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[SVC34-P08] 草津白根山の歴史時代における噴火・噴煙活動の再構築:草津温泉を描いた鳥瞰図に基づく検討
キーワード:歴史時代の鳥瞰図、草津温泉、草津白根火山、水蒸気噴火
1. はじめに
草津白根火山は水蒸気噴火を頻繁に繰り返す国内有数の活動的火山であり,2018年1月23日に発生した同火山・本白根火砕丘の噴火では死者1名,負傷者12名を出す災害となった.同火砕丘で発生した噴火は有史以来とされる.このような予測困難な水蒸気噴火が発生するきっかけとして,深部からの流体供給量の増加や流体流動経路の閉塞等が議論されている.したがって,草津白根火山における近年の水蒸気噴火頻発期が始まった経緯を明らかにすることは,同火山の噴火準備過程を議論するうえで重要である.同火山の近年の噴火頻発期の開始は,白根火砕丘・湯釜が噴火した1882年とされる.しかし,それ以前の活動経緯はよく分かっていない.その理由として,1869年に草津町で発生した大規模火災により歴史資料が失なわれたことが挙げられる(久保,1940).
本研究では,草津温泉を描いた鳥瞰図や古文書を検討した.草津白根山の山頂から東方約 6 km には草津温泉街が発達している.18から19世紀にかけて,同温泉への年間入浴客数は延べ1-2万人と全国的にみても有数であった(関戸,2018).同温泉では,土地案内や広告宣伝を目的とした鳥瞰図が作成されていた(関戸,2012).鳥瞰図の多くでは,その中央に湯畑を配置し,遠景として山々が山名を付して描かれており,中には噴煙と思われる描写を含むものがある.これら鳥瞰図は江戸時代中期から昭和初期まで繰り返し刊行されてきたことから,その記載内容の変化に火山活動の盛衰が反映されていることが期待できる.本発表では,主に鳥瞰図に基づき江戸時代後期以降の噴煙活動推移を議論する.
2. 方法
近代における草津温泉の景観推移を復元する目的で,草津温泉の鳥瞰図46点が整理されている(関戸,2012),本研究では,更に25点を加えた71点を検討した.このうち,制作年代に不確定のある2点は除外する一方,推定年代に幅のある2点はエラーバーを付すこととした.さらに,文章記録4点,村絵図1点の歴史資料を検討した.
これらの絵図において,白根山,本白根山,および浅間山と山名が付された山の描写に噴煙が描かれているかを判定した.検討した歴史資料が描いた年代は1755年から1938年までの約183年間である.特に1810年以降は,歴史資料は概ね1-3年おきに存在する.6年以上間隔が空くのは1830-1838年と1863-1874年のみである.
3. 結果
最も古い歴史史料である1755年の文章によれば,白根山が浅間山と同様に噴煙を常に上げていることが記載され,さらに,噴煙を上げる白根山のスケッチが付されている.白根山が描かれた最初の鳥瞰図として1810年,村絵図は1788年が認められ,いずれの絵図にも白根山に噴煙が描かれていた.以後,1848年までの全ての鳥瞰図の白根山に噴煙が描かれている.活動的火口湖,すなわち水温が高い池が白根山の山頂付近に存在する旨の記述は,1784年と1838年に認められる.その後,1849年以降,白根山に噴煙はほとんど描かれなくなり,1884年以降,噴煙が再び描かれるようになる.この推移は,草津白根山が1882年噴火以降に活発化したことや,それ以前の草津白根山は静穏であったとの口述記録(大橋,1914)に一致する.鳥瞰図69点のうち,ほぼすべてに相当する66点に白根山が描かれている.これは,白根山が信仰対象として重視されていたためであろう.
一方で,本白根山は43点の鳥瞰図に描かれていた.特に1849年以降の鳥瞰図の約8割に本白根山が確認できる.特徴的な鳥瞰図は文政年間(1818-1830年)に描かれた「上州草津温泉之図」である.この図には,鳥瞰図に確認された本白根山としては唯一,噴煙が描かれている.本白根山の地形は,現実の鏡池および鏡池火砕丘に対応するように描画されており,噴煙は鏡池北火砕丘の最北端から上空に向けて描かれている.
4. 議論
これまで知られていた江戸時代における草津白根山の噴火は1805年のみである.鳥瞰図の描画は,この前後数10年間において,山麓から望見可能な噴煙活動が白根山に存在したか,あるいは小規模噴火が白根山で繰り返されていたことを示唆する.また,1800年以前にも,白根山に噴煙や火口湖の存在を示す歴史資料が複数確認された.これは,久保(1940)が報告した伝聞に矛盾しない.その後,1850年頃から約30年間の静穏期を経て,1882年から現在に続く活動期に移行したと思われる.
また,文政年間における本白根山の火山活動を示唆する鳥瞰図が確認された.文政年間の前後に描かれた他の鳥瞰図に本白根山は描かれていない一方で,白根山や万座山,浅間山などは描かれている.このことは,本白根山にて,文政年間に短期間で終息する活動,例えば,一時的な噴煙活動もしくは単発の噴火が発生したことで,本白根山が一時的に注目されたためと思われる.
