日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS14] 活断層と古地震

2025年5月26日(月) 17:15 〜 19:15 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:小荒井 衛(茨城大学理学部理学科地球環境科学コース)、矢部 優(産業技術総合研究所)、大橋 聖和((国研)産業技術総合研究所)、楮原 京子(山口大学)

17:15 〜 19:15

[SSS14-P17] 『竹斎日記稿』に記録された有感記録の抽出とその時間的変化の検討

*石辺 岳男1,3西山 昭仁2 (1.地震予知総合研究振興会、2.奈良文化財研究所、3.統計数理研究所)

キーワード:有感記録、『竹斎日記稿』、1854年嘉永(安政)東海・南海地震、地震活動

近年の日記史料有感地震データベースの構築ならびに公開(例えば,西山(2019),西山・他(2021))も一助となり,史料中の有感記録を活用した歴史地震研究は増えつつある.長期間にわたって有感を記録した史料は,記録地点における歴史時代の震度観測点と見做すことができ,歴史時代における地震活動に関する調査研究や,被害地震の実在性を含む震源像の再検討に資するデータとしてその収集ならびに整理は重要である.そこで本研究では,主として現在の三重県松阪市射和町で記された『竹斎日記稿』(松阪大学地域社会研究所,平成3年~10年〈1991~1998年〉,計11冊)中に記録されている有感記録を抽出するとともに,その回数の時間的変遷について検討した.なお,『竹川竹斎日記』(『竹斎日記稿』の原本)中の有感記録については,都司・他(2005)でも論じられているが,本研究では当日記の欠年・欠月による欠測期間を明らかにし,有感を記録した時刻や記述等を含めて改めて抽出・整理した.
 『竹斎日記稿』は竹川竹斎(たけがわちくさい)によって記された日記(『竹川竹斎日記』)の活字版である.竹川竹斎は伊勢国飯野郡射和村に本拠を持ち,両替商を主業とする伊勢商人で,幕府為替御用方も勤めた竹川家一族のうち東竹川家の七代目当主であり,諱は政胖(まさやす)という.現存する日記全75冊は竹川竹斎の自筆原本であり,射和文庫に架蔵されている.その複製本が松阪市立図書館郷土資料室に所蔵されており,『竹斎日記稿』の翻字・解読作業に際しては主にこれを用い,必要に応じて原本が借覧されている.当日記は,所々に欠年・欠月があるものの,概ね文政九年(1826年)より明治十五年(1882年)に至る五十七年間分,全75冊が伝存している.竹川竹斎(竹川彦三郎政胖)は,隠居前は頻繁に射和と江戸とを行き来しており,文政末年から嘉永初年(1830~1850年)頃の有感記述には,射和ではなく江戸滞在中に感じたものも含まれている.
 検討の結果,文政十三年(1830年)から明治十四年(1881年)に至る52年間中に100件以上の有感記録が抽出された.『竹斎日記稿』Ⅶには,1854年嘉永(安政)伊賀上野地震の有感記述や被害記述が数多くみられるが,嘉永七年の十一月は五日までしか記述がなく,十二月十日から記述が再開しているために,1854年嘉永(安政)東海・南海地震の有感記述は殆ど見受けられない.嘉永七年六月十五日条には,「十四日 折々夕立(中略) 一今夜九ツ八分時大地震 夫ゟ夜明迄二三十度震 いつれも表ニ出夜を明し候者多由也 宅本家等門も崩不出初ゟ後可被強事無之故也 震北方ゟ来ル」との記述がみられ,1854年嘉永伊賀上野地震では射和村で本宅などの門が崩れ,夜明けまでに20~30回の揺れ(余震)のあったことが分かる.また,伊勢射和本邸(飯野郡射和村):現在の射和文庫(竹川邸)において記録された有感記録には,伊賀上野地震以降,嘉永東海・南海地震の発生前に殆ど有感記録のない時期が確認され,かつこの期間は本史料の欠測期間ではないため,この時期に伊勢国射和村では有感が有意に減少した可能性がある.
計器観測による地震カタログからは,1944年昭和東南海地震や1946年昭和南海地震の発生前に,その震源域において地震活動度が低下する静穏化現象が発生していた可能性が指摘されている(例えば,尾形,2003).また同様の(巨)大地震発生前の地震活動の静穏化は2011年東北地方太平洋沖地震等でも報告されている(例えばMatsu’ura, 2008; Katsumata, 2011).一方で大地震の発生頻度は低いためにその事例研究は必ずしも十分とは言えない.本研究で整理した『竹斎日記稿』に記録された有感記録は,三重県松阪市射和町における震度報告として,1854年嘉永東海・南海地震発生前後の地震活動を復元する上で重要な情報となり得る.一方でこれらの時間的変化が見かけ上のものではないことを示すために,今後,『竹斎日記稿』に記述された有感記録の品質(均質性・完全性)について慎重に検討する必要がある.また,より多くの地点で記録された同時期の史料中の有感記録についても調査し,有感記録の時間的変化が生じた要因(場所や期間等)について検討を継続する必要があるが,都司・他(2005)によって示唆されているように,嘉永(安政)東海・南海地震前にも地震活動の静穏化現象が起きていた可能性がある.

謝辞:本研究は,東京大学地震研究所共同利用における地震・火山噴火の解明と予測に関する公募研究(2024-KOBO11,研究代表者:石辺岳男)の一環として実施された.