16:30 〜 16:45
[HCG35-05] 対馬の海洋保護区設計における学際的アプローチ
キーワード:海洋保護区、対馬、海洋学
【背景】「海洋保護区」は、世界的に海洋環境保全と持続可能な利用の検討が進む中で、沿岸から国際協力に至るまで活用できる仕組みである。近年、保護区は、生物資源利用や防災・減災もふくめ、人間が持続可能な社会を生きていくための方策のひとつと位置づけられている。保護区は第一次産業や観光利用など人間利用の程度に応じた国際的なカテゴリーが設けられており、生物中心の自然保護に限らず、伝統的な禁漁区や、水産資源の保護水域など漁業者が自主的に管理している区域の保全を目的としている。
海洋保護区の日本での政策的展開は21世紀に入ってから始まった。生物多様性国家戦略への海洋分野のより広範な導入について、研究者とNGOとを中心に議論され始めた中に、海洋保護区の検討があった。その後、海洋基本法の制定の動きの中で包括的な海洋環境政策として海洋空間管理と連動した、生物多様性の観点からの制度の必要性が問われた。2008年の海洋基本計画において、海洋保護区のあり方の検討と適切な推進体制が政府文書の中に初めて位置づけられた。
【対馬市の状況】長崎県対馬市は、海洋の生物多様性保全の手法である「海洋保護区」の設定の検討を自治体として2010年から継続的に行っている。漁業者を中心とする推進協議会を組織し、市行政、研究者も参加し、実地の状況に合わせた保護区のあり方を検討している。現在は、沿岸の共同漁業権区域を対馬版海洋保護区とし、沿岸漁業者を中心に集中的に管理する組織づくりに進展してきた。地先の海で仕組みや実績をつくりながら、対馬海峡の回遊魚や対馬海盆の底魚などの沖合での保護区の検討を進めていく予定である。
対馬の自然条件としては、対馬暖流、季節風という地球規模の海と空の循環系の影響を受けている。海流の中の島、海峡、海溝の多様な流れ場をもたらす地形と生物生息地も有している。背後地は国定公園に指定されているエリアもあり、重層的な指定の効果が注目される。
さらに漁村の「浦」の前には、小湾と磯、埋立をまぬがれた入江、干潟や砂州がある生物多様性に富む汽水域が残っている。沿岸の共同漁業権漁場はこのような自然条件がある。磯物漁業の種別の開口、範囲などの管理が行われている。または、沖についてもアカアマダイやアカムツのように魚種や漁法の調整について、ある程度は自主的な保護区管理がなされてきた。しかし慢性的な漁業不振に加え、現在の九州西部海域の漁業は多くの課題を急激に抱えている。アカムツは価格の高騰から乱獲が懸念され、クロマグロの資源管理では国際、国内、現場の間での軋轢が生じている。
自然公園や文化財などの法律に基づいた保護区は、海陸の開発規制と漁場保全にも有効である。過疎化、人口減による状況下で、かつ沿岸漁業が衰退すると、ステークホルダーとしての漁業者が消え、住民が消滅してしまう。合意形成する相手が不在の状態で、背後地の森は土石材料用に掘削され、地先の良好な磯が埋め立てられる。
【対策と展望】対馬で検討している海洋保護区の管理では、沿岸マターを対馬市のみでは意思決定も影響もできない部分も多くある。対馬暖流の汚染、気候変動の海陸への影響、沖合漁業のあり方など、自然現象のみならず地域外の多様なセクターが関わる大きな課題が影響している。まずは、沿岸漁業の定置網、一本釣り、磯物などの小規模漁業から着手が始まっている。自主的な取り決めや、何らかの条例の必要性も議論されている。
その際、海洋保護区政策の地域内発的な検討が重要である。すなわち、政策の押し付けではなく、アカアマダイの水産保護区や磯の管理などは、すでに長年自発的に行われてきた海洋保護活動である点を意識化している。対馬での既存の自然や資源の保護活動は、事実上の海洋保護区である。対馬自らその価値を意識し、地域の誇りとともに、観光や水産物の付加価値にも転換していく必要がある。それには、現場での発見や外の価値との対応のフィールドワークや、水産物のトレーサビリティによる消費者とのつながり形成、学際研究などが効果的と思われる。
なお、海洋環境政策的には科学的管理が必要とされるが、それには漁業や漁村のニーズと科学の接点を参加型で形成する必要がある。自ずと学際研究になってくるが、協働海洋学的な対馬渦の観測、環境DNAメタバーコーディングによる魚類相の把握、気象レーダー画像解析による漁業の安全管理などが行われている。また政策科学も重要である。これらの個別研究の進展により、若手中堅を中心とする科学者と漁業の現場の関係性が形成されつつある。