草津白根火山は水蒸気噴火を頻繁に繰り返す国内有数の活動的火山であり,2018年1月23日に発生した同火山・本白根火砕丘の噴火では死者1名,負傷者12名を出す災害となった.同火砕丘で発生した噴火は有史以来とされる.このような予測困難な水蒸気噴火が発生するきっかけとして,深部からの流体供給量の増加や流体流動経路の閉塞等が議論されている.したがって,草津白根火山における近年の水蒸気噴火頻発期が始まった経緯を明らかにすることは,同火山の噴火準備過程を議論するうえで重要である.同火山の近年の噴火頻発期の開始は,白根火砕丘・湯釜が噴火した1882年とされる.しかし,それ以前の活動経緯はよく分かっていない.その理由として,1869年に草津町で発生した大規模火災により歴史資料が失なわれたことが挙げられる(久保,1940).
本研究では,草津温泉を描いた鳥瞰図や古文書を検討した.草津白根山の山頂から東方約 6 km には草津温泉街が発達している.18から19世紀にかけて,同温泉への年間入浴客数は延べ1-2万人と全国的にみても有数であった(関戸,2018).同温泉では,土地案内や広告宣伝を目的とした鳥瞰図が作成されていた(関戸,2012).鳥瞰図の多くでは,その中央に湯畑を配置し,遠景として山々が山名を付して描かれており,中には噴煙と思われる描写を含むものがある.これら鳥瞰図は江戸時代中期から昭和初期まで繰り返し刊行されてきたことから,その記載内容の変化に火山活動の盛衰が反映されていることが期待できる.本発表では,主に鳥瞰図に基づき江戸時代後期以降の噴煙活動推移を議論する.
2. 方法
近代における草津温泉の景観推移を復元する目的で,草津温泉の鳥瞰図46点が整理されている(関戸,2012),本研究では,更に25点を加えた71点を検討した.このうち,制作年代に不確定のある2点は除外する一方,推定年代に幅のある2点はエラーバーを付すこととした.さらに,文章記録4点,村絵図1点の歴史資料を検討した.
これらの絵図において,白根山,本白根山,および浅間山と山名が付された山の描写に噴煙が描かれているかを判定した.検討した歴史資料が描いた年代は1755年から1938年までの約183年間である.特に1810年以降は,歴史資料は概ね1-3年おきに存在する.6年以上間隔が空くのは1830-1838年と1863-1874年のみである.
3. 結果
最も古い歴史史料である1755年の文章によれば,白根山が浅間山と同様に噴煙を常に上げていることが記載され,さらに,噴煙を上げる白根山のスケッチが付されている.白根山が描かれた最初の鳥瞰図として1810年,村絵図は1788年が認められ,いずれの絵図にも白根山に噴煙が描かれていた.以後,1848年までの全ての鳥瞰図の白根山に噴煙が描かれている.活動的火口湖,すなわち水温が高い池が白根山の山頂付近に存在する旨の記述は,1784年と1838年に認められる.その後,1849年以降,白根山に噴煙はほとんど描かれなくなり,1884年以降,噴煙が再び描かれるようになる.この推移は,草津白根山が1882年噴火以降に活発化したことや,それ以前の草津白根山は静穏であったとの口述記録(大橋,1914)に一致する.鳥瞰図69点のうち,ほぼすべてに相当する66点に白根山が描かれている.これは,白根山が信仰対象として重視されていたためであろう.
一方で,本白根山は43点の鳥瞰図に描かれていた.特に1849年以降の鳥瞰図の約8割に本白根山が確認できる.特徴的な鳥瞰図は文政年間(1818-1830年)に描かれた「上州草津温泉之図」である.この図には,鳥瞰図に確認された本白根山としては唯一,噴煙が描かれている.本白根山の地形は,現実の鏡池および鏡池火砕丘に対応するように描画されており,噴煙は鏡池北火砕丘の最北端から上空に向けて描かれている.
4. 議論
これまで知られていた江戸時代における草津白根山の噴火は1805年のみである.鳥瞰図の描画は,この前後数10年間において,山麓から望見可能な噴煙活動が白根山に存在したか,あるいは小規模噴火が白根山で繰り返されていたことを示唆する.また,1800年以前にも,白根山に噴煙や火口湖の存在を示す歴史資料が複数確認された.これは,久保(1940)が報告した伝聞に矛盾しない.その後,1850年頃から約30年間の静穏期を経て,1882年から現在に続く活動期に移行したと思われる.
また,文政年間における本白根山の火山活動を示唆する鳥瞰図が確認された.文政年間の前後に描かれた他の鳥瞰図に本白根山は描かれていない一方で,白根山や万座山,浅間山などは描かれている.このことは,本白根山にて,文政年間に短期間で終息する活動,例えば,一時的な噴煙活動もしくは単発の噴火が発生したことで,本白根山が一時的に注目されたためと思われる.