日本地球惑星科学連合2025年大会

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[J] 口頭発表

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[O-05] 変動帯の地質と文化

2025年5月25日(日) 09:00 〜 10:30 展示場特設会場 (5) (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:鈴木 寿志(大谷大学)、川村 教一(兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)、先山 徹(NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)、座長:先山 徹(NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)、鈴木 寿志(大谷大学)

10:05 〜 10:30

[O05-04] 人間は「大地」を離れては生きていられない:鈴木大拙の宗教哲学と地質学の接点

★招待講演

*水野 友晴1 (1.関西大学)

キーワード:大地、鈴木大拙、地質学、生命

この発表で私が目的としているのは、人間は人間よりも大きな関係性の中で暮らしており、この大きな関係性によって生かされているという伝統的な日本人の考え方について示し、その具体例を、日本人の宗教観や、国際的な宗教学者であった鈴木大拙の「大地」の思想から紹介することである。
 自分のいのちや身体は自分所有のもので、いのちや身体をどう処分するかは自分だけで決定できるという考え方が近年増えてきたと感じる。そして、自分が行うことは自分で決定することができ、その責任を引き受けるのも自分であるという自己責任論の考え方も人々の間に広がってきている。こうした自己責任流の考え方を応用すれば、人間は自身が行うことを人間だけで自己決定でき、人間が生きてゆくさいには人間の範囲内のことだけを見ていたらよい、ということになるだろう。しかし、はたしてそうだろうか。人間のいのちは人間だけのものなのだろうか、いのちを考える際に人間だけに注目することは適切なのだろうか。
 東日本大震災のある被災地では、大勢の犠牲者の霊が海の方に歩いてゆく姿が見られたという話が語られている。この地域にはかつて海の向こうに死者の赴く他界があるという信仰があった。いのちが帰ってゆく場所として、海の彼方ということが考えられていたのである。
 しかし、いのちが帰ってゆく場所としての他界のイメージには、海の彼方などといった遠方のものがある一方で、亡くなった人たちは私たちとともにあり、私たちを見守っているという、他界は身近なものであるとするイメージも日本人にはあわせて抱かれている。一見すると矛盾するこれら2つの捉え方は、他界が私たちの生活世界たる現世を包んでいると見ればわかりやすい。この捉え方にあっては、他界と現世は場所を異にする2つの世界として位置づけされているのではなく、一つの卵にあって白身の内側に黄身が収まっているように、それらは一つの世界の内部における二層構造として捉えられている。
 しかも他界と現世との関係は、単純な二層構造としてあるというだけでなく、いのちが現世から他界へと帰ってゆくとされるように、層の間を行き来することがあわせて考えられている。ということは、現世を包むとされる他界は単に現世の外側に位置するだけでなく、その働きを現世に浸透させてきている。他界の浸透の例としては、死者がその子孫を見守ってくれていると感じるといった言説にはじまり、「おかげ」などと呼ばれる何らかの加護が他界からもたらされているといった言説、さらに神仏や諸霊が他界から現世へと来訪しまた他界へと帰ってゆくといった往来の言説もそこに加えることができる。
 そうすると、現世と他界の境界にはこうした浸透が発生する出入り口が備わっていることになる。そうした出入り口として考えられる聖地・霊場の所在について確かめてみれば、それらの多くは人里の周辺の岩山、すなわち山中に位置している。また、市中にある場合でも産土(うぶすな)といった呼称がそれに対して用いられることがある。つまり、他界から現世への浸透について考察する際には土や岩石といったものへの注目を我々は欠くことができない。鈴木大拙の宗教哲学と地質学との文化的接触点もまさにここに求められる。
 「宗教の神秘性を大地はもっている」と大拙はいい、「人間は大地を離れては生きていられない」という。一方で大拙は、現代人の生活にあっては人間が大地から離れて自身のなかに閉じこもる傾向が顕著となってきており、それはよいことばかりではなく、現代人に得体のしれない不安や息苦しさも感じさせていると指摘する。この不安と息苦しさについて、大拙はそれを現代の人々が世界の二層構造に思いを馳せず、ただ現世の層の枠内だけでものごとを考えるようになったことに由来すると見る。したがって、現世の層の外にさらに他界の層が広がっており、人間はこの二重構造の世界の中で暮らしていること、現世の自分たちの生にも他界から多くのものが浸透してきており、むしろ浸透してきたものによって現代人の生も支えられ活気づけられていること、こうしたことを再意識することで、現代人にも宗教的安心が与えられ、不安や息苦しさから逃れられるようになるという。
 地質学との接点を探すという意味では、それは他界からの浸透を日本人がどのような形でもって宗教文化に含めてきたかを検証し、あわせて現代人にも受け入れやすい仕方でそれをどのように再構築するかという作業となって現れる。この発表では鈴木大拙によるそうした試みについても紹介することにしたい。