[SCG72-P09] 地域特性を考慮した簡便な避難完了率予測手法の検討
キーワード:津波、避難、シミュレーション、地域特性、予測式
1.はじめに
内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)では適切な初動体制の確立を目的として、地震発生直後に得られるリアルタイム観測データから得られる津波遡上データを用いて広範囲の被害を迅速に予測する手法開発が求められている。
津波による人的被害予測には、地震発生から津波到達までの避難猶予時間で避難場所に到着できない避難未完了者数を精度良く予測することが重要である。このためには、避難猶予時間のほか様々な地域特性を考慮する必要があり、考慮すべき地域特性としては、高橋ほか(2016)において避難意識(避難開始までに要した時間に相当)に加えて避難所等までの距離が挙げられている。
既往の避難未完了者数の予測には、津波避難シミュレーションを用いる手法と、被害想定等で用いられている避難猶予時間と避難完了率の避難完了率曲線を用いる手法が用いられている。前者は様々な地域特性を考慮することが出来る一方で、計算に時間を要するため広範囲での即時的な被害推定には適用しにくい問題がある。後者は広範囲での被害推定に適する一方で、地域特性の反映という観点で問題がある。
そこで、本研究では、地域特性として最も影響の大きな避難意識を数値で表す方法を試みると共に、避難意識や避難距離等の地域特性を考慮できる簡便な避難完了者数の予測方法について検討した。
2.避難意識のパラメータ化
避難意識は浸水域内の滞留者の避難開始までに要した時間に影響するため避難未完了者数に大きく影響する。既往の手法では「高い・低い」など数段階で避難意識を定義して、避難意識毎に避難猶予時間別の避難未完了率等を定義している。一方で、東北地方太平洋沖地震からの津波避難実態は地域により避難開始のタイミングは多様である。
そこで本研究では、地域別の避難実態調査結果に基づく地震発生からの経過時間毎の避難開始済率(=避難行動を開始している人数/浸水域内の滞留者数)をもとに、地震発生からの経過時間を説明変数とする対数正規分布を仮定した累積分布関数で避難開始済率を表す手法を検討した。更に、累積分布関数のパラメータのうち、ξ(対数標準偏差)を固定してλ(対数平均)のみで避難開始済率を求める式を作成すると共に、避難試行率の上限や避難手段分担率を累積分布関数のパラメータλから推定する手法を作成した。
3.避難速度の推定
前述のモデル地域(7地域)を対象として、まず東北地方太平洋沖地震津波からの避難を再現するシミュレーションを実施した。その結果、得られた避難完了率は、避難実態調査から推定される避難完了率の範囲内で、妥当性があるものと判断した。次に、避難意識を変化させた津波避難シミュレーションを実施して、避難手段・年齢・発生時刻(昼夜)別の避難移動速度について検討した。ここでの避難速度は広域での被害推定を短時間で実施する目的から、シミュレーションでの避難所要時間を避難所等までの直線距離で除した値で定義した。
全モデル地域の避難速度を検討し、避難手段および年齢から3区分(若壮年徒歩避難者、高齢徒歩避難者、車両避難者)の平均的な避難速度を設定した。
4.避難未完了者数予測式の作成
浸水域内の滞留者のうち避難に成功する者は、津波到達までに避難を完了する必要がある。津波到達までに避難を完了するためには、津波到達時刻から津波避難を要する時間を差し引いた時刻(避難限界時刻と呼ぶ)までに避難を開始する必要があり、地震発生から避難限界時刻までの時間が避難猶予時間となる。この避難猶予時間に避難を開始する人の割合は前項で検討した避難意識をパラメータとする避難開始済率の累積分布関数を用いることで予測する。具体的には、年齢階層・避難手段別の要避難者数に、避難猶予時間内での避難開始率を乗じて避難完了者数を推定する。
5.作成した予測式の検証
上記で作成した予測式を、東北地方太平洋沖地震津波からの避難を対象としてモデル地域に適用して避難未完了者数を予測するとともに、津波避難シミュレーション結果との比較を行った。
各モデル地域の避難実態から推定した避難意識を適用して避難未完了者数を予測したところ、シミュレーションによる避難未完了者数とのばらつきが概ね±50%の範囲で予測することが出来た。一方で、人口が少ない地域や浸水面積が狭い地域では倍半分程度の誤差が生じた。この原因としては、浸水面積が狭い地域では事前に把握できる避難距離と実際の避難距離が食い違い易いことなどが考えられる。
【謝辞】
本研究は、総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「レジリエントな防災・減災機能の強化」(管理法人:JST)によって実施された。
【参考文献】