謝辞:本研究は、対馬市役所のご協力、環境研究推進費S-13, JST-CRESTの支援をいただいた。
海洋保護区の日本での政策的展開は21世紀に入ってから始まった。生物多様性国家戦略への海洋分野のより広範な導入について、研究者とNGOとを中心に議論され始めた中に、海洋保護区の検討があった。その後、海洋基本法の制定の動きの中で包括的な海洋環境政策として海洋空間管理と連動した、生物多様性の観点からの制度の必要性が問われた。2008年の海洋基本計画において、海洋保護区のあり方の検討と適切な推進体制が政府文書の中に初めて位置づけられた。
【対馬市の状況】長崎県対馬市は、海洋の生物多様性保全の手法である「海洋保護区」の設定の検討を自治体として2010年から継続的に行っている。漁業者を中心とする推進協議会を組織し、市行政、研究者も参加し、実地の状況に合わせた保護区のあり方を検討している。現在は、沿岸の共同漁業権区域を対馬版海洋保護区とし、沿岸漁業者を中心に集中的に管理する組織づくりに進展してきた。地先の海で仕組みや実績をつくりながら、対馬海峡の回遊魚や対馬海盆の底魚などの沖合での保護区の検討を進めていく予定である。
対馬の自然条件としては、対馬暖流、季節風という地球規模の海と空の循環系の影響を受けている。海流の中の島、海峡、海溝の多様な流れ場をもたらす地形と生物生息地も有している。背後地は国定公園に指定されているエリアもあり、重層的な指定の効果が注目される。
さらに漁村の「浦」の前には、小湾と磯、埋立をまぬがれた入江、干潟や砂州がある生物多様性に富む汽水域が残っている。沿岸の共同漁業権漁場はこのような自然条件がある。磯物漁業の種別の開口、範囲などの管理が行われている。または、沖についてもアカアマダイやアカムツのように魚種や漁法の調整について、ある程度は自主的な保護区管理がなされてきた。しかし慢性的な漁業不振に加え、現在の九州西部海域の漁業は多くの課題を急激に抱えている。アカムツは価格の高騰から乱獲が懸念され、クロマグロの資源管理では国際、国内、現場の間での軋轢が生じている。
自然公園や文化財などの法律に基づいた保護区は、海陸の開発規制と漁場保全にも有効である。過疎化、人口減による状況下で、かつ沿岸漁業が衰退すると、ステークホルダーとしての漁業者が消え、住民が消滅してしまう。合意形成する相手が不在の状態で、背後地の森は土石材料用に掘削され、地先の良好な磯が埋め立てられる。
【対策と展望】対馬で検討している海洋保護区の管理では、沿岸マターを対馬市のみでは意思決定も影響もできない部分も多くある。対馬暖流の汚染、気候変動の海陸への影響、沖合漁業のあり方など、自然現象のみならず地域外の多様なセクターが関わる大きな課題が影響している。まずは、沿岸漁業の定置網、一本釣り、磯物などの小規模漁業から着手が始まっている。自主的な取り決めや、何らかの条例の必要性も議論されている。
その際、海洋保護区政策の地域内発的な検討が重要である。すなわち、政策の押し付けではなく、アカアマダイの水産保護区や磯の管理などは、すでに長年自発的に行われてきた海洋保護活動である点を意識化している。対馬での既存の自然や資源の保護活動は、事実上の海洋保護区である。対馬自らその価値を意識し、地域の誇りとともに、観光や水産物の付加価値にも転換していく必要がある。それには、現場での発見や外の価値との対応のフィールドワークや、水産物のトレーサビリティによる消費者とのつながり形成、学際研究などが効果的と思われる。
なお、海洋環境政策的には科学的管理が必要とされるが、それには漁業や漁村のニーズと科学の接点を参加型で形成する必要がある。自ずと学際研究になってくるが、協働海洋学的な対馬渦の観測、環境DNAメタバーコーディングによる魚類相の把握、気象レーダー画像解析による漁業の安全管理などが行われている。また政策科学も重要である。これらの個別研究の進展により、若手中堅を中心とする科学者と漁業の現場の関係性が形成されつつある。
謝辞:本研究は、対馬市役所のご協力、環境研究推進費S-13, JST-CRESTの支援をいただいた。