JpGU-AGU Joint Meeting 2017

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT23] [JJ] 環境トレーサビリティー手法の開発と適用

2017年5月23日(火) 10:45 〜 12:15 106 (国際会議場 1F)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、中野 孝教(大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所)、木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、座長:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)

11:15 〜 11:30

[HTT23-09] 日本海側の森林集水域における硫黄沈着量の低下と酸性化からの回復

*佐瀬 裕之1齋藤 辰善1,2大泉 毅3山下 尚之4猪股 弥生5諸橋 将雪1武 直子3高橋 昌臣1上迫 正人1小林 亮1内山 重輝1陀安 一郎6SHIN Ki-Cheol6中野 孝教6中田 誠2 (1.日本環境衛生センターアジア大気汚染研究センター、2.新潟大学、3.新潟県保健環境科学研究所、4.森林総合研究所、5.金沢大学、6.総合地球環境学研究所)

キーワード:硫黄、酸性化、回復

[緒言]
わが国を含む北東アジアにおける大気環境は日々変動している。最大の排出国である中国における硫黄酸化物の排出量は、2006年をピークにその後は漸減している一方で、窒素化合物や関連汚染物質の排出量はまだ増大を続けている。欧米の事例からも明らかなように、硫黄酸化物の大気沈着量の低下は生態系の酸性化からの回復を促す可能性はあるものの、その過程は一様ではない。近年、沈着量が低下し始めたばかりのアジア地域において、今後生態系がどのように応答するかは、生物地球化学の今日的課題の一つと言える。本講演では、新潟県の日本海側に設定した森林集水域試験地における長期モニタリングデータに同位体化学の手法を適用することにより、硫黄沈着量の低下に伴う生態系の酸性化からの回復プロセスを解明することを試みる。
[方法]
新潟県新発田市(旧加治川村)のスギ植林地内の小集水域に加治川試験地(3.84 ha)を設定し、林外雨、林内雨・樹幹流、及び渓流水を2002年1月から2週間毎または月毎に捕集・採取した。渓流水の流量は流出口に設置した量水堰において連続測定を実施した。得られた降水・渓流水試料は、pH、電気伝導率、アルカリ度(渓流水のみ)、及び主要なイオン濃度の測定に供した。2012年からは、土壌溶液も採取し、これら試料の硫黄同位体比(δ34S)の測定を実施した。また、一部試料については、ストロンチウム、鉛、及び水の酸素と水素の同位体比を測定した。なお、本集水域での水年は、降水・流出季節性を考慮し、6月から翌年5月までとした。
[結果及び考察]
加治川試験地における林外雨及び林内雨・樹幹流によるSO42−の沈着量は、夏季に低く、冬季に海塩由来のClやNa+のそれとともに急激に上昇する明確な季節性を示した。冬季に日本海を渡ってくる北西季節風により大陸から長距離輸送される汚染物質の影響を大きく受けていることが示唆される。2002年から10年以上に渡る長期データは、林内雨・樹幹流による非海塩性SO42−の年沈着量は2006/2007水年をピークに低下傾向にあり、中国における排出量を反映しているように見受けられた。それに伴い渓流水のSO42−濃度も低下し、pHやアルカリ度の上昇傾向が示された。過去に生じた酸性化からの回復プロセスが見られているものと考えられる。降水試料のδ34S値も夏季に低く(4‰付近)冬季に高い(12‰付近)明確な季節性を示し、冬季は海塩成分(20.3‰)及び高い同位体比を持つ中国の石炭(6.6‰:Ohizumi et al. 2016)の影響を受けていると考えられた。一方で、渓流水のδ34S値は濃度に関わらず、ほぼ一定値(9‰付近)を示した。年沈着量で加重平均した降水試料のδ34S値も9‰付近であった。2013/2014水年までの硫黄の流入・流出収支では、大気から流入した硫黄の約76%が流出していると考えられたが、上記のδ34S値から、大気沈着由来の硫黄は土壌・植物系で一旦循環・保持され、均質化されてから流出しているものと考えられた。よって、回復プロセスで見られた渓流水のSO42−濃度の低下も、循環・保持されずにそのまま流出する量が単に低下したのではなく、土壌・植生系における循環・保持機能が鋭敏に応答した結果であると考えられた。また、国内で環境省がモニタリングしている9湖沼のうち7湖沼において、同様に湖沼水中のSO42−濃度が2006-2008年をピークに低下しており、δ34S値は季節性を見せず安定であったため、同様の大気への応答はわが国の陸水で広く生じている可能性があった。講演においては、他の同位体分析の結果も踏まえ、さらに考察する。
[謝辞]
県行造林地である加治川試験地における調査は、新潟県の許可を得て森林管理者の船山孝紀氏のご支援をいただいた。本報告における陸水モニタリング結果及び同位体分析の一部は環境省越境大気汚染・酸性雨長期モニタリングの一環として実施されたものである。また、硫黄同位体以外の同位体測定は、総合地球環境学研究所の同位体環境学共同研究事業により実施した。関係機関の方々に謝意を表します。
[文献]
Ohizumi, T. et al. 2016. Long-term variation of the source of sulfate deposition in a leeward area of Asian continent in view of sulfur isotopic composition. Atmospheric Environment 140, 42-51.