日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-CG 宇宙惑星科学複合領域・一般

[P-CG21] 宇宙における物質の形成と進化

2025年5月28日(水) 09:00 〜 10:30 301B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:瀧川 晶(東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻)、大坪 貴文(産業医科大学)、野村 英子(国立天文台 科学研究部)、荒川 創太(海洋研究開発機構)、座長:大坪 貴文(産業医科大学)、榎本 華子(東京大学)

10:15 〜 10:30

[PCG21-06] 星間氷の光化学反応によるヘキサメチレンテトラミン(HMT)とその誘導体の合成:氷初期組成の効果

*古田 大樹1古賀 俊貴2高野 淑識2橘 省吾1 (1.東京大学、2.国立研究開発法人 海洋研究開発機構)


キーワード:星間化学、光化学、低温科学、分子雲、有機物

分子雲や原始星の形成領域では多様な有機分子の存在が電波観測によって確認されている。原子を6つ以上含む有機分子は複雑有機分子(COMs)と呼ばれ、星・惑星系形成過程における有機分子の化学進化を解明する上で重要視されている(e.g., Tielens, 2013)。始原隕石や小惑星リターンサンプルに含まれる有機物には重水素濃集を示すものもあり、重水素濃集は星・惑星形成領域での低温の気相反応の影響だと考えられることから、低温領域を起源とした有機分子が太陽系に輸送されていることが示唆されている(e.g., Yabuta et al. 2023)。
星・惑星系形成領域でのCOMsの形成メカニズムとして、星間ダストを覆う氷マントル中での光化学反応が有力視されている。ダスト上の氷マントルは主に水であり、加えて二酸化炭素、一酸化炭素、メタノール、アンモニア、メタンなどが含まれていることが観測から判明している (Boogert et al. 2015)。紫外線照射による氷中分子の光解離で生成したラジカルは、原始星誕生などによる温度上昇によって拡散し、分子や他のラジカルと反応することでCOMsを形成すると考えられる。この生成過程を解明し、地球外物質との比較を行うことで、太陽系形成時の物理化学的環境を制約できる可能性がある。
このメカニズムや生成物の特性を明らかにするため、実験室において氷模擬物質形成と光化学実験がさまざまな条件下で行われてきた。ヘキサメチレンテトラミン(HMT; C6H12N4)とその誘導体はそのような実験で得られる重要な生成物の一つである (Muñoz Caro et al. 2002)。これらは、マーチソン隕石(CM2)中にも検出されており(Oba et al. 2020)、アミノ酸をはじめ、窒素含有有機分子の前駆体になることから化学進化の観点で特に重要である(Hulett et al. 1971)。HMTとその誘導体は、多様な氷初期組成を用いた実験から検出されているが、出発ガス組成の応じたHMTとその誘導体の生成量比の変化については知見が限られている。また、HMT誘導体は双極子モーメントを有し、電波天文観測の対象となり得るため、星・惑星系形成領域での分子進化の観点からも興味深い分子である。
本研究では、窒素リザーバーとして窒素分子とアンモニア、炭素リザーバーとしてメタノールとメタンを用いて、分子種による違いを評価し、マーチソン隕石と比較することによって太陽系形成時に存在した分子種への制約を目指した。
光化学実験装置 (PICACHU Photochemistry in Interstellar Cloud for Astro- Chronicle in Hokkaido University / Habitable Universe; Piani et al. 2017; Tachibana et al. 2017; Orthus-Daunay et al. 2019; Sugahara et al. 2019) を用いて、星間氷の模擬物質を合成した。~25 Kの金基板にガスを凝縮させて氷を作成し、同時に重水素ランプによる紫外線照射を行った。凝縮させるガスは水、メタノールまたはメタンを含み、アンモニアを含むものも用意した。ガス中のC, N, Oの比は太陽系組成に近い値に調整した。チャンバー内の圧力が10-5 Pa程度であったことから空気のリークが発生し、主に窒素分子、酸素分子を含む大気成分が吹き付けるガスと共に凝縮したと考えられる。低温でのガス凝縮後、基板を室温まで昇温し、基板上に有機物を得た。基板を超純水とメタノールに浸したガラスウールによって拭き取ることで可溶性有機分子を抽出し、その抽出液をオービトラップ質量分析計 (Q Exactive Orbitrap) を用いて分析した。
窒素リザーバーとして窒素分子のみを含む系からはHMTとその誘導体が検出されず、星間環境での窒素分子のHMT合成への寄与は小さいことが示唆された。一方、HMTとその誘導体はアンモニアを含む系でのみ検出され、主な誘導体はHMT-CH3とHMT-OHだった。さらに、これらの誘導体のHMTに対する比はガス組成に応じて大きく異なっていた。炭素リザーバーとしてメタノールを用いた系では、得られたHMT-CH3/HMTイオン強度が0.1-0.2であったのに対し、メタンを用いた系では、その比が100以上であり、メチル体の生成が卓越していた。
マーチソン隕石で得られたHMT-CH3/HMT は~0.02であり (Oba et al. 2020)、 隕石母天体中での水質変成によってこの比が大きく変わることがないとすれば、マーチソン隕石に含まれるHMTおよびその誘導体は、メタンに乏しい系で形成された可能性がある。分子雲での気相反応は炭素原子を一酸化炭素に変換するが、この気相反応が十分に進行する前に原始星が誕生すると、炭素原子がダスト上に吸着して水素化され、メタンが形成される (Sakai et al. 2009)。したがって、太陽系の母分子雲環境では、メタンが主たる炭素リザーバーではなく、気相での一酸化炭素形成とその後の水素付加によってメタノールが豊富に形成される環境であったことが示唆される。