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[SVC34-P01] 伊豆大島三原山1951年噴火による溶岩洞窟形成と溶岩温度
キーワード:溶岩洞窟、溶岩チューブ、溶岩流、三原山、溶岩降伏値、溶岩温度
[はじめに]
伊豆大島三原山1951年噴火により二つの溶岩洞窟(三原風穴,三原ホルニトケイブ)が形成された.三原風穴[1~3]は伊豆大島北北東噴火口壁の縁,三原ホルニトケイブ[4~6]は伊豆大島西噴火口壁の縁に形成された. 三原風穴は津屋ほか[1]により克明に観察され勝間田[3]により測量されたが1986年噴火の溶岩流によって三原風穴は埋没した.一方,三原ホルニトケイブはホルニトの下に空洞がありそうなことは認識されていたが1986年噴火の溶岩流による埋没は避けられた.内部の観察や測量は2005年に立原ら[4]によってはじめて行われた.一方,噴火口から溢流した溶岩流についてはMinakami[7]により流速,溶岩流厚さ,温度などが記録されており,それらのデータと比較し,溶岩洞窟形成とその温度につき考察を行った.
[三原風穴]
図1に三原風穴の測量図,写真1~3に内部と開口部を示す[3]. 内部の空洞直径5mほどの穴で入り口から10m先に直径2mほどの天井に開口部があり,「内部には溶岩鍾乳と溶岩石筍は存在しないが溶岩棚が見られる」との記述[1]がある. 三原風穴は火口端の平坦部に存在しその下流部にはチューブ状の空洞は見つかっていない.これはおそらく溶岩膨張後の内部の溶岩が火口にドレンバックしたか,あるいは下流部にチューブを形成せずに,内部の柔らかい溶岩が排出された可能性がある.
[三原ホルニトケイブ]
図2に三原ホルニトケイブの測量図[4~6],写真4に火口壁平坦部の内部,写真5に下流部の傾斜したチューブ状の内部の様子を示す.写真6にホルニトの外観を示す. 図2の三原ホルニトケイブの平坦部P1からP0の空洞高さは最大4~5mで溶岩膨張により溶岩流が膨らんだものとみられ,その下流のPOからP4の17.3度の傾斜部で空洞高さH=1.0~3.0m,最下流のP4からP5に至る28.7度の傾斜部の空洞高さH=1.0~0.5mのチューブを通して内部の柔らかい溶岩が排出されたものと考えられる. 溶岩チューブの空洞高さとその傾斜率から,傾斜した円管内を流れるビンガム流体の流動限界条件fB=H(ρg sinα)/4により[8],溶岩降伏値fBはρ=2500kg/m3として, 17.3度の傾斜部から降伏値5500~1830Pa, 28.7度の傾斜部から降伏値1500~2950Pa,が得られる[9].かたい殻の中の柔らかい溶岩は, 28.7度の傾斜部のチューブから排出されたとみられるので,降伏値1500~2950Paを使い,降伏値の温度依存式[9,10]から得られる温度は1034~1068℃と推定される.降伏値,温度ともに表1に示すようにほぼ溶岩流データ[7,11]の範囲にある.
[まとめ]
三原ホルニトケイブのチューブ空洞形成温度は1034~1068℃と推定される. 火口より溢流した溶岩流温度1125-1038℃[7]と整合的である. 三原ホルニトケイブは火口壁端部水平部で溶岩流が溶岩膨張を起こし,多少温度を落としながらも内部が下流部のチューブを介して排出され空洞を形成したと考えられる(図3). 三原風穴も溶岩膨張を起こし内部溶岩が火口に逆流ドレンバックしたか,下流に排出されたかして空洞を形成したものと考えられる(図3).
参考文献:
[1] H.Tsuya,R.Morimoto,J.Ossaka(1955):東大地震研彙報第33号(1),p79-107, [2]小川孝徳(1988):日本の火山洞窟,洞人,第7巻,第3号, [3]本多力,鈴木一年,川村一之(2023)ケイビングジャーナル,No.77,p41, [4]立原弘,大島治,本多力(2006):東京都大島町の火山洞窟測量と観察報告,火山洞窟学会,[5]本多力(2006):V102-001,地球惑星科学連合大会,[6]本多力ほか(2006):ケイビングジャーナル,No.27,p32, [7] T.Minakami(1951):東大地震研彙報29,487, [8]本多力(2001):B10,日本火山学会2001年秋季大会講演予稿集p66,[9]本多力,春山純一(2020): 3E11,第64回宇宙科学技術連合講演会,[10]石原和弘,井口正人,加茂幸介(1988):火山,第2集,第33巻,伊豆大島噴火特集号,S64,[11]本多力(2022),P1-39,日本火山学会2022年度秋季大会.
