加藤、2009)。ただし、中国の本草書は李時珍の「本草綱目」が著された明代以前から、中国の歴代王朝の勅命による勅撰本草書や多くの私撰本草書が編纂されては新しい情報が追加されて更新されるという作業が繰り返されており(小曽戸、2014)、本草書の中に“浮石”という項目が掲載されるようになったのは、「本草綱目」が編纂される以前のことであると推察できる。また、日本の「倭名類聚抄」に掲載されていることを考慮すると、“浮石”の出典はさらに平安中期よりも時代をさかのぼり、漢籍に由来する可能性が高いと考えられる。
本草書をはじめとして、漢字文化圏のさまざまな辞書・類書と呼ばれる書物は、ほとんどの事例で依拠本とした書物や中国古典文学が記載されている(武、2023)。さらに、古い記述が間違っていることがわかっても削除せずに残しながら、新たな依拠本に基づいて記述が付け加えられるという様式で記述される。つまり、調査対象の単語の依拠本を手掛かりにすることで、その来歴をたどることが可能である。そこで、“浮石”という漢語の来歴を調査するために、①本草書の“浮石”に関する記述、②「和名類聚抄」における“浮石”に関する記述、③漢字字典に掲載されている“浮”という字の記述について、それぞれ依拠本を含めて確認した。
① 本草書の“浮石”に関する記述
江戸時代に日本人によって著された本草書の“浮石”の説明文は、基本的に李時珍の「本草綱目」を引用している。そして、「本草綱目」が“浮石”の依拠本とした本草書は10世紀ごろに成立した「日華子諸家本草」である。「日華子諸家本草」の原本は失伝しているが、「本草綱目」には「日華子諸家本草」の“浮石”の依拠本が「交州記」という書物であったと記述されている。「日華子諸家本草」以前の本草書には“浮石”という項目は確認できない。「交州記」は劉欣期が晋代(AD265~AD420)に書き著したとされるが現存しない。宋代の類書である太平御覧(AD977~AD983成立)で引用されており、その引用文をもとに復元された書籍「交州記」はある。中国側からみると呉(AD222~AD280)による交州(ベトナム北部)統治と反乱軍、ベトナム側から見ると抵抗・独立運動に関する当時の世相が読み取れる。
② 「和名類聚抄」における“浮石”の記述
「倭名類聚抄」は承平年間(AD931~AD938)に成立したとされ、源順によって編纂された平安中期を代表する漢和辞典である。本書には“浮石、和名加留以之”、すなわち(漢語の)“浮石”の和名は“加留以之”であると万葉仮名で記載されている。伝わっている校訂本によると、“浮石”が掲載されている漢籍は「文州記」と書かれているが、考証学者の狩谷棭斎が1883年に「箋注倭名類聚抄」の中で「交州記」に訂正している。
③ 漢字字典に掲載されている記述
“浮”という漢字の来歴について、AD1716に成立した中国の漢字辞典である康煕字典を参照すると、“浮石”という語が登場する文書として、西晋の文学者左思(AD252~AD307?)が執筆した「呉都賦」の中に登場することが書かれている。「呉都賦」は『文選』(6世紀ごろに成立)と題される文集の中に選ばれており、奈良時代には日本へ伝来したとされる。
上記の調査結果から、①、②では「交州記」、③では「呉都賦」という文書に“浮石”という語が登場することが分かった。「呉都賦」の中には“浮石若桴”という一節が登場し、この書き下し文は“カルイシはイカダのごとし”となる。さらに、「交州記」の中にも、海には“浮石”が漂っているということが書かれている。これらの“浮石”に関する記述が、自然現象の観察に基づいた描写であるとするならば、呉が存続していた3世紀ごろに大規模な軽石漂流イベントがあったことが示唆される。
<引用文献>
加藤祐三(2009):軽石-海底火山からのメッセージ―.八坂書房.264p.
小曽戸洋(2014):新版 漢方の歴史―中国・日本の伝統医学―〈あじあブックス〉.大修館書店.247p.
武 倩(2023):『倭名類聚抄』と『本草和名』―漢籍からの引用に着目して―.日本語学. 513,48-56.