JpGU-AGU Joint Meeting 2017

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-CG 地球人間圏科学複合領域・一般

[H-CG33] [JJ] 原子力発電所の基準地震動: 理学と工学の両面から考える

2017年5月21日(日) 10:45 〜 12:15 A01 (東京ベイ幕張ホール)

コンビーナ:末次 大輔(海洋研究開発機構 地球深部ダイナミクス研究分野)、橋本 学(京都大学防災研究所)、鷺谷 威(名古屋大学減災連携研究センター)、寿楽 浩太(東京電機大学未来科学部人間科学系列)、座長:末次 大輔(海洋研究開発機構 地球深部ダイナミクス研究分野)、座長:寿楽 浩太(東京電機大学未来科学部人間科学系列)

11:40 〜 12:05

[HCG33-04] リスクの不確実性と社会の意思決定:原子力安全規制を例に

★招待講演

*鈴木 達治郎1 (1.長崎大学核兵器廃絶研究センター)

キーワード:リスク評価、不確実性、社会意思決定、信頼

リスクをめぐる社会意思決定
 どんな科学技術にも社会にリスクを及ぼす可能性がある。どこまでそのリスクを許容するかは、当然ながら社会の意思決定となる。しかし、現実にはすべてのリスク評価に不確実性が伴う。その不確実性をどう扱うかが、明確にされていないと社会意思決定プロセスとして、十分な信頼が得られない。
リスク評価は科学・工学の専門家が実施することになるが、現実には、リスク評価は不確実性が高く、幅で示されることが多い。また、リスク評価の方法論、もとになるデータ、最新の知見など、様々な要素がリスク評価に差異をもたらすため、専門家の間でも合意が得られない場合も出てくる。それでも、最終的には、政策決定にかかわる専門家の判断が重要な役割を果たすため、意思決定に参加する専門家とそのプロセスに対する信頼が極めて重要となる。特に、その不確実性をどのように扱うかについての合意がないと、意見が分かれたままでの意思決定になる可能性がある。
 次に、許容リスクの決定であるが、多くの場合リスクがゼロにはならないので、どこかで許容範囲についての意思決定をする必要がある。この意思決定は、科学・工学の専門家だけでは決められない。現実には、科学技術を使うユーザー、あるいはリスクが現実に及ぶとされる当事者が意思決定に参加することが望ましい。実際には、直接そのような当事者が議論に参加することは困難な場合が多いため、規制当局の意思決定が、必ずしも社会に許容されない可能性が出てくる。
 このプロセスが、十分な透明性を担保しているかが、リスクをめぐる社会意思決定にとって極めて重要であり、それがないとリスクをめぐる意思決定に信頼感が失われてしまうことになる。
 要約すれば、①リスク評価には必ず不確実性が伴い、意思決定に関与する専門家、およびその判断に至るプロセルへの信頼感が重要②リスクはゼロにならないことが多いため、許容リスクの意思決定は専門家以外の参加で決定することが望ましい。そのプロセスに透明性が担保されていることが、リスクに関する意思決定の信頼性に極めて重要である。

原子力安全規制(基準値振動)における問題点
 以上の観点から、原子力安全規制、特に基準値振動における問題点について検討してみる。最近問題になった、大飯原発基準値振動をめぐる議論を整理してみると下記のようになる。
大飯原発の基準値振動評価では、規制当局(原子力規制委員会)並びに電力会社はこれまで実績のある手法「入倉・三宅式」を採用して、合格の判断を下す。
これに対し、島崎元原子力規制委員長代理は、熊本地震に基づく新たなデータを考慮すると、「入倉・三宅式」では過小評価になる可能性があると指摘。見直しを要請。
しかし、規制委員会は、島崎教授の指摘は一部のデータだけを取り上げているので、見直しの根拠としては薄弱である。新たな計算手法は実績がないのでとりあげない。その結果大飯原発の許認可判断に問題はない。
ここには、リスク評価にかかわる不確実性をどう扱うか、について典型的な問題がいくつも示されている。
 まず、島崎氏の指摘する「新たなデータ」に対する評価が規制当局と島崎氏で分かれている。地震動計算の専門家からも、「自然現象(地震)や人間側の認識が内包する不確かさもきちんと考慮して安全性を確保する必要がある。」 (藤原広行・防災科学技術研究所・社会防災システム研究部門長)との指摘がされている。藤原部門長によると「(入倉・三宅方式では)平均値に対して大きなばらつき(不確かさ)が存在している。その不確かさが原発の審査の際にきちんと考慮されているかどうかが重要だ」との見解を示している。これに対し、規制当局は「大飯原発の審査に際しては、断層の長さについて不確かさを考慮している。断層の角度を寝かせて断層幅を大きく取ることもしている」などと説明している。
 問題は、この評価の差が、最終的には再稼働という大きな社会意思決定の判断につながるため、「規制当局は、再稼働の判断見直しを避けたいのではないか」という不信感を生むことになった。リスク評価(基準値振動)と最終的な許容リスク(再稼働)の関係の不透明さが、このような不信を生んだのではないだろうか。再稼働に至るまでに意思決定は、科学・工学以外の専門家や利害関係者の参加が不可欠である。
 
まとめ
 以上の事例からいえることは、① 規制判断におけるリスク評価において、専門家で意見が分かれた場合、不確実性をどのように扱うか、そのプロセス設計が極めて重要である②リスク評価の結果が、大きな社会意思決定につながる場合は、その判断基準の明示やプロセスの透明性が、より重要となる。科学・工学の専門家だけでは、十分に信頼が得られる意思決定にならない可能性があることを、規制当局も認識すべきである。