[HTT23-P09] 酸感受性地域における降水及び陸水のマルチ同位体解析
キーワード:ストロンチウム同位体、鉛同位体、水同位体
[緒言]
大気から沈着する酸性物質及び関連物質は生態系に蓄積し、土壌や陸水環境の酸性化を引き起こす可能性がある。我々は酸性物質の沈着への感受性が高いと考えられる地域を対象に、硫黄同位体測定を用いた大気沈着の動態解析及び生態系への影響評価を行ってきた。2014年からは複数元素の同位体情報を用いた多面的な解析を目的とし、新たにストロンチウム(Sr)、鉛(Pb)、水の酸素及び水素同位体の測定を開始した。本発表では、これまで各調査地で得られた同位体比データについて概説する。
[方法]
調査は図に示す2集水域及び6湖沼で実施した。集水域では、降水、土壌溶液及び渓流水、湖沼については表層水を対象とした。Sr同位体比は表面電離型質量分析装置(Thermo社製TRITON)、Pb同位体比二重収束型マルチコレクタICP-MS(Thermo社製NEPTUNE)、水の酸素及び水素同位体比は水同位体分析装置(Picarro社製L2120-i)を用いて測定した。
[結果及び考察]
Sr同位体比は、2013年12月から2015年9月までのデータが得られている。降水の87Sr/86Srは両集水域とも、春季は大陸由来のダストに含まれる可溶性鉱物(0.711±0.001)、冬期は海塩(約0.709)の影響により、0.709±0.001程度の幅で季節変動を示した。一方、渓流水は加治川で0.707、伊自良湖で0.715となっており、降水から大きく異なる値で安定していた。また、土壌溶液は降水と渓流水の中間の値で推移していた。Srの濃度は、降水では高い時期でも数μg/Lであるのに対し、渓流水では低い伊自良湖でも20 μg/L付近で安定していることから、渓流へと流出しているSrは地質由来のものが大部分を占めているものと考えられる。これらを踏まえて湖沼のデータを概観すると、大畠池、雄池及び蟠竜湖のSr濃度は15 μg/L前後であることから、地質の影響が強いと推測されるが、酸感受性が特に高いと考えられる夜叉ヶ池、雌池及び沢の池では3 μg/L前後となっており、母岩風化の影響が小さく、大気沈着の寄与が相対的に大きくなっているものと考えられる。
Pb同位体比は、2014年4月から2015年8月までのデータが得られている。206Pb/207Pb及び208Pb/207Pbでは、Srとは対照的に降水の影響が渓流水に明確に現れており、応答速度も鋭敏であった。特に集水域面積の小さい加治川では、1ヶ月未満の応答速度で降水の値が反映されているように見受けられた。また、206Pb/207Pb及び208Pb/207Pbの2成分系でプロットすると、いずれの調査地も既報の東アジア地域のエアロゾルの値(Nakano et al. 2006)とよく一致し、特にロシア・モンゴル寄りに分布しているように見受けられた。
水の酸素及び水素同位体比は、2014年6月から2015年7月までのデータが得られている。いずれの集水域においても降水のδ18O及びδDは季節変動を示すが、渓流水は降水の年平均に近い値で安定していることから、平水時の渓流水は降水が十分涵養・平均化され、流出しているものと考えられる。また、降水のd-excess値は両集水域とも5から35までの変動幅で同様の傾向を示し、冬季には乾燥した大陸性気団の影響が強く現れていた。
講演ではこれら同位体比の相互の関連性についても考察する。
[謝辞]
本研究で用いた試料は環境省越境大気汚染・酸性雨長期モニタリングの一環として得られたものである。また、同位体測定は、総合地球環境学研究所の同位体環境学共同研究事業により実施した。関係機関の方々に謝意を表します。
[文献]
Nakano, T. et al. 2006. Determination of seasonal and regional variation in the provenance of dissolved cations in rain in Japan based on Sr and Pb isotopes. Atmospheric Environment 40, 7409–7420.
