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[SSS14-01] 新しい日本および周辺の歴史地震・被害地震カタログについて
キーワード:歴史地震、地震のタイプと深さ、古代から現代までの地震カタログ
古代から1872年までの歴史地震に関しては、宇佐美による震央とMJMAのカタログ(e.g. 宇佐美ほか,2013)が最も利用されている。宇佐美は地方資料の大量収集によって主として近世後半の被害地震を再検討し、地震数を増やすだけでなく、河角が今村のリストにMK(河角マグニチュード)を付加したそれ以前の歴史地震カタログの規模を、震度5や6の等震度線の大まかな半径と村松の式(1969)から求めたMJMAに改訂した。等震度線が大まかにも引けない地震は、河角の決めた規模をそのままMJMAに換算している場合もある。松浦(e.g. 松浦,2001)は、歴史地震に関しても地震のタイプ(プレート間か内か)と深さ(浅、やや深発、深発)を推定して、それに応じた規模を求めることと、史料の示す地点の地盤情報等構造の震度への影響を考慮することとの重要性を指摘した。1995年阪神淡路大震災によって構築された全国の稠密な計測震度観測値の蓄積を活用することで、地点毎の地盤条件や地下構造、震源深さまで考慮した震源値を近世の被害地震二百程度に関して系統的に蓄積してきた。
その30年間の経験を生かして、[古代・中世]地震・噴火史資料データベース (β版) (e.g. 石橋, 2009)にB級以上として収録された校訂済み史料情報を元に、599年~1607年の間に74個ほど大まかな古代・中世の被害地震震源を求め、2765個の有感地震リストを作成した。計器観測がまばらな明治・大正期の近代に関しては、1885年~1925年をカバーする宇津(1979,1982)のカタログが最も利用されている。しかし、当時利用が難しかった資料が現代のデジタル技術の長足の進歩によって活用が楽になったり発掘されたりして、いくつかの地震に関しては、改訂が必要となったものが出てきている(e.g. 松浦・中村,2021)。
宇佐美と宇津のカタログの間は、明治最初期で国情も統治体制も激動の時代であり、京都ですら資料が少なくなったため、1873年~1884年は、被害地震総覧(宇佐美ほか,2013)にかろうじて8個の被害地震が宇佐美に収録されているだけであった。今回新たに被害地震を3個発掘した。また、1885年以降でも、1887年と1897年に1個ずつこれまで見落とされてきた被害地震が見つかった。現代でも1985年はこれまで全国で全く軽被害すら発生しなかった現代では珍しい年であったのだが、能登の北方沖の地震で、輪島の橋脚破損が発生しており、この1個が見落とされていたことに気がついた。
現在これらをとりまとめ、599年以降最近までの1400年余の歴史地震・被害地震カタログを作成中である。その中で、例として近畿地方の浅い被害地震の分布を図に示した。尚、1926年以降でも、現在の気象庁震源カタログでは、時計の同期が絶望的であった20世紀前半の刻時誤差と、最表層地盤による観測地点毎の走時補正が考慮されていないこととのために、郷村断層から何kmも離れた震源を持つ1927年北丹後地震や、田結よりも豊岡に近い1928年北但馬地震など、明らかな震源域から全国地図で判る程度にずれた震源値となっている場合もある。こういった地震は、活断層の評価に有用なより古いカタログの震源値等に置換している。今後このカタログに追加や変更が加わっていくことが期待される。
本研究の一部は地震調査研究推進本部の支援事業として実施された。
参考文献
石橋克彦,2009歴史地震史料の全文データベース化,地震2,61,特集号,S509-S517.
松浦律子,2001,江戸時代の歴史地震の震源域位置および規模の系統的再検討作業について,歴史地震,17,27-31.
村松郁栄,1969,岐阜大教育学部研究報告,自然科学,4,168-176.
宇佐美ほか,2013,日本被害地震総覧599-2012,東大出版会刊.
宇津徳治,1979,1885年~1925年の日本の地震活動,BERI,54、253-308
宇津徳治,1982,1885年~1925年の日本の地震活動(訂正と補遺),BERI,57,111-117.
その30年間の経験を生かして、[古代・中世]地震・噴火史資料データベース (β版) (e.g. 石橋, 2009)にB級以上として収録された校訂済み史料情報を元に、599年~1607年の間に74個ほど大まかな古代・中世の被害地震震源を求め、2765個の有感地震リストを作成した。計器観測がまばらな明治・大正期の近代に関しては、1885年~1925年をカバーする宇津(1979,1982)のカタログが最も利用されている。しかし、当時利用が難しかった資料が現代のデジタル技術の長足の進歩によって活用が楽になったり発掘されたりして、いくつかの地震に関しては、改訂が必要となったものが出てきている(e.g. 松浦・中村,2021)。
宇佐美と宇津のカタログの間は、明治最初期で国情も統治体制も激動の時代であり、京都ですら資料が少なくなったため、1873年~1884年は、被害地震総覧(宇佐美ほか,2013)にかろうじて8個の被害地震が宇佐美に収録されているだけであった。今回新たに被害地震を3個発掘した。また、1885年以降でも、1887年と1897年に1個ずつこれまで見落とされてきた被害地震が見つかった。現代でも1985年はこれまで全国で全く軽被害すら発生しなかった現代では珍しい年であったのだが、能登の北方沖の地震で、輪島の橋脚破損が発生しており、この1個が見落とされていたことに気がついた。
現在これらをとりまとめ、599年以降最近までの1400年余の歴史地震・被害地震カタログを作成中である。その中で、例として近畿地方の浅い被害地震の分布を図に示した。尚、1926年以降でも、現在の気象庁震源カタログでは、時計の同期が絶望的であった20世紀前半の刻時誤差と、最表層地盤による観測地点毎の走時補正が考慮されていないこととのために、郷村断層から何kmも離れた震源を持つ1927年北丹後地震や、田結よりも豊岡に近い1928年北但馬地震など、明らかな震源域から全国地図で判る程度にずれた震源値となっている場合もある。こういった地震は、活断層の評価に有用なより古いカタログの震源値等に置換している。今後このカタログに追加や変更が加わっていくことが期待される。
本研究の一部は地震調査研究推進本部の支援事業として実施された。
参考文献
石橋克彦,2009歴史地震史料の全文データベース化,地震2,61,特集号,S509-S517.
松浦律子,2001,江戸時代の歴史地震の震源域位置および規模の系統的再検討作業について,歴史地震,17,27-31.
村松郁栄,1969,岐阜大教育学部研究報告,自然科学,4,168-176.
宇佐美ほか,2013,日本被害地震総覧599-2012,東大出版会刊.
宇津徳治,1979,1885年~1925年の日本の地震活動,BERI,54、253-308
宇津徳治,1982,1885年~1925年の日本の地震活動(訂正と補遺),BERI,57,111-117.