JpGU-AGU Joint Meeting 2017

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 G (教育・アウトリーチ) » 教育・アウトリーチ

[G-02] [JJ] 災害を乗り越えるための「総合的防災教育」

2017年5月20日(土) 15:30 〜 17:00 コンベンションホールA (国際会議場 2F)

コンビーナ:中井 仁(小淵沢総合研究施設)、宮嶋 敏(埼玉県立熊谷高等学校)、根本 泰雄(桜美林大学自然科学系)、小森 次郎(帝京平成大学)、座長:中井 仁(小淵沢総合研究施設)、座長:宮嶋 敏(埼玉県立熊谷高等学校)

16:00 〜 16:15

[G02-03] 災害時,教員は児童・生徒の命を守るために何を優先させるべきか?:仙台地方裁判所大川小学校判決の検証

*松本 剛1 (1.琉球大学理学部)

キーワード:東日本大震災、津波、防災

東日本大震災の津波で児童74人と教職員10人が死亡・行方不明になった宮城県の石巻市立大川小学校(以下,「学校」と云う)をめぐり,児童の遺族が市と県に損害賠償を求めた訴訟で,平成28年10月26日,仙台地裁は原告(児童の遺族)の主張を一部認める判決を言い渡した。判決では教員は津波の襲来を予見しており,早めに安全な場所へ児童を誘導すべきであったとされる。しかし,新聞報道の判決文要旨のみではこの辺りの判断の根拠の検証が難しい。そこで,本報告者は今般,仙台地裁より判決文全文の提供を受け,原告・被告双方の主張とそれに対する地裁の判断を検証し,今後の学校防災の在り方について,考察を行った。

事象を時系列で追うと,以下のようになる。
・午後2時46分,本件地震発生,直後より,NHKが津波等に関する情報や避難の呼び掛け。
・午後2時51分以降,NHKが宮城県で大津波警報が出ており高さ6mの津波の到達が予想されていること等を伝えた。
・午後3時14分,気象庁は,宮城県に到達すると予想される津波の高さを10m以上に変更。NHKは発表直後にテレビ放送の字幕でこのことを伝えた。
・午後3時20分頃,河北消防署の消防車が学校前を通過し,大津波警報が発令されたことを伝え,避難を呼び掛けた。
・午後3時30分~35分頃,教職員と児童70名が徒歩で校庭から「三角地帯」に向けて移動開始。
・午後3時37分頃(推定),「三角地帯」に向かう途中で,北上川を遡上した津波が堤防を越流して襲来し,教職員と児童は津波に呑まれた。
・午後3時37分頃,学校に津波が到達し,周辺一帯が水没。

「三角地帯」は,新北上大橋付近の北上川東岸に位置する標高約7mの小高い丘で,大川小学校の校庭(標高1.5m程度)より標高が高く,学校からは直線距離で150m程である。一方,学校のすぐ南側には標高数百メートルの「裏山」と呼ばれる高地がある。標高が高く,避難場所として真先に想定されるべき場所である。「裏山」への避難には3ルートがあり,当面の津波被害回避として標高10mを目安とすれば,どのルートについても校庭の中央付近からの距離にして150m程度,所要時間は歩いても2分以内(原告が後に実験を行った結果)である。しかし,当時は降雪により地面が湿っていたとされ(被告主張),また崖崩れを起こした履歴があり,教職員や地元の人は「裏山」への避難を躊躇していた。

判決では,地震発生前,発生後午後3時30分以前,それ以降の3段階に切り分け,津波により児童が被害に遭うことが予見出来たか否か,また教員の注意義務違反の有無をそれぞれ判断し,以下の点を明示している。
遅くとも午後3時30分頃までには,広報車が学校の前を通り過ぎて,学校の付近に津波の危険が迫っていることを伝えていた。北上川東岸の河口付近から学校のある地区にかけては平坦で,北上川沿いには津波の侵入を妨げる高台等の障害物は無い。教員は当然,勤務校周辺のこのような地理的特徴を知っているはずであり,判決では遅くとも上記広報を聞いた時点で大規模な津波が学校に襲来する危険を予見したものと認め,この時点で,教員は速やかに児童を高所に避難させるべき義務を負ったとした。

判決ではまた,避難場所としての「三角地帯」と「裏山」の適否についても論じている。ここでは,予想津波高10mという情報がある以上,北上川の堤防を超える可能性もあることや,付近にはより高い地点が無いことから,避難場所として適切ではないと結論付けている。午後3時30分或いはそれ以前に「裏山」への避難を開始すれば,充分に津波被害を回避できたことが容易に想像される。余震が続く中で崖崩れの虞もあり,足場の良くない山中で児童を率いて斜面を登ることは簡単ではなく,児童に怪我をさせる危険性もあった。しかし判決では,大規模な津波の襲来が迫っており,逃げなければ命を落とす状況では,各自それぞれに山を駆け上ることを児童に促すなど,高所への避難を最優先すべきであったと結論付けている。

原告・被告双方はこの判決を不服として控訴したと報じられた。しかし,この判決は,非常事態に際し,児童・生徒の生命が学校としての秩序の維持などよりも優先されるという,学校防災の本質を示している。また,判決では学校で過去に津波被害が無かったこと,またハザードマップ等で学校が避難場所として指定されているなどを理由として原告の訴えを一部退けているものの,現実にこのような事件が起きた以上は,次回同様の津波が襲来した場合,このような根拠で学校側が義務を逃れることは許されない。教職員には自然現象への理解,学校の置かれた環境の把握,災害に対する備え,普段からの防災訓練などに加え,児童・生徒の生命を守るため,常に「先を読む」力が求められる。