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[O11-P68] 埼玉県所沢市に残る日記から読み取る1898年〜1924年に発生した被害地震と日記の資料価値の探求
キーワード:1898年~1924年の被害地震、所沢市に残る日記
本研究に着手した経緯
著者が所属する理科研究部では、これまで埼玉県内の1923年9月1日に発生した関東地震の記録調査を行ってきた。著者は、1923(大正12)年の関東地震および1924(大正13)年の丹沢地震について、所沢市を対象地域とし調査を行った。所沢市には、関東地震当時に記された日記が3つ残っている(北田家日記、諸星家日記、鈴木家日記)。これらの日記は毎日欠かさず記されるという特性があり、復旧・復興の過程についても考察を行った(徳田・荒井(2023))。
研究目的
本研究では、前述の3家の日記を用いて、関東地震以外の地震について調査を行った。日記の記録を通じて、3家が住む地点での地震による揺れの強さを読み取り、震源の位置や地震の規模との相関性を考察する。また、日記資料が地震の揺れの強さや周期をどの程度再現できるかを探求する。
研究の進め方
本研究に使用する日記とその所蔵を以下に示す。
・北田家日記(所沢市文化財保護課所蔵)1898年~1924年
・諸星家日記(所沢市文化財保護課所蔵)1906年~1924年
・鈴木家日記(所沢市教育委員会文化財保護課所蔵の写真製本)1906年~1964年
本研究の調査範囲は1898年~1924年とした。北田家日記は他の2家に比べ記述量が多いため、この日記の存在期間を研究期間とした。また、発生時刻や震源を把握できる地震に絞って調査を行うため、宇佐美(2003)による「最新版日本被害地震総覧[416]-2001」を用いた。宇佐美(2003)には、1898年から1924年までに134個の地震が記載されている。さらに、宇佐美(2003)には記載のある地震の前震や余震が日記に書かれている可能性があるため、発生当日およびその前後5日間も調査対象とした。
調査の結果
調査の結果、日記調査で記述が見られた地震は、134個のうち、北田家日記で20個、諸星家日記で6個、鈴木家日記で3個の地震記述がみられた。山梨県を含む関東地方を震源とする13個の地震について、北田氏はM6以上の地震に対し「大地震」または「大ナル地震」と記述していた。一方、諸星氏と鈴木氏は共に、M7以上の地震に対してのみ「大地震」または「強震」と記述していた。静岡県や伊豆諸島から関東沖の5つの地震は、所沢市から震源が離れており、3氏ともM7未満の地震に対して「大地震」と記述していなかった。また、20個の地震の中で、所沢市に多少の被害が生じたことが記録されているのは、⑩、⑪(および⑫)、⑬、⑯の地震であった。関東地方周辺で発生するM7クラスの地震は、所沢市のある埼玉県と隣接する都県から震源が近い場合、被害が生じることが示された。
これらの20個の地震の震源分布を作成したところ、⑧と⑩を除いてすべて所沢市の緯度(北緯35.8度)より南に位置していた。また、前後5日間の調査結果では、関東地震の余震の記述がありましたが、その他の地震については余震かどうかの判断が難しいものも多くあった。
表1に類似する現代地震
表1にまとめた20個の地震については、それぞれのマグニチュードが把握できたが、これらと震源やマグニチュードが類似する地震が近年でも発生しているため、著者らは3家の日記の記述と類似する点を調査した(表2)。本章のデータは、気象庁の震度データベースを用いた。調査対象となった地震は、M5.4以上とした。M5.4以上としたのは表1に記載されている地震のマグニチュードの最低値がM5.4だったからである。表2から、茨城県南部および埼玉県北部を震源とする地震が比較的多く発生していることが確認でき、これらは表1の⑧および⑩と類似している。北田氏は⑧に「大地震あり」と、⑩に「大地震あり、時計止れり」と記述している。この地域を震源とする地震が多く、日記からはM6クラスの地震が所沢市内で被害を引き起こす可能性があることが示唆された。また、地震Nは表1の地震⑳(三重県沖を震源)に類似しており、北田氏は「長キ大地震アリ」と記述している。この「長キ」という表現は、地震の揺れの周期または継続時間を指していると考えられる。この点を検証するため、所沢市で観測された地震Nの地震波形を確認したところ、継続時間が地震Eより長いことが確認された。地震の周期も同時に確認したが、周期については有意な差はみられなかった。このことから、北田家日記の「長キ」という表現が地震の継続時間を示すものと再確認できた。
今後の展望
余震調査では、北田家日記に多くの地震の記述が見られた。そのため、未調査の期間に地震に関する記述が存在する可能性が高く、今後も読み取り調査を継続していきたいと考えている。
最後に
本研究の宇佐美(2003)に記載されている被害地震当日の日記調査の結果は、「第41回歴史地震研究会(木曾御嶽大会)」で発表を行った。また、本研究の内容は歴史地震研究会の学術誌『歴史地震』に資料論文として投稿し、査読審査を受け3月末日に受理を頂き、2025年7月発行の号に掲載される。
引用
宇佐美龍夫,2003,最新版日本被害地震総覧[416] -2001,東京大学出版会,605 pp.
気象庁,2016,震度データベース検索,https://www.data.jma.go.jp/eqdb/data/shindo/index.html (最終閲覧2024年11月)
徳田光希・荒井賢一,2023,埼玉県所沢市に残る,1923年関東地震の翌日以降の日記,歴史地震,第38号,201-204.
