JpGU-AGU Joint Meeting 2017

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-DS 防災地球科学

[H-DS17] [JJ] 湿潤変動帯の地質災害とその前兆

2017年5月24日(水) 15:30 〜 17:00 102 (国際会議場 1F)

コンビーナ:千木良 雅弘(京都大学防災研究所)、小嶋 智(岐阜大学工学部社会基盤工学科)、八木 浩司(山形大学地域教育文化学部)、内田 太郎(国土技術政策総合研究所)、座長:石丸 聡(北海道立総合研究機構 地質研究所)

16:15 〜 16:30

[HDS17-09] 知床半島羅臼町海岸町で発生した2016年8月の斜面崩壊

*石丸 聡1田近 淳2伊藤 陽司3輿水 健一1 (1.北海道立総合研究機構 地質研究所、2.(株)ドーコン、3.北見工業大学)

キーワード:斜面堆積物、周氷河性堆積物、パイピングホール、地下水位、斜面崩壊、豪雨

北海道の2016年の夏は観測史上例のない,度重なる台風襲来に見舞われた.8月17日から23日にかけて台風7号,11号,9号が次々と上陸し,北海道東部では断続的に強い雨が降り続いた.その結果,年降水量1600mm程度の知床半島の羅臼において,8月15日~23日の9日間で554mmの降水を記録した.羅臼町海岸町では,最も強い雨となった8月21日11時の36mm/hourの降水ピーク前後を中心に,海岸沿いの段丘崖で表層崩壊が多発した.23日未明には断続的な雨は降りやんだが,それから29時間が経過した24日夕刻に大規模な崩壊が発生した.崩壊の主たる発生源は段丘にのる厚い緩斜面堆積物で,16時頃から16時半過ぎにかけて数十回の崩壊を断続的に繰り返し,斜面背後へ崩壊範囲を拡大させていった.崩壊源の規模は,奥行き60m,幅40m,深さ8~10mで,概ね19,000㎥と見積もられる.この崩壊は大量の水を含んだ土砂が段丘崖を流下し,さらに100m以上離れた海岸を越えて海中へと流入した(等価摩擦係数:H/L = 0.3).その断続的に生じた崩壊の状況は動画撮影され,流動性の高い土砂移動の様子がテレビニュースでも放映された.この崩壊により海岸沿いを通る道道が塞がれ,その結果,知床半島先端側の集落は6日間にわたり孤立した.
海岸町周辺は,海岸沿いに狭長な低地が続き,その背後に比高約50mの斜面(約45°)が面する.その斜面の上には緩斜面地形(15~30°)が広がる.崩壊により露出した斜面には,サシルイ川層の一部と見られる安山岩質の凝灰角礫岩を基底として(基底面はほぼ水平),その上に礫と泥の互層が覆っているのが確認できた.この礫・泥互層の下部8mは上方細粒化する砂礫層が繰り返し重なる段丘堆積物(Tl)で,基底付近には径20cm程度の扁平した円礫が水平に並ぶ.この段丘堆積物の標高は約40~50mで,海成段丘アトラス(小池・町田2001)の標高データによれば,酸素同位体ステージ(MIS)5eに相当するものとみられる.この段丘は全国的に広く分布する約12万年前の高海水準期に形成された段丘にあたる.礫・泥互層の中部にあたる段丘堆積物上位の7mには,砂や軽石混じりのシルトが卓越した層(Tu:段丘離水後の洪水等の堆積物?)がのる.さらにその上位,礫・泥互層上部の10mは,径2cmほどの亜角礫混じりのシルト層(Ac)からなる.この亜角礫混じりのシルト層は土石流~土砂流堆積物とみられ,シルト主体の部分は透水性が低く,またすべりやすい特徴を持つ.
崩壊源はこれらの礫・泥互層(Tl,Tu,Ac)の上位の淘汰の悪い角礫混じりのシルト堆積物(Sd:厚さ5m以上)で,段丘上の緩斜面地形を形成する.この堆積物は北海道内によく見られる周氷河性斜面堆積物の特徴を有しており,酸素同位体ステージ(MIS)5eの段丘堆積物より上位に位置することから,主として寒冷期の酸素同位体ステージ(MIS) 2~4に厚く堆積したものとみられる.この堆積物はルーズで水を含みやすく,下位の亜角礫混じりのシルト層(土石流~土砂流堆積物)より透水性が高いため,大雨後には地中水を保持しやすく,特に基底付近は地中水が集中したとみられ,両層の境界付近にはパイピングホールの痕跡がみられた.崩壊発生後には,崩壊源の中央付近の底面に径3mの垂直の陥没孔が形成された.この陥没は斜面堆積物の基底付近に形成されたパイピングホール上の土砂が落ち込んでできたものとみられる.
テレビ報道の動画を見ると,雨が降りやんでから29時間が経過していたにも関わらず,崩壊土砂は大量の水を含んでいたことがわかる.このことは,崩壊発生時に斜面堆積物(Sd)中の地下水位が高かったことを示しており,地下水の供給源が崩壊源付近の地表からの浸透によるものだけではなく,背後からの水の供給を考える必要がある.北海道水産林務部のボーリング調査によると,崩壊頭部の約20m背後で斜面堆積物(Sd)は急激に薄くなり,亀裂質の安山岩が分布することが確認されている.この安山岩はSdより浸透能が低いため,降水後,時間を経て地下水位が上昇する.そこで安山岩の水位が相対的に高くなった場合,その水位差により斜面堆積物内(Sd)に地下水が供給される.すなわち,斜面堆積物(Sd)の背後側で地下水位が遅れて上昇することにより,斜面堆積物に遅れて地下水が供給され,降水後時間を経てから高含水の斜面堆積物の崩壊に至ったと考えることができる.さらに,大量の水を含んだ斜面堆積物(Sd)の前面が崩壊,消失することにより,背後の地下水位との差が大きくなり,その結果,透水性の高い斜面堆積物(Sd)の底面に水流が集中し,浸食力が増大したためにパイピングホールが一気に成長し,その上の土砂が陥没した可能性がある.