日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[E] 口頭発表

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[U-02] 人新世・第四紀の気候および水循環

2025年5月28日(水) 15:30 〜 17:00 展示場特設会場 (1) (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:窪田 薫(海洋研究開発機構海域地震火山部門)、Lo Li(Department of Geosciences, National Taiwan University)、横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所 )、Shen Chuan-Chou(National Taiwan University)、Chairperson:Li Lo(Department of Geosciences, National Taiwan University)、窪田 薫(海洋研究開発機構海域地震火山部門)、Chuan-Chou Shen(National Taiwan University)、横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所)

16:00 〜 16:15

[U02-09] Abalone Shells as Oceanography Archives: Linking Paleoceanography and Conservation Amid Changing Ocean Condition

*黄 子涵1,2横山 祐典1,2,4平林 頌子1宮入 陽介1、白井 厚太朗1、平瀬 祥太朗3、早川 淳1 (1.東京大学大気海洋研究所、2.東京大学総合文化研究科、3.東京大学大学院農学生命科学研究科、4.東京大学理学部研究科)

キーワード:アワビ、気候変動、同位体分析、放射性炭素、海洋保全

アワビ (Haliotis spp.) は世界中に広く分布し、何世紀にもわたって人類社会と深い関わりを持ってきた。現在、商業的に漁獲される 21 種のアワビのうち 15 種が絶滅危惧種に分類されている (Peters et al., 2024)。特に、過去 3 年間で三陸沿岸のアワビの生存が困難になっており、ビーチクリーン活動では大量のアワビの貝殻が海岸に打ち上げられていることが報告されている。また、日本の岩手県にある養殖施設の所有者によると、同時期からアワビの死亡率が上昇しているという。この減少は、温暖化による黒潮・親潮の変動に関連している可能性がある。これらの環境変化を理解することは、アワビの保全だけでなく、持続可能な養殖管理の観点からも重要である。
アワビは炭酸カルシウムを主成分とする殻を形成する。その殻には環境変動の記録が保存されるため、特にサンゴが存在しない高緯度地域において、気候アーカイブとしての潜在的な価値が高い。サンゴと同様に、アワビの殻は成長過程で環境信号を取り込み、過去の海洋環境を反映する同位体情報を保持する。しかし、低緯度域におけるサンゴを用いた古海洋復元研究は盛んに行われている一方で、高緯度地域におけるアワビの殻を用いた研究は限られている。
本研究では、アワビの殻を高精度な海洋環境プロキシとして活用する可能性を評価するため、炭素 14 濃度 (Δ14C)、安定酸素同位体比 (δ18O)、および安定炭素同位体比 (δ13C) のマルチプロキシ分析を行った。1950 年代から 1960 年代にかけての核実験により、大気中の 14C 濃度は約 2 倍に増加し、人為的に生成された「ボム 14C」が形成された。このボム 14C は大気-海洋の CO₂ 交換を通じて海洋表層に拡散し、湧昇や移流などの水塊混合現象を解析するためのトレーサーとして広く利用されてきた (GEOSECS: Broecker et al., 1985; WOCE: Key, 1996; Lan et al., 2024)。Δ14C を用いた水塊混合の復元研究は、主に低緯度域の造礁サンゴを対象として行われてきた (Adkins et al., 2002; Hirabayashi et al., 2017; Hirabayashi et al., 2019) が、高緯度域では適切な生物アーカイブが限られている (Kubota et al., 2018; Ota et al., 2019)。そのため、高緯度海域に生息するアワビの貝殻は、古気候復元に利用可能な重要なプロキシとして期待される。
本研究では、アワビの古気候プロキシとしての有効性を評価するため、天然および養殖された Haliotis discus hannai (エゾアワビ) を分析し、また、天然の Haliotis discus hannaiHaliotis madaka (マダカアワビ) を比較することで、種ごとの同位体シグナルの違いを明らかにすることを試みた。さらに、養殖個体と天然個体を比較することで、制御された環境と自然環境の違いが同位体組成に及ぼす影響を評価することを目的とした。
本研究は科学的な貢献にとどまらず、養殖施設との連携を通じて環境モニタリングを強化し、持続可能なアワビ養殖管理に寄与することを目指している。気候変動が海洋環境に及ぼす影響が進行する中、アワビの貝殻を用いた環境変動の記録は、科学研究のみならず、実践的な保全戦略にも貢献する重要な知見を提供する可能性がある。