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[O11-P123] 1969年からのペルセウス座流星群の傾向分析
キーワード:流星、流星群、彗星
1 研究背景
本校天文気象部では2011年以降、毎年合宿でペルセウス座流星群の眼視観測を行っている。記録には1953年から流星観測を始めたとあるが、詳細は不明であった。しかし昨年1969年以降の詳細な記録用紙を発見したため、欠測や紛失の年を除いた35年分の記録をデジタル化して整理し、流星群の傾向を分析した。
2 本校の眼視観測
ペルセウス座流星群は、極大時に1時間あたりの平均出現数が50個前後になる。母天体はスイフト・タットル彗星である。
現在本校では、4人で東西南北の空を見上げ、流星の流れた時刻、方角、等級、高度などを観測者が報告し記録をとっている(図1)。また、10分毎に最微光星(肉眼で見える最も暗い星)や雲量(雲の量や、山、建物などの物体が視界を占める割合)を記録する。2011年からは、長野県入笠山で、4人観測2人記録で観測を行っているが、過去は4~10人で観測を行っていた。
3 分析方法
流星群の出現状況を表すZHRを求め、比較した。ZHRとは、雲量が0で、放射点が天頂にあって最微星6.5等まで見える理想的な空で観測できる1時間あたりの群流星数を意味しており、次の式で表される。
ZHR=(r^(6.5-Lm)×HR)/((1-cl/10)×sinθ)
r(光度比)は流星の等級が1暗くなるごとに増える、観測可能な群流星数の比率、HRは一時間に観測した群流星数、Lm(最微等級)は観測可能な最も暗い星の等級、clは雲量、θは放射点高度のことである。
今回はExcelで10分ごとに流星数を集計し、雲量8未満かつ放射点高度20°以上の条件の良い記録のみを分析に用いた
4 結果と考察
【ZHR】
年毎にZHRを算出したところ、通常は大きくても100~200程度になるところ、1000を超える異常な値が多く見られた(図3)。原因として、流星観測の練度不足のため、最微等級の識別(本校は整数で報告)、散在流星と群流星の判別、雲量に関する山や薄雲への判別などの精度が不十分だったことが考えられる。
そこで、今回は信頼性の高い放射点高度のみの補正を行った(図4)。
【ピーク】
全ての年で日付と時間ごとに群流星数をまとめると、地球の公転周期が正確に365日でなく、正確に分析できないため、太陽黄経毎に群流星数を集計して分析した。その結果、太陽黄径140.3°でピークを迎え、141°を超えると群流星数が急激に減少していることが読み取れた(図5)。また、ピークが変化しているか調べるため、1970、80、90、2010年代の10年毎に分けて分析したところ、どの年代も太陽黄径140°±0.25°でピークを迎えていた。加えて、どの年代も太陽黄径141°を超えると群流星数が急激に減少し、ピークに変化はないことが読み取れた(図6)。
【光度比】
観測で記録された流星数を等級ごとに集計し、日本流星研究会の値との比較を行った。本校で観測された-2等級の流星の総数を基準にして、日本流星研究会が公表する光度比から流星数の理論値を導き、本部の値と比較した結果、2等級までは理論値と同じように増加していることが読み取れた。しかし、3等級より暗くなると理論値とは大きく離れた(図6)。これは、本校の観測の練度が低く、3等級より暗い流星の観測が難しいことが原因と考え、-2~2等級までの流星数から光度比を算出した。得られた平均光度比 は2.7となり、日本流星研究会の一般的なペルセウス座流星群の光度比2.6と近い値になった。このことから、-2から2等級の明るい流星の等級の判別は、ある程度正確に行われていたと考えられる。
5 まとめと今後の展望
過去のペルセウス座流星群の観測記録について、放射点高度のみ補正し太陽黄経との関係を調べたところ、どの年代も太陽黄経140°付近で流星数のピークを迎えた。また、流星数を明るさ毎に集計したところ、-2~2等級の光度比が2.7となり、日本流星研究会が算出した2.6と近い値になった。
今回の分析で得られた太陽黄経と流星数の傾向は一般的なものか、外部のデータと比較し、本校の観測の精度を検証し、他の特徴がないか探っていきたい。
謝辞
本研究を行うにあたり、IMOの小川宏さん、Dr.Jürgen Rendtelをはじめ、NMS、IMOの皆さまに流星群の分析手法をご指導頂いたほか、観測データを提供して頂きました。感謝致します。
参考文献
・日本流星会事務局(2005)『流星眼視記録観測マニュアル』
・斎藤馨児,長沢工(1984)『流星Ⅰ 観測の実際』『流星Ⅱ 解析と理論』恒星社厚生閣
・長沢工(2001)『流星と流星群』地人書館
