JpGU-AGU Joint Meeting 2017

講演情報

[EJ] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気水圏科学複合領域・一般

[A-CG48] [EJ] 北極域の科学

2017年5月24日(水) 09:00 〜 10:30 304 (国際会議場 3F)

コンビーナ:森 正人(東京大学先端科学技術研究センター)、津滝 俊(宇宙航空研究開発機構)、鄭 峻介(北海道大学 北極域研究センター)、漢那 直也(北海道大学 北極域研究センター)、座長:漢那 直也(北海道大学 北極域研究センター)

09:15 〜 09:30

[ACG48-02] 海洋中の栄養塩と溶存酸素データが示す北極海循環と物質循環

*池田 元美1,2田中 伸一3渡邉 豊4 (1.北海道大学、2.海洋開発研究機構、3.東京大学地震研究所、4.北海道大学大学院地球環境科学研究院)

キーワード:北極海、地球化学トレーサ、再無機化、海洋循環

流速データが限られる北極海で、旧ソ連が海氷キャンプを設置して収集したHydrochemicalデータ(HACC)を解析し、地球化学トレーサを用いて循環場を確認・推定した。また有機化合物からリン酸ができる再無機化での保存量としてPO4*を用いた。その保存則は、リン酸(PO4)の増加に伴い溶存酸素(DO)が減少する比がP:O2 = 1: −175である(Anderson and Sarmiento, 1994)。式で表すと
PO4* = PO4 + DO/175 – 1.95 (µmol/L, Broecker, 1991)
となる。もし2つの水塊のPO4*が等しいと、それらは同一の起源を持つ可能性が高い。
北極海上層(500m深以上)において、太平洋起源水はケイ酸が豊富で、またリン酸が高く、溶存酸素が少ないので、大西洋起源水との違いは明瞭である。太平洋起源水と大西洋起源水は海面において北極点を通る135°E-45°Wの境界線を持ち、深くなるに従って境界線は反時計方向に回る。表層(200m深以上)で太平洋起源(含む河川水)の低塩分水が高気圧性循環し、亜表層(200-500m深)で大西洋起源の高塩分水が低気圧性循環する状態は、北極海と北大西洋の密度差によって駆動される海洋循環であることを示している。以上の確認によって、HAACデータは半世紀に渡る海洋状況を調べるための信頼性を持つことが示された。
下層(1500m深以下)では、ロモノソフ海嶺によって分けられる太平洋側(Canadian海盆)が大西洋側(Eurasian海盆)より低い溶存酸素を持っている。大西洋側で特に低リン酸と高溶存酸素の海域は、バレンツ海とフラム海峡の近くに限られる。グリーンランド海で形成される北大西洋深層水が流入し、北極海におけるリン酸の降下によって酸素が低下していることと整合的である。太平洋側においては、シベリア陸棚からの海水降下も加わって、2000m深周辺でリン酸を高めていると考えられる。
PO4*分布(Table参照)から以下の有効な情報が得られた。その値は太平洋側の方が大西洋側より低いが、3500m深で同程度であり、太平洋側2000m深の一部で高い。太平洋側下層の海水は2つの流入経路を持っている。ひとつは大西洋の上層から流入した海水が、シベリア沖までの陸棚近くを通り、陸棚斜面を降下して太平洋側の下層に入るもの、もうひとつは大西洋側下層のNordic Sea Deep Waterが底層で太平洋側に流入するものである。前者は大西洋側から太平洋側までPO4* =0.65~0.67の値を持って反時計回りに進み、特に太平洋側南端ではシベリア陸棚水の影響も受けてPO4* =0.86になり2000m深まで達する。後者はPO4* =0.72で、海底沿いに3500m深周辺を太平洋側に拡がる。
中層(500m~1500m)では、太平洋側でリン酸がわずかに高く、溶存酸素が少ない。PO4*の差は小さい。すなわち、亜表層と下層から入る大西洋起源水に表層から生物起源物質が沈降して分解され、溶存酸素を使った後に大西洋へ戻る。
Anderson and Sarmiento, 1994: Global Biogeochemical Cycles, 8, 65-80.
Broecker, 1991: Oceanography, 4, 79-89.
Table: 水平分布図からまとめたPO4 と DOの値(2%の誤差)。単位は µmol/L。