JpGU-AGU Joint Meeting 2017

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[JJ]Eveningポスター発表

セッション記号 G (教育・アウトリーチ) » 教育・アウトリーチ

[G-03] [JJ] 地球惑星科学のアウトリーチ

2017年5月20日(土) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (国際展示場 7ホール)

[G03-P09] 野付半島ジオツアー実施報告

*重野 聖之1渡辺 和明2石渡 一人3七山 太2 (1.明治コンサルタント株式会社、2.国立研究開発法人 産業技術総合研究所、3.別海町郷土資料館)

キーワード:ジオツアー、分岐砂嘴、野付半島、別海町、北海道、標津町

北海道東部,野付湾周辺には,現在も活動的な完新世バリアーシステムが認められており,ここでは野付崎バリアースピット(以下,NBS)と呼ばれている.NBS は,標津川河口から南東方向に延びる本邦最大の総延長約29km の分岐砂噛であり,知床半島起源の火山岩礁を多く含む.航空写真判読によって,複数の砂噛が認識され,それらの分岐関係によって地形発達史が解読できる.
著者らは,2015年以降, NBSにおいて浜堤を横断する5本の測線を設定し,(1)GPS スタティック計測とレベル機器を用いた地形測量と地形断面図の作成,(2)地中レーダー探査と探査記録を用いた各浜堤の離水標高の計測,(3)ハンドボーリンド調査および(4)掘削試料を用いたAMS14C年代測定およびテフラによる年代の検討,(5)EC,珪藻および花粉分析による古環境の推定,(6)海浜砂と砂丘砂の粒度分析による判別,(7)海域の音波探査や測深調査などを実施してきている(Watanabe et al.,2016).これまでの掘削調査により,上位から5層の完新世テフラ,Ta-a(1739 年樽前火山起源;古川・七山,2007)および Ko-c2(1694 年北海道駒ヶ岳火山起源;古川・七山, 2007), Ma-b(10世紀摩周火山起源;山元ほか,2010),Ta-c(2.5ka 樽前火山起源; 古川・七山,2007), Ma-d(4.0ka 摩周火山起源;山元ほか,2010)が見いだされ,これらを時間面として,約 1000 年オーダーでのNBS の地形発達史を解読することができた (Watanabe et al.,2016).
一方,江戸時代中期から幕末にかけて,野付半島は船で国後島や千島列島に渡る際の中継地の湊として繁栄したことは,我が国の北方領土の歴史的な主権を主張する上でたいへん重要である.この地には北方警備の任にあたる会津藩の武士が駐在する通行屋も設けられていたことが通行屋跡遺跡の発掘から明らかにされている(北海道別海町教育委員会,2004).かつて,最上徳内や間宮林蔵は,この半島を経て国後島や択捉島に渡航したと想像されている(渡辺ほか,2015).さらに,ここには江戸時代から明治の初期にかけて,「キラク」という街があったという伝承がある.しかし,古い地図や文献には「キラク」があったことを立証する明確な記述が無いが,この伝承はロマンをかき立てる.
​2016年10月4~11日に,昨年度からの3ヶ年計画での実施が採択された科研費基盤研究「強制海退によって規定されたバリアースピットの堆積様式の解明」の予算を用いて,野付半島の地形発達史に関する現地調査を7日間にわたって実施した.本稿においては,調査期間中の8日(土)にアウトリーチとして行った野付半島ジオツアーの実施状況を報告する.