・こよみのページ「月齢カレンダー」
・FAS 府中天文同好会「太陽黄経計算 ver.2」
本校天文気象部では2011年以降、毎年合宿でペルセウス座流星群の眼視観測を行っている。記録には1953年から流星観測を始めたとあるが、詳細は不明であった。しかし昨年1969年以降の詳細な記録用紙を発見したため、欠測や紛失の年を除いた35年分の記録をデジタル化して整理し、流星群の傾向を分析した。
2 本校の眼視観測
ペルセウス座流星群は、極大時に1時間あたりの平均出現数が50個前後になる。母天体はスイフト・タットル彗星である。
現在本校では、4人で東西南北の空を見上げ、流星の流れた時刻、方角、等級、高度などを観測者が報告し記録をとっている(図1)。また、10分毎に最微光星(肉眼で見える最も暗い星)や雲量(雲の量や、山、建物などの物体が視界を占める割合)を記録する。2011年からは、長野県入笠山で、4人観測2人記録で観測を行っているが、過去は4~10人で観測を行っていた。
3 分析方法
流星群の出現状況を表すZHRを求め、比較した。ZHRとは、雲量が0で、放射点が天頂にあって最微星6.5等まで見える理想的な空で観測できる1時間あたりの群流星数を意味しており、次の式で表される。
ZHR=(r^(6.5-Lm)×HR)/((1-cl/10)×sinθ)
r(光度比)は流星の等級が1暗くなるごとに増える、観測可能な群流星数の比率、HRは一時間に観測した群流星数、Lm(最微等級)は観測可能な最も暗い星の等級、clは雲量、θは放射点高度のことである。
今回はExcelで10分ごとに流星数を集計し、雲量8未満かつ放射点高度20°以上の条件の良い記録のみを分析に用いた
4 結果と考察
【ZHR】
年毎にZHRを算出したところ、通常は大きくても100~200程度になるところ、1000を超える異常な値が多く見られた(図3)。原因として、流星観測の練度不足のため、最微等級の識別(本校は整数で報告)、散在流星と群流星の判別、雲量に関する山や薄雲への判別などの精度が不十分だったことが考えられる。
そこで、今回は信頼性の高い放射点高度のみの補正を行った(図4)。
【ピーク】
全ての年で日付と時間ごとに群流星数をまとめると、地球の公転周期が正確に365日でなく、正確に分析できないため、太陽黄経毎に群流星数を集計して分析した。その結果、太陽黄径140.3°でピークを迎え、141°を超えると群流星数が急激に減少していることが読み取れた(図5)。また、ピークが変化しているか調べるため、1970、80、90、2010年代の10年毎に分けて分析したところ、どの年代も太陽黄径140°±0.25°でピークを迎えていた。加えて、どの年代も太陽黄径141°を超えると群流星数が急激に減少し、ピークに変化はないことが読み取れた(図6)。
【光度比】
観測で記録された流星数を等級ごとに集計し、日本流星研究会の値との比較を行った。本校で観測された-2等級の流星の総数を基準にして、日本流星研究会が公表する光度比から流星数の理論値を導き、本部の値と比較した結果、2等級までは理論値と同じように増加していることが読み取れた。しかし、3等級より暗くなると理論値とは大きく離れた(図6)。これは、本校の観測の練度が低く、3等級より暗い流星の観測が難しいことが原因と考え、-2~2等級までの流星数から光度比を算出した。得られた平均光度比 は2.7となり、日本流星研究会の一般的なペルセウス座流星群の光度比2.6と近い値になった。このことから、-2から2等級の明るい流星の等級の判別は、ある程度正確に行われていたと考えられる。
5 まとめと今後の展望
過去のペルセウス座流星群の観測記録について、放射点高度のみ補正し太陽黄経との関係を調べたところ、どの年代も太陽黄経140°付近で流星数のピークを迎えた。また、流星数を明るさ毎に集計したところ、-2~2等級の光度比が2.7となり、日本流星研究会が算出した2.6と近い値になった。
今回の分析で得られた太陽黄経と流星数の傾向は一般的なものか、外部のデータと比較し、本校の観測の精度を検証し、他の特徴がないか探っていきたい。
謝辞
本研究を行うにあたり、IMOの小川宏さん、Dr.Jürgen Rendtelをはじめ、NMS、IMOの皆さまに流星群の分析手法をご指導頂いたほか、観測データを提供して頂きました。感謝致します。
参考文献
・日本流星会事務局(2005)『流星眼視記録観測マニュアル』
・斎藤馨児,長沢工(1984)『流星Ⅰ 観測の実際』『流星Ⅱ 解析と理論』恒星社厚生閣
・長沢工(2001)『流星と流星群』地人書館
・こよみのページ「月齢カレンダー」
・FAS 府中天文同好会「太陽黄経計算 ver.2」
