日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ42] 地球化学の最前線:新しい挑戦と将来の展望

2025年5月30日(金) 15:30 〜 17:00 103 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:小畑 元(東京大学大気海洋研究所海洋化学部門海洋無機化学分野)、羽場 麻希子(東京工業大学理学院地球惑星科学系)、角野 浩史(東京大学先端科学技術研究センター)、井上 麻夕里(岡山大学大学院自然科学研究科)、座長:小畑 元(東京大学大気海洋研究所海洋化学部門海洋無機化学分野)、羽場 麻希子(東京工業大学理学院地球惑星科学系)、角野 浩史(東京大学先端科学技術研究センター)、井上 麻夕里(岡山大学大学院自然科学研究科)

16:25 〜 16:40

[MZZ42-09] XAFSを用いた鉱物中の局所Fe2+/Fe3+定量法の課題と新展開: 結晶方位依存性と多変量統計解析による高確度化

*伊藤 泰輔1ウォリス サイモン1高橋 嘉夫1 (1.東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻)


キーワード:X線吸収微細構造分光法、結晶方位依存性、Fe2+/Fe3+、多変量解析、単斜輝石

X線吸収端近傍微細構造 (XANES) 分光法は、μmスケールの元素化学状態を非破壊的かつ試料形態を問わず直接定量できる手法であり、相補的手法である広域X線吸収微細構造 (EXAFS) 分光法とともに、地球内外の酸化還元状態と物質の進化プロセスの理解に大きく貢献している。とくに、鉄 (Fe) は地球型惑星・小惑星物質中に普遍的に含まれる有用な酸化還元状態のプロキシであり、XANES分光法の特徴を活かしたFe価数状態の定量が広く行なわれている。
しかし、従来のXANESに基づく宇宙地球科学試料のスペシエーションには、長らく大きな課題があった。それは、多くの造岩鉱物の基本的性質である光学的な吸収異方性 (=多色性) ―試料方位ごとに得られるスペクトルが異なる性質― が考慮されていない点である。この異方性は、光学遷移が (1) 試料の結晶方位と (2) 入射光の偏光特性の2つに依存することに由来し、orientation effect等と呼ばれる。具体的には、光学的異方体や配向性試料の吸収スペクトルは、電子遷移の角度依存性に対応したピークの消長を示すことが知られる。そのため、一般的なFe K端 pre-edgeピークのエネルギーシフトを用いた異方性鉱物中のFe3+/ΣFe (ΣFe=Fe2++Fe3+) の分析値には、±20% (輝石・角閃石)、±10–15% (雲母類) 程度の大きな不確実性がある[1]。
近年、XAFSスペクトル全体 (XANES+EXAFS) を利用した多変量統計解析によるアプローチが、Fe3+/ΣFeや酸素フュガシティ (fO2) の正確な定量に有効であることが提案されている[2]。Orientation effectが問題となる光学的異方性鉱物においても、様々な方位と組成のスペクトルデータを学習させることで、結晶方位に依らず、従来よりも正確にFe3+/ΣFeを定量できるようになりつつある[3]。
そこで本研究では、岩石の成因解析で重要なケイ酸塩鉱物である単斜輝石に注目し、多変量解析手法を改良しつつ適用し、Fe K端XAFSに基づく正確なFe3+/ΣFe定量を試みた。まず、天然の新鮮かつ均質な単斜輝石単結晶を11種 (透輝石・普通輝石・エジリン輝石) 用意し、EPMAによる主要元素組成の定量分析、EBSDによる結晶方位の測定、そしてMössbauer分光法による正確なFe2+/Fe3+の測定を行なった。次いで、高エネルギー加速器研究機構 Photon Factory BL-4Aにおいて、直線偏光X線を用いた偏光XAFS測定を行ない、XAFSの結晶方位依存性を6つの互いに直交する方位について系統的に調べた。
結果、1s→4p遷移に由来するabsorption-edgeならびにrising-edgeのピークでは、偏光X線の振動方向に依存した顕著な双極子遷移の異方性が検出された。一方で、1s→3d/4p遷移に由来するpre-edgeピークでは、偏光X線の振動方向と伝播方向の2つに依存した複雑な異方性を示し、四重極遷移の寄与が認められた。
そして、説明変数間の多重共線性やp>>N (p: パラメータの数、N: 観測数) な条件を特徴とするスペクトルデータに有効な種々の多変量解析手法 (PLS・Lasso・Ridge) を、定方位スペクトルを訓練データとして適用した結果、テストデータのランダム方位の単斜輝石について±7.2–8.5 %Fe3+のRMSE誤差で推定することに成功した。訓練データと同じ結晶方位の単斜輝石については、さらに高確度な±5.1 %Fe3+の推定性能を得た。その一方で、従来のpre-edgeピークに基づく定量法は、異方性の影響を強く受ける結果、±13.5–15.3 %Fe3+の推定誤差を伴うことが分かった。また、多変量解析で得られた回帰係数は偏光スペクトルから抽出された吸収ピークの位置やいくつかのEXAFSの特徴とよく相関しており、これらのエネルギーにおける吸光度がFe3+/ΣFe予測に際して大きな情報量を持つことが分かった。
本研究で新たに開発した多変量回帰モデルを利用する大きなメリットは、任意の結晶方位の単斜輝石について、その微小領域のFe2+/Fe3+を従来よりも正確に定量できる点である。実際に天然の高圧変成岩 (エクロジャイト) の薄片試料中の単斜輝石に適用した結果、従来のpre-edgeピークに基づく定量法は結晶方位によって41–71 %Fe3+と大きな推定幅を生じたのに対し、多変量モデルは54–61 %Fe3+と一貫してFe3+/ΣFeを推定できた。また、岩石中で共存するざくろ石と単斜輝石間のMg–Fe2+交換反応を用いた地質温度計を適用すると、生成条件はそれぞれ570–810℃、660–710℃ (圧力2.0 GPa) と求まり、推定誤差は大幅に (約200℃) 改善した。今後本手法の応用により、地質温度計や酸素分圧計を利用した惑星内部の熱構造と酸化還元状態のさらなる推定精度の向上が期待される。

【引用文献】
[1] Dyar et al. (2002), Can. Mineral., 40, 1375–1393.
[2] Dyar et al. (2023), Chem. Geol., 635, 121605.
[3] Dyar et al. (2016), Am. Mineral., 101, 1171–1189.