日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ41] 地球科学の科学史・科学哲学・科学技術社会論

2025年5月26日(月) 17:15 〜 19:15 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:矢島 道子(東京都立大学)、青木 滋之(中央大学文学部)、山田 俊弘(大正大学)、山本 哲

17:15 〜 19:15

[MZZ41-P01] 1850-1860年代の日本の地震に関する当時の海外新聞の掲載記事の情報源

*服部 健太郎1 (1.関西大学)

キーワード:歴史地震、海外新聞、安政江戸地震

近年,海外新聞を通じた1854年安政南海地震の情報伝播に関する研究が行われた[Sugimori et al. (2022)].また,1870年小田原地震に関して横浜の英字新聞Japan Weekly Mail,1872年浜田地震については神戸の英字新聞Hiogo Newsに地震記事が掲載されるなど,1870年代には,現地の英字新聞が海外への情報伝播の基点となっている.しかし,1854年以降1860年代に至る日本の地震の情報伝播については,詳細な検討がなされていなかった.
そこで本研究では,主に太平洋沿岸地域における当時の外国語新聞を対象とし,1854年およびそれ以降の1850年代と1860年代の日本の地震に関する記事を検討し,その情報源について整理する.
(1) 1854安政南海地震
上海の英字新聞North China Herald 1855年3月8日号(Extra)には,アメリカのポーハタン号のとある士官からの情報として,日本の地震情報が掲載されている.また3月17日にも,宣教師ロブシャイドが寄せた記事が存在する.
(2) 1855安政江戸地震
サンフランシスコの英字新聞Daily Alta California 1856年2月15日号には,前日の2/14に到着した船Pageから,江戸の地震の情報が紹介されている.同紙によると,Pageは,1855年12月2日に下田に到着,同10日に箱館に向け出航,28日に箱館に入り,翌年1月6日にサンフランシスコに向けて出発した.下田にて情報を入手したものと思われる.なお,当時の下田にいた外国人商人が安政江戸地震の地震動を感じ,その後Pageを出迎えていることが,日記から分かっている.
Daily Alta Californiaの1856年3月17日号には,香港からの2月1日付の報告として,その前年の12月に,Page号と同様に下田を訪れていた船General Pierceの人物からの地震情報がある.これは,日本の役人の報告が情報源であるとしている.
(3)1856年安政八戸沖地震(1856年8月23日)
オランダ領東インドのオランダ語新聞Java-bode及びJavasche courantの1857年1月14日号には,前年11月18日付の情報として,箱館が洪水と地震に襲われたことが記されている.襲来の日は明記していないが,1856年11月18日以前に箱館に被害を与えた地震としては,例えば1856年8月23日の安政八戸沖地震が挙げられる.仮にそうであるとすると,この洪水は,実際には地震に伴う津波であった可能性がある.
(4)1866年11月24日の関東の地震
これは被害地震ではないが,イギリスの英字新聞The London and China Telegraph の1867年2月4日号に,約15行の記述が見られる.横浜の英字新聞The Japan Times Overland Mailの1866年12月1日号に類似の記述があった.