高橋ほか(2016) 簡便な津波避難完了率予測手法のための地域特性の抽出、日本地震工学会年次大会、2016
内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)では適切な初動体制の確立を目的として、地震発生直後に得られるリアルタイム観測データから得られる津波遡上データを用いて広範囲の被害を迅速に予測する手法開発が求められている。
津波による人的被害予測には、地震発生から津波到達までの避難猶予時間で避難場所に到着できない避難未完了者数を精度良く予測することが重要である。このためには、避難猶予時間のほか様々な地域特性を考慮する必要があり、考慮すべき地域特性としては、高橋ほか(2016)において避難意識(避難開始までに要した時間に相当)に加えて避難所等までの距離が挙げられている。
既往の避難未完了者数の予測には、津波避難シミュレーションを用いる手法と、被害想定等で用いられている避難猶予時間と避難完了率の避難完了率曲線を用いる手法が用いられている。前者は様々な地域特性を考慮することが出来る一方で、計算に時間を要するため広範囲での即時的な被害推定には適用しにくい問題がある。後者は広範囲での被害推定に適する一方で、地域特性の反映という観点で問題がある。
そこで、本研究では、地域特性として最も影響の大きな避難意識を数値で表す方法を試みると共に、避難意識や避難距離等の地域特性を考慮できる簡便な避難完了者数の予測方法について検討した。
2.避難意識のパラメータ化
避難意識は浸水域内の滞留者の避難開始までに要した時間に影響するため避難未完了者数に大きく影響する。既往の手法では「高い・低い」など数段階で避難意識を定義して、避難意識毎に避難猶予時間別の避難未完了率等を定義している。一方で、東北地方太平洋沖地震からの津波避難実態は地域により避難開始のタイミングは多様である。
そこで本研究では、地域別の避難実態調査結果に基づく地震発生からの経過時間毎の避難開始済率(=避難行動を開始している人数/浸水域内の滞留者数)をもとに、地震発生からの経過時間を説明変数とする対数正規分布を仮定した累積分布関数で避難開始済率を表す手法を検討した。更に、累積分布関数のパラメータのうち、ξ(対数標準偏差)を固定してλ(対数平均)のみで避難開始済率を求める式を作成すると共に、避難試行率の上限や避難手段分担率を累積分布関数のパラメータλから推定する手法を作成した。
3.避難速度の推定
前述のモデル地域(7地域)を対象として、まず東北地方太平洋沖地震津波からの避難を再現するシミュレーションを実施した。その結果、得られた避難完了率は、避難実態調査から推定される避難完了率の範囲内で、妥当性があるものと判断した。次に、避難意識を変化させた津波避難シミュレーションを実施して、避難手段・年齢・発生時刻(昼夜)別の避難移動速度について検討した。ここでの避難速度は広域での被害推定を短時間で実施する目的から、シミュレーションでの避難所要時間を避難所等までの直線距離で除した値で定義した。
全モデル地域の避難速度を検討し、避難手段および年齢から3区分(若壮年徒歩避難者、高齢徒歩避難者、車両避難者)の平均的な避難速度を設定した。
4.避難未完了者数予測式の作成
浸水域内の滞留者のうち避難に成功する者は、津波到達までに避難を完了する必要がある。津波到達までに避難を完了するためには、津波到達時刻から津波避難を要する時間を差し引いた時刻(避難限界時刻と呼ぶ)までに避難を開始する必要があり、地震発生から避難限界時刻までの時間が避難猶予時間となる。この避難猶予時間に避難を開始する人の割合は前項で検討した避難意識をパラメータとする避難開始済率の累積分布関数を用いることで予測する。具体的には、年齢階層・避難手段別の要避難者数に、避難猶予時間内での避難開始率を乗じて避難完了者数を推定する。
5.作成した予測式の検証
上記で作成した予測式を、東北地方太平洋沖地震津波からの避難を対象としてモデル地域に適用して避難未完了者数を予測するとともに、津波避難シミュレーション結果との比較を行った。
各モデル地域の避難実態から推定した避難意識を適用して避難未完了者数を予測したところ、シミュレーションによる避難未完了者数とのばらつきが概ね±50%の範囲で予測することが出来た。一方で、人口が少ない地域や浸水面積が狭い地域では倍半分程度の誤差が生じた。この原因としては、浸水面積が狭い地域では事前に把握できる避難距離と実際の避難距離が食い違い易いことなどが考えられる。
【謝辞】
本研究は、総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「レジリエントな防災・減災機能の強化」(管理法人:JST)によって実施された。
【参考文献】
高橋ほか(2016) 簡便な津波避難完了率予測手法のための地域特性の抽出、日本地震工学会年次大会、2016