著者が所属する理科研究部では、これまで埼玉県内の1923年9月1日に発生した関東地震の記録調査を行ってきた。著者は、1923(大正12)年の関東地震および1924(大正13)年の丹沢地震について、所沢市を対象地域とし調査を行った。所沢市には、関東地震当時に記された日記が3つ残っている(北田家日記、諸星家日記、鈴木家日記)。これらの日記は毎日欠かさず記されるという特性があり、復旧・復興の過程についても考察を行った(徳田・荒井(2023))。
研究目的
本研究では、前述の3家の日記を用いて、関東地震以外の地震について調査を行った。日記の記録を通じて、3家が住む地点での地震による揺れの強さを読み取り、震源の位置や地震の規模との相関性を考察する。また、日記資料が地震の揺れの強さや周期をどの程度再現できるかを探求する。
研究の進め方
本研究に使用する日記とその所蔵を以下に示す。
・北田家日記(所沢市文化財保護課所蔵)1898年~1924年
・諸星家日記(所沢市文化財保護課所蔵)1906年~1924年
・鈴木家日記(所沢市教育委員会文化財保護課所蔵の写真製本)1906年~1964年
本研究の調査範囲は1898年~1924年とした。北田家日記は他の2家に比べ記述量が多いため、この日記の存在期間を研究期間とした。また、発生時刻や震源を把握できる地震に絞って調査を行うため、宇佐美(2003)による「最新版日本被害地震総覧[416]-2001」を用いた。宇佐美(2003)には、1898年から1924年までに134個の地震が記載されている。さらに、宇佐美(2003)には記載のある地震の前震や余震が日記に書かれている可能性があるため、発生当日およびその前後5日間も調査対象とした。
調査の結果
調査の結果、日記調査で記述が見られた地震は、134個のうち、北田家日記で20個、諸星家日記で6個、鈴木家日記で3個の地震記述がみられた。山梨県を含む関東地方を震源とする13個の地震について、北田氏はM6以上の地震に対し「大地震」または「大ナル地震」と記述していた。一方、諸星氏と鈴木氏は共に、M7以上の地震に対してのみ「大地震」または「強震」と記述していた。静岡県や伊豆諸島から関東沖の5つの地震は、所沢市から震源が離れており、3氏ともM7未満の地震に対して「大地震」と記述していなかった。また、20個の地震の中で、所沢市に多少の被害が生じたことが記録されているのは、⑩、⑪(および⑫)、⑬、⑯の地震であった。関東地方周辺で発生するM7クラスの地震は、所沢市のある埼玉県と隣接する都県から震源が近い場合、被害が生じることが示された。
これらの20個の地震の震源分布を作成したところ、⑧と⑩を除いてすべて所沢市の緯度(北緯35.8度)より南に位置していた。また、前後5日間の調査結果では、関東地震の余震の記述がありましたが、その他の地震については余震かどうかの判断が難しいものも多くあった。
表1に類似する現代地震
表1にまとめた20個の地震については、それぞれのマグニチュードが把握できたが、これらと震源やマグニチュードが類似する地震が近年でも発生しているため、著者らは3家の日記の記述と類似する点を調査した(表2)。本章のデータは、気象庁の震度データベースを用いた。調査対象となった地震は、M5.4以上とした。M5.4以上としたのは表1に記載されている地震のマグニチュードの最低値がM5.4だったからである。表2から、茨城県南部および埼玉県北部を震源とする地震が比較的多く発生していることが確認でき、これらは表1の⑧および⑩と類似している。北田氏は⑧に「大地震あり」と、⑩に「大地震あり、時計止れり」と記述している。この地域を震源とする地震が多く、日記からはM6クラスの地震が所沢市内で被害を引き起こす可能性があることが示唆された。また、地震Nは表1の地震⑳(三重県沖を震源)に類似しており、北田氏は「長キ大地震アリ」と記述している。この「長キ」という表現は、地震の揺れの周期または継続時間を指していると考えられる。この点を検証するため、所沢市で観測された地震Nの地震波形を確認したところ、継続時間が地震Eより長いことが確認された。地震の周期も同時に確認したが、周期については有意な差はみられなかった。このことから、北田家日記の「長キ」という表現が地震の継続時間を示すものと再確認できた。
今後の展望
余震調査では、北田家日記に多くの地震の記述が見られた。そのため、未調査の期間に地震に関する記述が存在する可能性が高く、今後も読み取り調査を継続していきたいと考えている。
最後に
本研究の宇佐美(2003)に記載されている被害地震当日の日記調査の結果は、「第41回歴史地震研究会(木曾御嶽大会)」で発表を行った。また、本研究の内容は歴史地震研究会の学術誌『歴史地震』に資料論文として投稿し、査読審査を受け3月末日に受理を頂き、2025年7月発行の号に掲載される。
引用
宇佐美龍夫,2003,最新版日本被害地震総覧[416] -2001,東京大学出版会,605 pp.
気象庁,2016,震度データベース検索,https://www.data.jma.go.jp/eqdb/data/shindo/index.html (最終閲覧2024年11月)
徳田光希・荒井賢一,2023,埼玉県所沢市に残る,1923年関東地震の翌日以降の日記,歴史地震,第38号,201-204.
