日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS24] 歴史学×地球惑星科学

2025年5月28日(水) 10:45 〜 12:15 103 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:加納 靖之(東京大学地震研究所)、芳村 圭(東京大学生産技術研究所)、岩橋 清美(國學院大學)、玉澤 春史(東京大学生産技術研究所)、座長:加納 靖之(東京大学地震研究所)、玉澤 春史(東京大学生産技術研究所)、岩橋 清美(國學院大學)

12:00 〜 12:15

[MIS24-09] 万延元年遣米使節の見た1860年のオーロラ記録

*玉澤 春史1 (1.東京大学生産技術研究所)

キーワード:歴史記録、オーロラ

万延元年遣米使節団は1860年に江戸幕府が米国に派遣した使節団であり、日米修好通商条約の批准書を交換することを目的に派遣された。派遣された参加者はそれぞれ記録を残しており、日本近代史においても重要な記録群である。1860年3月29日(安政七年三月八日)、サンフランシスコにむかう途中で一行はオーロラを目撃しており、日本では見慣れない現象が何であるかを確認するなどの様子が、木村鉄太『航米記』、玉虫左大夫『航米日録』、佐野鼎『万延元年訪米日記』などに記録されている。航海中の記録でもあり、時間と位置の情報が細かく記されている。広瀬保庵『環海航路日記』では扇状に広がってみえる筋状の構造が図として描かれている。いずれも記述を『北光』としており、漢籍由来の『赤気』などの表記ではなく、当時流入しておいた欧州の専門書の翻訳書の記載で使用されている用語を使用しているところからも、この時期の用語の定着の過程の一端がみれる。1860年は第10太陽周期の極大期を迎えており、1859年のいわゆるキャリントンイベントの翌年でもあり、オーロラが見えやすかった時期である。航海記録という時間と位置の情報に加え描写の伴った有用な記録群であるといえる。