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[BCG09-06] 生物進化と多様性の中立的確率モデル:系統樹の位相的性質からの考察
キーワード:分子系統樹、位相的性質、Horton解析、分岐比、中立的確率モデル、多様性
生物進化と多様性の構造は、地球史における短期的な大規模環境変化の結果を反映している。 このような生物多様性と安定性の解析については、群集生態学も重要な役割を果たして来た。特に近年、中立的群集生態学が、生物の種多様性を統一的に考察するための理論として注目されている(e.g., Hubbell, 2001; Etirnne, 2005)。これは、集団遺伝学における分子進化の中立説(Kimura, 1968)と同質の考え方を、生物群集に適用した中立モデルであり、例えば遺伝的浮動には生態学的浮動という概念が対応する(e.g., Alonso et al., 2006)。この中立的群集生態学により、生物進化と多様性に関する構造が、従来のような多様な種間相互作用やニッチ構造を仮定しなくても説明可能となった(e.g., Tilman, 2004; Suzuki and Chiba 2016)。したがって、地球史規模の生物進化と多様性の構造に関しても、中立モデルの概念は有効なのではないだろうか。本研究はその基礎研究の一つとして、系統樹(生物進化と多様性のパターンを視覚的に表現したグラフ)の位相的性質を、実際の遺伝データと中立的確率過程のシミュレーションに基づき考察するものである。
実際の系統樹と確率シミュレーションとの比較に関しては様々な研究が為されてきたが、必ずしも中立的モデルではなく、また両者の比較は系統数の時間変化に着目しているため、 系統樹の位相的情報を十分に反映していない(e.g., Levinton, 1979; Harvey and Nee1994; Nee et al., 1995; Lieberman, 2011)。そこで、まず系統樹の位相的情報の定量化を試みる。系統樹は”遺伝子の川”(Dawkins, 1995)と形容されるが、 地形学の分野では河川の形態についてHortonの法則が成立することが知られている(Horton, 1945)。これは分岐形としての河川の水路に適当な方法で次数付けをおこなったことで見出された法則である。Hortonの法則のうち、水路数の法則(Hortonの第一法則)は河川以外の分岐形一般にも適用が可能な法則である。また、Hortonの第一法則が成立しているかを判定する"Horton解析"をおこなうことで、分岐形の位相的性質を定量化することが可能になる。
本研究で解析する系統樹は分子系統樹であり、対象生物は以下の脊椎動物でる:魚類(Near et al., 2013)、両生類(Frost et al., 2006)、カメ類(Grawford et al., 2015)、ヘビ・トカゲ類(Pyron et al., 2013)、鳥類(Burleigh et al., 2015)、哺乳類(Murphy et al., 2001)。これら6種類についてHorton解析をおこない、全ての系統樹でHortonの第一法則が成立していることが判明した。また、末端種数や系統樹が包括している分類階層のレベルによらず、分岐比の値は6種類の系統樹の分岐比の平均値3.18に近い値となった。これは脊椎動物の種分化現象は、系統樹全体として分岐比が平均3.18になる機構を有していることを示唆している。
この平均値3.18は従来のHorton解析における中立的確率モデルにおける理論値:約4(e.g., Leopold and Langbein, 1962; Shreve, 1967)より低い値である。その原因としては,(1)実際の分子系統樹の分岐比は、特定の大きさを持つ絶滅イベントや環境変化などの効果を含んでいる非中立的値であるため,あるいは(2)従来の解析は合流モデルなので分岐現象とは異なるため,などが考えられる。
そこで、分岐率と時間という最小限のパラメタセットしかない単純な分岐モデルの確率シミュレーションを行った。これは、特定の大きさを持つ絶滅イベントや環境変化および種分化率変化を考えない、という意味において中立的確率モデルである。その結果,生成された分岐形にもHortonの法則が成立することが分かった。また、分岐比の平均は2.96になった。これは、上記の分子系統樹の平均値3.18と近い値である。 さらに確率過程で生成された分岐形の特徴と脊椎動物の系統樹の分岐形としての特徴を比較したところ、両者は同様の特徴を示していた。 以上の結果は、脊椎動物の種分化過程は中立的な確率過程によって説明可能であることを示す。すなわち、生物分類や生物種ごとの種分化率の違い、特定の大きさを持った絶滅や環境変化による種分化率の変化の効果を考慮しなくても、実際の系統樹の位相的性質を説明できることを示唆する。
実際の系統樹と確率シミュレーションとの比較に関しては様々な研究が為されてきたが、必ずしも中立的モデルではなく、また両者の比較は系統数の時間変化に着目しているため、 系統樹の位相的情報を十分に反映していない(e.g., Levinton, 1979; Harvey and Nee1994; Nee et al., 1995; Lieberman, 2011)。そこで、まず系統樹の位相的情報の定量化を試みる。系統樹は”遺伝子の川”(Dawkins, 1995)と形容されるが、 地形学の分野では河川の形態についてHortonの法則が成立することが知られている(Horton, 1945)。これは分岐形としての河川の水路に適当な方法で次数付けをおこなったことで見出された法則である。Hortonの法則のうち、水路数の法則(Hortonの第一法則)は河川以外の分岐形一般にも適用が可能な法則である。また、Hortonの第一法則が成立しているかを判定する"Horton解析"をおこなうことで、分岐形の位相的性質を定量化することが可能になる。
本研究で解析する系統樹は分子系統樹であり、対象生物は以下の脊椎動物でる:魚類(Near et al., 2013)、両生類(Frost et al., 2006)、カメ類(Grawford et al., 2015)、ヘビ・トカゲ類(Pyron et al., 2013)、鳥類(Burleigh et al., 2015)、哺乳類(Murphy et al., 2001)。これら6種類についてHorton解析をおこない、全ての系統樹でHortonの第一法則が成立していることが判明した。また、末端種数や系統樹が包括している分類階層のレベルによらず、分岐比の値は6種類の系統樹の分岐比の平均値3.18に近い値となった。これは脊椎動物の種分化現象は、系統樹全体として分岐比が平均3.18になる機構を有していることを示唆している。
この平均値3.18は従来のHorton解析における中立的確率モデルにおける理論値:約4(e.g., Leopold and Langbein, 1962; Shreve, 1967)より低い値である。その原因としては,(1)実際の分子系統樹の分岐比は、特定の大きさを持つ絶滅イベントや環境変化などの効果を含んでいる非中立的値であるため,あるいは(2)従来の解析は合流モデルなので分岐現象とは異なるため,などが考えられる。
そこで、分岐率と時間という最小限のパラメタセットしかない単純な分岐モデルの確率シミュレーションを行った。これは、特定の大きさを持つ絶滅イベントや環境変化および種分化率変化を考えない、という意味において中立的確率モデルである。その結果,生成された分岐形にもHortonの法則が成立することが分かった。また、分岐比の平均は2.96になった。これは、上記の分子系統樹の平均値3.18と近い値である。 さらに確率過程で生成された分岐形の特徴と脊椎動物の系統樹の分岐形としての特徴を比較したところ、両者は同様の特徴を示していた。 以上の結果は、脊椎動物の種分化過程は中立的な確率過程によって説明可能であることを示す。すなわち、生物分類や生物種ごとの種分化率の違い、特定の大きさを持った絶滅や環境変化による種分化率の変化の効果を考慮しなくても、実際の系統樹の位相的性質を説明できることを示唆する。