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[U11-P01] 能登半島北西部,八ヶ川河口部において2024年能登半島地震後に生じた下刻
キーワード:令和6年能登半島地震、令和6年9月能登半島豪雨、海岸隆起、下刻、遷急点、段丘
地殻変動と河川システムの相互作用は,陸域の地形発達において最も重要なプロセスの1つである.侵食基準面の低下ないし河床縦断面形の局所的な変形は遷急点を発生させ,その遡上による下刻の進行は河成段丘の形成をもたらす.突発的な隆起や断層変位を伴う地震イベントは,河川の下刻プロセス,ひいては地震性地殻変動に対する河川の応答過程や長期的な時間スケールにおける地形景観の形成を実証的に明らかにする契機となる.1999年台湾集集地震(Mw 7.6)や2008年中国四川地震(Mw 7.9)など,近年のいくつかの地震イベント時に断層変位に伴って河川流路途中に生じた遷急点の移動や下刻過程が観察・計測された.しかし,海岸隆起に伴う河口付近で生じた遷急点の遡上はまだ報告事例がほとんどなく,短期的な時間スケールにおける侵食基準面の相対的低下に伴う下刻の波及と河成段丘の形成過程については不明な点が多い.
2024年能登半島地震(Mw 7.6)では,半島北部の海岸沿いで最大約4.4 mの地震性隆起が生じ,これに伴って同地域の諸河川の河口付近では著しい河川地形変化が進んでいる.この河川地形変化過程を高精度に計測し追跡することで,地形学の根源的課題の1つである,地震性地殻変動に伴う河床縦断面形変化や河成段丘形成の過程を解明可能と期待される.本研究では,2024年能登半島地震やその後の豪雨の影響を受けた河川や海岸を対象として,UAV地形測量を実施して河川地形の変化を高精細に計測・追跡している.本発表では,能登半島北西部,八ヶ川の河口付近において2024年2月,5月,9月,11月に実施した地形観察・地形測量の結果に基づき,地震発生後1年間にわたって生じた河川地形の変化を報告し,その水理学的背景について考察する.
1月1日の本震によって鹿磯漁港では約3.9 mの鉛直隆起が生じ,八ヶ川の河口付近では約200 mの海退が生じて,ベンチや外浜が陸化(離水)した.国土地理院1月11日撮影のオルソ画像では,八ヶ川の流路はすでに陸化した外浜面を下刻しており,地震後の河口から約700 m上流の地点に早瀬(遷急点)が形成されていた.つまり,地震隆起によって生じた遷急点は,地震後遅くとも10日間以内に約700 m遡上したと考えられる.その後,この早瀬は令和6年9月能登半島豪雨までは同じ位置に存在し続けた.この早瀬より下流側の区間では,7月24日の大雨による増水などで下刻が進み,地震以前の河床面は段丘化した.その後,9月21~23日に発生した令和6年9月能登半島豪雨に伴う増水よって,八ヶ川の堤外地に形成されていた段丘は侵食されて失われ,早瀬はさらに約300 m上流の頭首工まで遡上した.
能登半島地震の海岸隆起に伴って八ヶ川河口付近で形成された遷急点は,地震発生からわずか約1年間で地震後の河口から約1 km上流まで遡上したことが観察された.ただし,早瀬の遡上や下刻は徐々に進むのではなく,主に地震直後ないし増水時に間欠的かつ急速に進んできた.八ヶ川河口付近の河道は地震前には緩勾配な沖積河川であったが,下刻の進行とともに礫床河川へと変化した.これは,下刻時に河床を構成する砕屑物のうち,細粒分(砂)が選択的に下流へと運搬され,礫が選択的に河床に取り残されたことによるものとみられる.緩勾配な河道で突発的に発生した下刻の結果として河床の構成材料が粗粒化したことで,現在は一時的にデブリコントロールによる負のフィードバック作用が働いて,下刻の進行が制限されている可能性がある.しかし,八ヶ川の下流部は地震後約1年間で進んだ下刻によって,河床低下に伴う橋脚や護岸の浮き上がりが生じている.今後,能登半島北部の隆起海岸に河口を持つ河川の下流域では,長期的には遷急点の遡上や下刻が進み,河床低下に伴うインフラへの影響が顕在化する可能性がある.
2024年能登半島地震(Mw 7.6)では,半島北部の海岸沿いで最大約4.4 mの地震性隆起が生じ,これに伴って同地域の諸河川の河口付近では著しい河川地形変化が進んでいる.この河川地形変化過程を高精度に計測し追跡することで,地形学の根源的課題の1つである,地震性地殻変動に伴う河床縦断面形変化や河成段丘形成の過程を解明可能と期待される.本研究では,2024年能登半島地震やその後の豪雨の影響を受けた河川や海岸を対象として,UAV地形測量を実施して河川地形の変化を高精細に計測・追跡している.本発表では,能登半島北西部,八ヶ川の河口付近において2024年2月,5月,9月,11月に実施した地形観察・地形測量の結果に基づき,地震発生後1年間にわたって生じた河川地形の変化を報告し,その水理学的背景について考察する.
1月1日の本震によって鹿磯漁港では約3.9 mの鉛直隆起が生じ,八ヶ川の河口付近では約200 mの海退が生じて,ベンチや外浜が陸化(離水)した.国土地理院1月11日撮影のオルソ画像では,八ヶ川の流路はすでに陸化した外浜面を下刻しており,地震後の河口から約700 m上流の地点に早瀬(遷急点)が形成されていた.つまり,地震隆起によって生じた遷急点は,地震後遅くとも10日間以内に約700 m遡上したと考えられる.その後,この早瀬は令和6年9月能登半島豪雨までは同じ位置に存在し続けた.この早瀬より下流側の区間では,7月24日の大雨による増水などで下刻が進み,地震以前の河床面は段丘化した.その後,9月21~23日に発生した令和6年9月能登半島豪雨に伴う増水よって,八ヶ川の堤外地に形成されていた段丘は侵食されて失われ,早瀬はさらに約300 m上流の頭首工まで遡上した.
能登半島地震の海岸隆起に伴って八ヶ川河口付近で形成された遷急点は,地震発生からわずか約1年間で地震後の河口から約1 km上流まで遡上したことが観察された.ただし,早瀬の遡上や下刻は徐々に進むのではなく,主に地震直後ないし増水時に間欠的かつ急速に進んできた.八ヶ川河口付近の河道は地震前には緩勾配な沖積河川であったが,下刻の進行とともに礫床河川へと変化した.これは,下刻時に河床を構成する砕屑物のうち,細粒分(砂)が選択的に下流へと運搬され,礫が選択的に河床に取り残されたことによるものとみられる.緩勾配な河道で突発的に発生した下刻の結果として河床の構成材料が粗粒化したことで,現在は一時的にデブリコントロールによる負のフィードバック作用が働いて,下刻の進行が制限されている可能性がある.しかし,八ヶ川の下流部は地震後約1年間で進んだ下刻によって,河床低下に伴う橋脚や護岸の浮き上がりが生じている.今後,能登半島北部の隆起海岸に河口を持つ河川の下流域では,長期的には遷急点の遡上や下刻が進み,河床低下に伴うインフラへの影響が顕在化する可能性がある.