伊豆大島三原山1951年噴火により二つの溶岩洞窟(三原風穴,三原ホルニトケイブ)が形成された.三原風穴[1~3]は伊豆大島北北東噴火口壁の縁,三原ホルニトケイブ[4~6]は伊豆大島西噴火口壁の縁に形成された. 三原風穴は津屋ほか[1]により克明に観察され勝間田[3]により測量されたが1986年噴火の溶岩流によって三原風穴は埋没した.一方,三原ホルニトケイブはホルニトの下に空洞がありそうなことは認識されていたが1986年噴火の溶岩流による埋没は避けられた.内部の観察や測量は2005年に立原ら[4]によってはじめて行われた.一方,噴火口から溢流した溶岩流についてはMinakami[7]により流速,溶岩流厚さ,温度などが記録されており,それらのデータと比較し,溶岩洞窟形成とその温度につき考察を行った.
[三原風穴]
図1に三原風穴の測量図,写真1~3に内部と開口部を示す[3]. 内部の空洞直径5mほどの穴で入り口から10m先に直径2mほどの天井に開口部があり,「内部には溶岩鍾乳と溶岩石筍は存在しないが溶岩棚が見られる」との記述[1]がある. 三原風穴は火口端の平坦部に存在しその下流部にはチューブ状の空洞は見つかっていない.これはおそらく溶岩膨張後の内部の溶岩が火口にドレンバックしたか,あるいは下流部にチューブを形成せずに,内部の柔らかい溶岩が排出された可能性がある.
[三原ホルニトケイブ]
図2に三原ホルニトケイブの測量図[4~6],写真4に火口壁平坦部の内部,写真5に下流部の傾斜したチューブ状の内部の様子を示す.写真6にホルニトの外観を示す. 図2の三原ホルニトケイブの平坦部P1からP0の空洞高さは最大4~5mで溶岩膨張により溶岩流が膨らんだものとみられ,その下流のPOからP4の17.3度の傾斜部で空洞高さH=1.0~3.0m,最下流のP4からP5に至る28.7度の傾斜部の空洞高さH=1.0~0.5mのチューブを通して内部の柔らかい溶岩が排出されたものと考えられる. 溶岩チューブの空洞高さとその傾斜率から,傾斜した円管内を流れるビンガム流体の流動限界条件fB=H(ρg sinα)/4により[8],溶岩降伏値fBはρ=2500kg/m3として, 17.3度の傾斜部から降伏値5500~1830Pa, 28.7度の傾斜部から降伏値1500~2950Pa,が得られる[9].かたい殻の中の柔らかい溶岩は, 28.7度の傾斜部のチューブから排出されたとみられるので,降伏値1500~2950Paを使い,降伏値の温度依存式[9,10]から得られる温度は1034~1068℃と推定される.降伏値,温度ともに表1に示すようにほぼ溶岩流データ[7,11]の範囲にある.
[まとめ]
三原ホルニトケイブのチューブ空洞形成温度は1034~1068℃と推定される. 火口より溢流した溶岩流温度1125-1038℃[7]と整合的である. 三原ホルニトケイブは火口壁端部水平部で溶岩流が溶岩膨張を起こし,多少温度を落としながらも内部が下流部のチューブを介して排出され空洞を形成したと考えられる(図3). 三原風穴も溶岩膨張を起こし内部溶岩が火口に逆流ドレンバックしたか,下流に排出されたかして空洞を形成したものと考えられる(図3).
参考文献:
[1] H.Tsuya,R.Morimoto,J.Ossaka(1955):東大地震研彙報第33号(1),p79-107, [2]小川孝徳(1988):日本の火山洞窟,洞人,第7巻,第3号, [3]本多力,鈴木一年,川村一之(2023)ケイビングジャーナル,No.77,p41, [4]立原弘,大島治,本多力(2006):東京都大島町の火山洞窟測量と観察報告,火山洞窟学会,[5]本多力(2006):V102-001,地球惑星科学連合大会,[6]本多力ほか(2006):ケイビングジャーナル,No.27,p32, [7] T.Minakami(1951):東大地震研彙報29,487, [8]本多力(2001):B10,日本火山学会2001年秋季大会講演予稿集p66,[9]本多力,春山純一(2020): 3E11,第64回宇宙科学技術連合講演会,[10]石原和弘,井口正人,加茂幸介(1988):火山,第2集,第33巻,伊豆大島噴火特集号,S64,[11]本多力(2022),P1-39,日本火山学会2022年度秋季大会.