大気から沈着する酸性物質及び関連物質は生態系に蓄積し、土壌や陸水環境の酸性化を引き起こす可能性がある。我々は酸性物質の沈着への感受性が高いと考えられる地域を対象に、硫黄同位体測定を用いた大気沈着の動態解析及び生態系への影響評価を行ってきた。2014年からは複数元素の同位体情報を用いた多面的な解析を目的とし、新たにストロンチウム(Sr)、鉛(Pb)、水の酸素及び水素同位体の測定を開始した。本発表では、これまで各調査地で得られた同位体比データについて概説する。
[方法]
調査は図に示す2集水域及び6湖沼で実施した。集水域では、降水、土壌溶液及び渓流水、湖沼については表層水を対象とした。Sr同位体比は表面電離型質量分析装置(Thermo社製TRITON)、Pb同位体比二重収束型マルチコレクタICP-MS(Thermo社製NEPTUNE)、水の酸素及び水素同位体比は水同位体分析装置(Picarro社製L2120-i)を用いて測定した。
[結果及び考察]
Sr同位体比は、2013年12月から2015年9月までのデータが得られている。降水の87Sr/86Srは両集水域とも、春季は大陸由来のダストに含まれる可溶性鉱物(0.711±0.001)、冬期は海塩(約0.709)の影響により、0.709±0.001程度の幅で季節変動を示した。一方、渓流水は加治川で0.707、伊自良湖で0.715となっており、降水から大きく異なる値で安定していた。また、土壌溶液は降水と渓流水の中間の値で推移していた。Srの濃度は、降水では高い時期でも数μg/Lであるのに対し、渓流水では低い伊自良湖でも20 μg/L付近で安定していることから、渓流へと流出しているSrは地質由来のものが大部分を占めているものと考えられる。これらを踏まえて湖沼のデータを概観すると、大畠池、雄池及び蟠竜湖のSr濃度は15 μg/L前後であることから、地質の影響が強いと推測されるが、酸感受性が特に高いと考えられる夜叉ヶ池、雌池及び沢の池では3 μg/L前後となっており、母岩風化の影響が小さく、大気沈着の寄与が相対的に大きくなっているものと考えられる。
Pb同位体比は、2014年4月から2015年8月までのデータが得られている。206Pb/207Pb及び208Pb/207Pbでは、Srとは対照的に降水の影響が渓流水に明確に現れており、応答速度も鋭敏であった。特に集水域面積の小さい加治川では、1ヶ月未満の応答速度で降水の値が反映されているように見受けられた。また、206Pb/207Pb及び208Pb/207Pbの2成分系でプロットすると、いずれの調査地も既報の東アジア地域のエアロゾルの値(Nakano et al. 2006)とよく一致し、特にロシア・モンゴル寄りに分布しているように見受けられた。
水の酸素及び水素同位体比は、2014年6月から2015年7月までのデータが得られている。いずれの集水域においても降水のδ18O及びδDは季節変動を示すが、渓流水は降水の年平均に近い値で安定していることから、平水時の渓流水は降水が十分涵養・平均化され、流出しているものと考えられる。また、降水のd-excess値は両集水域とも5から35までの変動幅で同様の傾向を示し、冬季には乾燥した大陸性気団の影響が強く現れていた。
講演ではこれら同位体比の相互の関連性についても考察する。
[謝辞]
本研究で用いた試料は環境省越境大気汚染・酸性雨長期モニタリングの一環として得られたものである。また、同位体測定は、総合地球環境学研究所の同位体環境学共同研究事業により実施した。関係機関の方々に謝意を表します。
[文献]
Nakano, T. et al. 2006. Determination of seasonal and regional variation in the provenance of dissolved cations in rain in Japan based on Sr and Pb isotopes. Atmospheric Environment 40, 7409–7420.