14:30 〜 14:45
[G03-16] 災害時のジレンマを疑似体験する教材開発
キーワード:防災教育、教材、合意形成
本発表では,筆者が開発した,災害時のジレンマを疑似体験する防災教育教材「4コマ漫画教材」について,ワークショップ参加者の発話分析からその効果を論じる.
「4コマ漫画教材」とは,中学生が実年齢に30歳を足して大人になったつもりで避難所運営を行う宮城県南三陸町立歌津中学校の防災訓練にヒントを得て作成した,演習型・ゲーム型の教材である.本教材のワークショップの参加者は,避難所運営に携わっている設定で,避難所で起こるジレンマ問題にグループメンバーとともに対処する.避難所の困った状況は4コマ漫画のうちの最初の3コマで示されており,4コマ目は避難所にいる不特定多数の避難者に向けた空欄のセリフとなっている.参加者はグループメンバーと合意形成を行いながら,意思決定をし,この空欄に入るべきセリフ,つまり,ジレンマ問題の(一時的であれ,空間限定的であれ)解決策となる対処方法を,不特定多数に向けたセリフとして埋めなければならない.
本論文では,20種類以上作成した「4コマ漫画教材」のうち,避難所の6つの係班に対応した「避難所係別4コマ漫画教材」を中心に取り上げる.「避難所係班別4コマ漫画」は,各自治体が公表している避難所運営マニュアルに載っている係班の中から庶務班・情報班・衛生班・食料物資班・学校再開準備班・ボランティア班を選び,それぞれの班が災害時に直面するであろう問題を4コマ漫画でシミュレーションしている. ワークショップの構成は,避難所についての解説をする講義(導入),セリフを埋めるグループワーク,そして発表(全体共有)である.グループワークの中盤には,過去の災害において避難所で実際に起きたことや,それぞれの避難所係班にとって重要な知見を短い文章でまとめた「事例カード」(各係班につき8枚 で構成)を投入する.参加者は過去の事例を踏まえた上であらためて議論を重ね,最終的な結論をセリフの形で表現する.
東日本大震災以降,学校現場や地域レベルでの防災教育が求められている一方で,教材は圧倒的に不足している.しかも既存の教材の評価や防災教育の効果測定のあり方についてはほとんど議論されておらず,決定的な方針が打ち立てられずにいる.本研究では,渥美(2006)に基づいて既存の防災教育教材を分類し,矢守(2007, 2011)に則って「4コマ漫画教材」の防災教育教材としての効果を評価した.
参加者の許可を得て録音した発話記録を詳細に分析したところ,防災教育教材として3つの有効性が示せた.1点めは,将来に起こる災害は必ず偶有性(想定外)を含んでいるにも関わらず,既存の防災教育教材の多くは偶有性との継続的な直面を担保していない,つまり,「もう大丈夫」「リスクはなくなった」と思わせてしまうという課題を,本教材は解決している点である.これは,「4コマ漫画教材」の状況設定をあえて曖昧なままにすることで,参加者に「防災ナラティブ」を生成させて,主体的で多様な状況付与作業を展開する機会を提供していること,また,「事例カード」や他のグループの出したセリフを共有することで,ワークショップの最中に何度も偶有性に直面することをなし得ているからである.
2点めは,「事例カード」が,参加者に不足する知識を補う役割と,ファシリテータや経験者による助言の代替機能を果たしている点である.ワークショップの導入部分で10分ほど,避難所の説明を行うが,これだけでは避難所運営の知識もイメージもつかむことはできない.発話分析からは,それを補う効果が観察された.また,事例カード導入後には,導入以前に下していた結論を自ら覆してあらためて吟味を行う様子も観察された.これらは従来,ファシリテータや教材使用経験者が行っていたことである.
3点めは,「事例カード」を,セリフを決めるというワークショップ全体の中での参考情報と位置づけてデザインしたことで,体験談を参考にしながら自分の置かれた状況下でより良い決断をするために必要な情報を自身で取捨選択するという姿勢を実現することが可能となった点である.どれ一つとして同じ災害が再現されないという事実を前に,被災経験者の言葉を絶対的な教訓と捉えることは逆にリスクなりうるだろう.また,強烈な被災経験は強い同情や共感を生み,かえって冷静な取捨選択を妨げる. しかし,「4コマ漫画教材」ワークショップの参加者は「事例カード」を「体験談や専門家の意見を参考にしながら自分の置かれた状況下でより良い決断をするために必要な情報を自身で取捨選択する姿勢」で活用しており,災害伝承や戦争伝承の分野において課題と言われている「体験談を伝える被災経験者」と「体験談を受け取る被災未経験者」の固着した関係を一歩前進させ,「体験談を取捨選択して活用する被災未経験者」を登場させることに成功している.
