17:15 〜 19:15
[O05-P06] 旧高畠駅で観察する高畠石
★招待講演
キーワード:高畠石、旧高畠駅、凝灰岩石材、岩相観察
1.はじめに
山形県高畠町の旧高畠駅(現在は旧高畠駅公園, Fid.1)は,かつての高畠鉄道の駅舎である.外壁材は地元の石材である高畠石で,旧高畠鉄道高畠駅本屋(図A)およびプラットフォームは2016年国の登録有形文化財に登録されている.
高畠鉄道は,1921(大正10)年に奥羽線糠ノ目駅から高畠駅,1924(大正13)年に二井宿駅までの全線が開業し,1974(昭和49)年に廃止になった.高畠駅は糠ノ目駅から3番目の駅である.1934(昭和9)年に建設された高畠駅駅舎や隣接する建物の外壁には,高畠石が使われている.高畠石は赤湯層下部から採石された凝灰岩石材である.高畠町郷土資料館の展示解説によると,旧高畠駅の石材は,瓜割採石場(現在の瓜割石庭公園)の上部から採石された石材である.
田宮(2024)は奥羽山脈に分布する分布する凝灰岩について文化地質学視点,特に景観について述べている.後期中新世の凝灰岩は,カルデラ火山の爆発的噴火活動によってもたらされた厚層の火砕流堆積物からなる.奥羽山脈は活火山の景観を除くと,その基盤をなす新第三系では後期中新世の凝灰岩が個性的な景観を創造し地域の観光の拠点となっている.
高畠石は後期中新世凝灰岩石材の1つで,赤湯層下部の分布する高畠町の採石場で2010(平成22)年まで採石された.採石場跡は高畠町の中に多く残っているが,そこで岩相を観察する場合,採掘停止から何年も経過しているため,風化等の影響で,現地では観察しやすいとは言えない状況である.奥羽山脈に分布する凝灰岩は高畠石の他にも,院内石,楯岡石,中川石,山寺石,秋保石などがかつて採掘されていたが,採石跡は観察に適している所は少ないと思われる.
一方,旧高畠駅の外壁は,岩相の観察には非常に良い状態である.採石場所が記録されている場合,他の地域でも現在残っている建築物石材での岩相観察は有効な方法と考えられる.たとえば,高畠石の場合,瓜割採石場上部は1934(昭和9)年建設された旧高畠駅で,瓜割採石場下部は,1989(平成元)年に建設された山形市の山寺芭蕉記念館の外壁材で観察できるというように,建築当時採石していた層順の高畠石を観察できる.
2.高畠石の観察
赤湯層は米沢盆地北端の南陽市から高畠町にかけての東西・南北約10 kmの範囲に分布する.赤湯層下部は主として塊状無層理の凝灰角礫岩からなり,異質・本質岩片を含む.本層上部はラミナが発達した細粒凝灰岩,泥岩からなる.本層下部は古くから石材(高畠石・赤湯石・中川石等)として利用されてきた(山形応用地質研究会,2016).
旧高畠駅の高畠石外壁材では,次のような岩相観察できる (Fig.2). 黄土色の細かい火山灰(基質)の中に,たくさんの数 mm〜数 cmの繊維状軽石が入っている.外来捕獲岩として多いのは,中粒角閃石黒雲母花崗閃緑岩,黒色の変質安山岩,泥岩および珪質泥岩である.いずれも数 cm〜10 cmの大きさである.花崗閃緑岩は基盤の白亜紀花崗岩類,変質安山岩は稲子峠層,泥岩は大沢層由来と推定される.なお,瓜割石庭公園では径約30cmの凝灰角礫岩からなる同源捕獲岩がみられる.
文献
田宮良一(2024)奥羽山脈に分布する凝灰岩の文化地質的視点、特に景観について.地質学会第131年学術大会(2024,山形)要旨,T3 O-18.
山形応用地質研究会(2016)山形県地質図(10万分の1)説明書.山形大学出版会, 61p.
山形県高畠町の旧高畠駅(現在は旧高畠駅公園, Fid.1)は,かつての高畠鉄道の駅舎である.外壁材は地元の石材である高畠石で,旧高畠鉄道高畠駅本屋(図A)およびプラットフォームは2016年国の登録有形文化財に登録されている.
高畠鉄道は,1921(大正10)年に奥羽線糠ノ目駅から高畠駅,1924(大正13)年に二井宿駅までの全線が開業し,1974(昭和49)年に廃止になった.高畠駅は糠ノ目駅から3番目の駅である.1934(昭和9)年に建設された高畠駅駅舎や隣接する建物の外壁には,高畠石が使われている.高畠石は赤湯層下部から採石された凝灰岩石材である.高畠町郷土資料館の展示解説によると,旧高畠駅の石材は,瓜割採石場(現在の瓜割石庭公園)の上部から採石された石材である.
田宮(2024)は奥羽山脈に分布する分布する凝灰岩について文化地質学視点,特に景観について述べている.後期中新世の凝灰岩は,カルデラ火山の爆発的噴火活動によってもたらされた厚層の火砕流堆積物からなる.奥羽山脈は活火山の景観を除くと,その基盤をなす新第三系では後期中新世の凝灰岩が個性的な景観を創造し地域の観光の拠点となっている.
高畠石は後期中新世凝灰岩石材の1つで,赤湯層下部の分布する高畠町の採石場で2010(平成22)年まで採石された.採石場跡は高畠町の中に多く残っているが,そこで岩相を観察する場合,採掘停止から何年も経過しているため,風化等の影響で,現地では観察しやすいとは言えない状況である.奥羽山脈に分布する凝灰岩は高畠石の他にも,院内石,楯岡石,中川石,山寺石,秋保石などがかつて採掘されていたが,採石跡は観察に適している所は少ないと思われる.
一方,旧高畠駅の外壁は,岩相の観察には非常に良い状態である.採石場所が記録されている場合,他の地域でも現在残っている建築物石材での岩相観察は有効な方法と考えられる.たとえば,高畠石の場合,瓜割採石場上部は1934(昭和9)年建設された旧高畠駅で,瓜割採石場下部は,1989(平成元)年に建設された山形市の山寺芭蕉記念館の外壁材で観察できるというように,建築当時採石していた層順の高畠石を観察できる.
2.高畠石の観察
赤湯層は米沢盆地北端の南陽市から高畠町にかけての東西・南北約10 kmの範囲に分布する.赤湯層下部は主として塊状無層理の凝灰角礫岩からなり,異質・本質岩片を含む.本層上部はラミナが発達した細粒凝灰岩,泥岩からなる.本層下部は古くから石材(高畠石・赤湯石・中川石等)として利用されてきた(山形応用地質研究会,2016).
旧高畠駅の高畠石外壁材では,次のような岩相観察できる (Fig.2). 黄土色の細かい火山灰(基質)の中に,たくさんの数 mm〜数 cmの繊維状軽石が入っている.外来捕獲岩として多いのは,中粒角閃石黒雲母花崗閃緑岩,黒色の変質安山岩,泥岩および珪質泥岩である.いずれも数 cm〜10 cmの大きさである.花崗閃緑岩は基盤の白亜紀花崗岩類,変質安山岩は稲子峠層,泥岩は大沢層由来と推定される.なお,瓜割石庭公園では径約30cmの凝灰角礫岩からなる同源捕獲岩がみられる.
文献
田宮良一(2024)奥羽山脈に分布する凝灰岩の文化地質的視点、特に景観について.地質学会第131年学術大会(2024,山形)要旨,T3 O-18.
山形応用地質研究会(2016)山形県地質図(10万分の1)説明書.山形大学出版会, 61p.