日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ44] 海底マンガン鉱床の生成環境と探査・開発

2025年5月29日(木) 09:00 〜 10:30 201B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:臼井 朗(高知大学海洋コア国際研究所)、高橋 嘉夫(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、鈴木 勝彦(国立研究開発法人海洋研究開発機構・海底資源センター)、伊藤 孝(茨城大学教育学部)、座長:伊藤 孝(茨城大学教育学部)、臼井 朗(高知大学海洋コア国際研究所)、鈴木 勝彦(国立研究開発法人海洋研究開発機構・海底資源センター)、高橋 嘉夫(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)

10:00 〜 10:15

[MZZ44-05] マンガン酸化物中バリウムの吸着種解明に基づく固液分配や同位体分別の系統的理解

*植野 颯太1、伊地知 雄太2平山 剛大1柏原 輝彦2臼井 朗3山口 瑛子1高橋 嘉夫1 (1.東京大学理学系研究科地球惑星科学専攻、2.国立研究開発法人海洋研究開発機構、3.高知大学海洋コア国際研究所)

キーワード:バリウム、同位体、吸着

バリウム(Ba)は生体必須元素ではないものの、海洋においては栄養塩型の鉛直分布を示す(例えば野崎, 1992)。これは、バライト(BaSO4)の沈殿が生物生産に依存して起こり、深層へ輸送されたのち続成作用により再溶解するためである。バライトが沈殿する際、Baの軽い同位体を選択的に取り込むため、海水中のBa安定同位体比が重くなることが知られている(Von Allmen et al., 2010)。よって、海水のBa同位体比を過去にわたって復元することができれば、古海洋環境が推定できる。この古海洋環境の復元にはバライト中のBa同位体比が利用されてきたが、バライトは海水中のBa同位体比の変化を駆動する物質であり、変化後の同位体比そのものを記録する別の媒体が必要である。その候補としてマンガン酸化物、水酸化鉄、層状珪酸塩などが挙げられる。このうちマンガン酸化物はBaを脱着しにくく、その同位体比は保持される可能性があるが、Baの吸着構造及び同位体比について詳細な研究はなされていない(Koschinsky et al., 2003; Horner et al., 2021)。層状物質であるマンガン酸化物において、層間で固相表面と直接結合する内圏錯体を形成するならば同位体比は保持されると考えられる。一方、水和したまま吸着する外圏錯体では吸着後に海水と交換するため同位体比は保持されない(例: ストロンチウム同位体比)。Baはマンガン酸化物に対して内圏錯体を形成することが示唆されており(Tanaka et al., 2024)、マンガン酸化物は海水のBa同位体比を記録する有用な媒体となり得る。そこで本研究では、マンガン酸化物へのBaの吸着反応を分子レベルの素過程から明らかにし た上で、Ba同位体比の利用可能性について検討するために様々な実験を行った。
本研究では、合成したマンガン酸化物(δ-MnO2)や水酸化鉄(ferrihydrite)を用いて、海洋におけるBaの吸着反応の模擬実験を行った。また、太平洋の海底で採取されたマンガン団塊・クラストを用いて、Baの吸着状態やBa同位体比の分析・測定を行った。吸着状態の解明を目的として放射光施設でのXAFS分析を行った。Ba同位体分析は、東京大学のマルチコレクター型誘導結合プラズマ質量分析計(MC-ICP-MS)を用いた。bracketing法とCe外部補正によってBa同位体比を求めた。本研究では、δ137/134Ba(以下、δ137Baと表す)をBaの標準試料であるSRM3104a(NIST)に対する値として示した。
BaのK吸収端EXAFSから、δ-MnO2に対してBaは内圏錯体を形成することが示唆された。また、BaのL吸収端高エネルギー分解能蛍光検出(HERFD)-XANESから、マンガン団塊・クラスト中でBaは、海洋堆積物中に広く存在するバライトが取り込まれたものではなく、δ-MnO2への吸着態として主に存在することが確かめられた。以上の実験より、Baはδ-MnO2に対して内圏錯体として吸着するため、そのBa同位体比は吸着時のまま保持される可能性が高いと考えられる。
Ba同位体分析は、吸着試料とマンガンクラストについて行った。Baを吸着させたδ-MnO2のBa同位体比を測定した結果、δ137Baは液相側で重く、固相側で軽くなることが示され、固液間で平均0.20 ‰の分別を示した。また、この分別反応は平衡分別であることが示唆された。次にマンガンクラスト中のδ137Baは、層序の異なる5点について測定した。これらの点の生成年代はUsui et al. (2017)を基に計算した結果、11〜2 Maであると推定された。δ137Baは深層にかけて増加傾向を示し、-0.02 ‰〜0.15 ‰の間で変化した。本実験で求めた分別係数を用いて、マンガンクラスト中のδ137Baから吸着時の海水の値を見積もったところ、最も表面に近い点で0.21 ‰となった。現在の海水のδ137Baは、マンガンクラストが採取された水深で0.20 ‰と報告されており(Hsieh and Henderson, 2017)、マンガンクラスト中のδ137Baから見積もった値と整合的である。よって、マンガンクラストを用いて海水のδ137Baを推定することの妥当性が支持された。
マンガンクラスト中でδ137Baが深さ方向に増加傾向を示したことは、対応する年代における生物生産量が減少傾向にあったことを示唆する。Cortese et al. (2004)では海洋でのオパール堆積量から、約15 Ma以降、海洋における生物生産量が減少傾向にあることを報告している。これは、マンガンクラスト中のδ137Baと整合的であり、マンガンクラスト中のBa同位体比は過去の生物生産量を反映している可能性が高い。本研究では、分子レベルの素過程に焦点をあてた解析によりマンガンクラスト中のBa同位体比が保持される仕組みを解明し、古環境復元ツールとして利用可能であることを示した。