「4コマ漫画教材」とは,中学生が実年齢に30歳を足して大人になったつもりで避難所運営を行う宮城県南三陸町立歌津中学校の防災訓練にヒントを得て作成した,演習型・ゲーム型の教材である.本教材のワークショップの参加者は,避難所運営に携わっている設定で,避難所で起こるジレンマ問題にグループメンバーとともに対処する.避難所の困った状況は4コマ漫画のうちの最初の3コマで示されており,4コマ目は避難所にいる不特定多数の避難者に向けた空欄のセリフとなっている.参加者はグループメンバーと合意形成を行いながら,意思決定をし,この空欄に入るべきセリフ,つまり,ジレンマ問題の(一時的であれ,空間限定的であれ)解決策となる対処方法を,不特定多数に向けたセリフとして埋めなければならない.
本論文では,20種類以上作成した「4コマ漫画教材」のうち,避難所の6つの係班に対応した「避難所係別4コマ漫画教材」を中心に取り上げる.「避難所係班別4コマ漫画」は,各自治体が公表している避難所運営マニュアルに載っている係班の中から庶務班・情報班・衛生班・食料物資班・学校再開準備班・ボランティア班を選び,それぞれの班が災害時に直面するであろう問題を4コマ漫画でシミュレーションしている. ワークショップの構成は,避難所についての解説をする講義(導入),セリフを埋めるグループワーク,そして発表(全体共有)である.グループワークの中盤には,過去の災害において避難所で実際に起きたことや,それぞれの避難所係班にとって重要な知見を短い文章でまとめた「事例カード」(各係班につき8枚 で構成)を投入する.参加者は過去の事例を踏まえた上であらためて議論を重ね,最終的な結論をセリフの形で表現する.
東日本大震災以降,学校現場や地域レベルでの防災教育が求められている一方で,教材は圧倒的に不足している.しかも既存の教材の評価や防災教育の効果測定のあり方についてはほとんど議論されておらず,決定的な方針が打ち立てられずにいる.本研究では,渥美(2006)に基づいて既存の防災教育教材を分類し,矢守(2007, 2011)に則って「4コマ漫画教材」の防災教育教材としての効果を評価した.
参加者の許可を得て録音した発話記録を詳細に分析したところ,防災教育教材として3つの有効性が示せた.1点めは,将来に起こる災害は必ず偶有性(想定外)を含んでいるにも関わらず,既存の防災教育教材の多くは偶有性との継続的な直面を担保していない,つまり,「もう大丈夫」「リスクはなくなった」と思わせてしまうという課題を,本教材は解決している点である.これは,「4コマ漫画教材」の状況設定をあえて曖昧なままにすることで,参加者に「防災ナラティブ」を生成させて,主体的で多様な状況付与作業を展開する機会を提供していること,また,「事例カード」や他のグループの出したセリフを共有することで,ワークショップの最中に何度も偶有性に直面することをなし得ているからである.
2点めは,「事例カード」が,参加者に不足する知識を補う役割と,ファシリテータや経験者による助言の代替機能を果たしている点である.ワークショップの導入部分で10分ほど,避難所の説明を行うが,これだけでは避難所運営の知識もイメージもつかむことはできない.発話分析からは,それを補う効果が観察された.また,事例カード導入後には,導入以前に下していた結論を自ら覆してあらためて吟味を行う様子も観察された.これらは従来,ファシリテータや教材使用経験者が行っていたことである.
3点めは,「事例カード」を,セリフを決めるというワークショップ全体の中での参考情報と位置づけてデザインしたことで,体験談を参考にしながら自分の置かれた状況下でより良い決断をするために必要な情報を自身で取捨選択するという姿勢を実現することが可能となった点である.どれ一つとして同じ災害が再現されないという事実を前に,被災経験者の言葉を絶対的な教訓と捉えることは逆にリスクなりうるだろう.また,強烈な被災経験は強い同情や共感を生み,かえって冷静な取捨選択を妨げる. しかし,「4コマ漫画教材」ワークショップの参加者は「事例カード」を「体験談や専門家の意見を参考にしながら自分の置かれた状況下でより良い決断をするために必要な情報を自身で取捨選択する姿勢」で活用しており,災害伝承や戦争伝承の分野において課題と言われている「体験談を伝える被災経験者」と「体験談を受け取る被災未経験者」の固着した関係を一歩前進させ,「体験談を取捨選択して活用する被災未経験者」を登場させることに成功している.