JpGU-AGU Joint Meeting 2017

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[JJ]Eveningポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT23] [JJ] 環境トレーサビリティー手法の開発と適用

2017年5月23日(火) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (国際展示場 7ホール)

[HTT23-P07] 水田灌漑流域の地表・地下水の交流現象解明に向けた87Sr/86Srトレーサーの利用可能性

*吉田 武郎1SHIN Ki-Cheol2土原 健雄1皆川 裕樹1宮津 進1久保田 富次郎1 (1.農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究部門、2.総合地球環境学研究所)

キーワード:ストロンチウム同位体、水田灌漑、地表−地下水交流

灌漑が盛んな流域では河川からの取水と河川への再流入が繰り返され,流域の水循環に大きな影響を与える.これまで,河川の低水管理上重要な農業用水の循環の解明のために,水収支観測や水文モデルによる解析が数多く行われてきたが,地表・地下水の交流現象が卓越した流域での流出の空間構造を把握することは困難であった.また,主に水素・酸素安定同位体比をトレーサーとした研究も行われてきたものの,水田地帯では農業用水と降水が混合して循環し,さらに蒸発に伴う同位体分別効果により水素・酸素安定同位体比は時間的に変化するため,流出過程を直接的に評価するにはさらに新しい手法の開発が必要になっている.
水素・酸素等同位体比を補完するトレーサーとして,ストロンチウムの安定同位体(87Sr,86Sr)の存在比(87Sr/86Sr,以下Sr同位体比)に着目した.Sr同位体比には,地質的時間スケールを扱わない限りその時間変化を無視できること,同位体分別効果が小さい上に,分別効果を補正して分析できるといった特徴を持つ.すなわち,ある水に含まれるSr同位体比は,土壌や岩石に含まれるSrの溶解や交換,あるいは87Sr/86Srが異なる水との混合によってのみ変化する.そのため,Sr同位体比は水文過程の検証に新たな切り口を提供すると期待される.Sr同位体比の水文分野への適用例は近年数多くなされているが,農業用水など人間活動の影響を強く受ける水環境への適用は少なく,その水文トレーサーとしての可能性は未知である.
関東平野北部の鬼怒川扇状地には五行川に代表される湧水を起源とする河川が多く見られ,地表/地下水の交流現象が盛んな典型的な水田灌漑地域である.本研究では五行川を中心に以下の点を明らかにし,Sr同位体比の水文トレーサーとしての利用可能性を検討した.(1)水の存在形態(河川水・浅層地下水・灌漑用水・降水)ごとのSr同位体比の差違,(2)人為的な水利用に伴うSr同位体比の時期的な変化.灌漑期(6月)と非灌漑期(10月)に,五行川の氏家-高根沢間の11kmの区間を対象に,およそ500 m間隔(23地点)で採水・流量観測を行った.また,農業用水の補助水源として利用されている56地点の井戸において,不圧の浅層帯水層の地下水位を測定するとともに地下水面付近の水を採水した.その他,降水,湧水,水田面水,幹線用水路,排水路の水を採水した.
Sr同位体比−1/Sr図上において,五行川の水は最上流から最下流までほぼ直線的にプロットされ,流下に伴ってSr同位体比と1/Sr が単調に減少した.この直線の延長に,五行川上流を流れる幹線用水と下流端近傍にある湧水がプロットされる.このことから,五行川は幹線用水と扇状地を伏流した地下水が混合して生じた河川で,流下と共に扇状地からSr同位体比が低くSr濃度の高い地下水が付加されたという概念モデルが考えられる.
灌漑期における排水路の水は地点よって水質が異なるが,近傍の田面水に比べてSr濃度は高く,Sr同位体比は低い傾向を示した.水田部の土壌水も深部ほどSr濃度が高く,Sr同位体比が低い傾向がみられた.これらのことから,田面水が地下を通過する水に低いSr同位体比をもつ土壌や岩石から溶出したSrが付加された可能性が非常に高い.これらの結果は,上記の概念モデルにおける扇状地の地下水は水田の寄与を強く受けた浅層地下水で,それらが連続的に五行川に湧出していると考えられる.これは,以下に示す灌漑期と非灌漑期での水質変化および水素・酸素安定同位体比による検討結果とも整合する.
五行川の河川水のSr同位体比・濃度を灌漑期・非灌漑期で比較すると,非灌漑期におけるSr濃度は灌漑期のそれに比べて高く,Sr同位体比の分布はやや小さい.非灌漑期におけるSr濃度の上昇は,農業用水や降水量の減少により希釈の影響が小さくなったためであり,Sr同位体比の低下は,降水・灌漑水の減少により相対的に低いSr同位体比を持つ浅層地下水の寄与が増加したためと考えられる.一方,五行川の水素・酸素安定同位体比(d2Hと d18O)は非常に強い正の相関を示し,鬼怒川・幹線用水は最も低く,流下に伴って上昇している.五行川の河川水の d2H−d18O線の勾配が6程度であることから,蒸発の影響を受けた水の混合の影響を受けており,流下に伴ってd2Hと d18Oが上昇することは水田から涵養された浅層地下水の寄与が下流ほど大きいという本モデルと調和的である.
以上より,五行川の河川水は二つの流出経路をもつ端成分の混合によって構成されることが示された.Sr同位体比を使えば,それぞれの寄与率を定量化や流出経路の時間的な変化を捉える可能性がある.今後,代かき期,出穂期等の人為的な変化の大きい時期に連続的に採水を行ってSr同位体比を分析することにより,水田流域の流出経路の時間的変化を把握することが期待できる.