日本地球惑星科学連合2025年大会

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[O-10] 【防災学術連携体共催】阪神・淡路大震災から30年-教訓と進展

2025年5月25日(日) 13:45 〜 15:15 展示場特設会場 (4) (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:吾妻 崇(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、松島 信一(京都大学防災研究所)、田村 和夫卜部 厚志(新潟大学災害・復興科学研究所)、座長:吾妻 崇(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、松島 信一(京都大学防災研究所)


14:45 〜 15:00

[O10-04] 建物の大被害とその後の耐震設計

★招待講演

*篠崎 洋三1 (1.大成建設株式会社)

キーワード:耐震設計、免震構造、震度

「建物の大被害とその後の耐震設計」
1995年の阪神淡路大震災(M7.2)は、今だに「新耐震設計法」と呼ばれている1981年に施行された耐震設計法によって設計された建物群・都市が震度7の強震動を経験した初めての地震被害であった。それまでの1960年新潟地震(M7.5)・1968年十勝沖地震(M7.5)・1978年宮城県沖地震(M7.4)などの経験をベースに作られた耐震設計法を幾らか理解していたつもりだったが、自ら被災した建物・街を目の当たりにし復旧復興を体験することの重要性を痛感した経験であった。
その被害は我々構造設計者が学んできた鉄筋コンクリート短柱のせん断破壊や偏心架構のねじれ崩壊などの建物の損傷パターンとは全く違っていた。何より木造密集住宅地域で生じた老朽化した木造住宅の崩壊とそれに伴う大規模火災。呆然とまだ煙がくすぶる焼けただれ神戸の市場に立ちすくんだ記憶はまだまだ脳裏に新しい。芦屋浜高層住宅群の破断した極厚鉄骨ボックス柱、前年の米国での被害と同様の梁の接合部の破断、兵庫県庁舎に代表される中間層破壊、多くの鉄筋コンクリートマンションで発生したピロティ柱のせん断破壊、新潟地震と同じ液状化被害ではあるが大規模な神戸港護岸の側方流動などおびただしい被害パターンとその甚大さは過去に類をみない被災いであった。
しかし、その多くの被害は、1981年以前のいわゆる旧法で設計された建物の多くで見られ、地震応答解析の知見を取り入れた新耐震で設計された建物の被害が少なかったこともその特徴でもある。いくつかの損傷パターンは、その後の耐震設計法の改良に生かされ今日の建築物の安全に寄与している。その中で、開発・実現して間もない免震構造の建物が仕上げ部材の被害も無く機能維持を果たしたことは、急速な免震構造・制振構造の展開に繋がった。この未曽有の地震災害をきっかけに実大規模の耐震性能確認研究の重要さが注目され、同じ兵庫県三木市に建設された世界最大規模の振動台実験施設E-Defenseはその後の技術開発に留まらず、メディアを通して「耐震構造」という技術の一般市民への浸透に大きく寄与している。
一方で、この地震で顕著に表れたのが、建物の耐震性能に対する設計者の意識と建物使用者との理解の違いであった。設計者は「大地震でも建物は大丈夫に設計してあります」と説明してきたが、「大丈夫」というのは、基準法の最低限のクライテリアである「人命保護」でしかなく「仕上げ部材は大きく損傷し、建物は機能しない」という現実が浮き彫りになった。その後の2011年東日本地震(M9.0)や2016年熊本地震(M7.3)でも、日本の産業を支える生産施設においては、建物内の生産機器や機能を維持しするというニーズには、地震時に地面より揺れが大きくなる耐震設計では不十分なことが明白になってきている。そのため昨今の半導体工場などでは、耐震構造に代わって免制振構造が選択されることが少なくない。地震エネルギーを集中して吸収する免制振構造の信頼性向上を目指して実大免震試験施設E-Isolationが、同じ三木市に建設され運営を開始している。
 耐震設計は常に地震被害から学び発展してきたが、起こり得る被害や損傷を想像することは出来なくはない。精密な半導体などに支えられるであろうこれからのIT社会を守って行くために、過去の事例だけでなくE-DefenseやE-Isolationのような施設における耐震構造の世界リーダーとしての取り組みも紹介する。