16:45 〜 17:00
[PPS09-11] 太陽風による宇宙風化を模擬した輝石・かんらん石への水素イオン照射実験
キーワード:宇宙風化、太陽風
月や小惑星などの大気のない天体表面における宇宙風化の原因として、微隕石の衝突、太陽風の照射、宇宙線の照射などが考えられている[1-3]。小惑星においても太陽風照射や微隕石衝突により宇宙風化が起きていると考えられてきたが[3]、はやぶさ探査機が持ち帰った粒子の分析によって、小惑星イトカワ上にブリスターと呼ばれる水ぶくれ構造を伴う非晶質層などの宇宙風化を受けた証拠が見出される[4-6]とともに、太陽風照射が主としてイトカワ粒子の宇宙風化をもたらしたことが指摘された[4]。
太陽風を構成するイオンのほとんどが1 keVのH+(95.41 %)と4 keVのHe+(4.57 %)である[7]。したがって、太陽風による宇宙風化においてそれぞれのイオンがどのような影響を及ぼすのかを明らかにするためには、1 keVのH+と4 keVのHe+を、イトカワ粒子を構成する鉱物に照射する実験を行う必要がある。ところが、4 keVのHe+を照射する実験はこれまで多数行われているのに対して [e.g., 8]、1 keVのH+を照射する実験はほとんど行なわれておらず、太陽風構成粒子の大半を占める1 keVのH+が太陽風による宇宙風化においてどのように振る舞うのかは未だ明らかになっていない。
本研究では、宇宙科学研究所において現在開発中のイオンビーム照射装置の性能試験を行うとともに、これを用いて、1 keVのH+をオルソエンスタタイトと組成の異なるオリビンに対して照射する実験を行った。実験後の試料は走査型電子顕微鏡(JEOL JSM 7100F)により表面を観察し、一部の試料断面は収束オンビーム装置(FE-SEM/FIB FEI Helios NanoLab 3G CX)で加工し、透過型電子顕微鏡(FE-TEM JEOL 2100F)で観察を行った。
一次元多点ファラデーカップを試料導入方向に移動させることでイオンビームの二次元分布を測定した結果、半値幅1.2-2.7 mmのビームを、電流密度0.52-1.22 µm/cm2で再現性よく得られることがわかった。さらに、1時間ごとに多点ファラデーカップの電流値を測定したところ、およそ10時間変化が見られずビームの安定性を確認した。
照射実験のターゲットとして、普通コンドライトの主要構成鉱物であるオルソエンスタタイト(En99, Tanzania)、フォルステライト(Fo100, 合成)、オリビン(Fo92, San Carlos)の3種類を用いて、サンプルサイズが3 mm×5 mm、厚さ0.5 mmの平板状の直方体をそれぞれ複数枚用意した。粒径0.25 µmまでのダイヤモンド砥粒による機械研磨を行った後に、表面のダメージ層を取り除くために、コロイダルシリカによる化学研磨を行った。その後、超音波洗浄により表面をクリーニングした。
1×1017 ions/cm2のH+照射によりエンスタタイト表面には、基盤結晶と明瞭な境界をもつ非晶質層(厚さ26 nm)の形成が確認された。これはSRIM計算[9]によって推定される1 keVのH+照射によるダメージ層の厚みと調和的である。しかし、未照射領域でも照射領域ほど明瞭な境界はないものの同程度の厚さの非晶質層が見られたことから、サンプル準備の段階で研磨によるダメージ層が取り除ききれていなかったことがわかった。また、照射領域には試料表面直下に直径30 nmで密度3×1010 /cm2のブリスターが観察された。これを先行研究におけるイトカワ粒子[4-6]と比較してみると、ブリスターのサイズや密度、形成深さがイトカワ粒子とよく似ているのに対し、イトカワ粒子の非晶質層の厚さはより深い(40-50 nm)という違いが見られた。この厚さの違いは、4 keVのHe+は1 keVのH+よりもエネルギーが高く、深いところまで入り込むことができる[4,9]ためだと考えられる。以上のことから、イトカワ粒子表面のブリスターの形成は1 keVのH+の照射が、非晶質層の形成は4 keVのHe+の照射が支配的である可能性が示唆される。
[1] Pieters C. T. et al. (2000) MAPS. 35, 1101-1107.
[2] Hapke B. (2001) J. Geophys. Res. 106, 10039-10073.
[3] Clark B. E. et al. (2002) in Asteroid Space Weathering and Regolith Evolution, Asteroids III. pp. 585–599.
[4] Noguchi T. et al. (2014) MAPS. 49, 188-214.
[5] Matsumoto T. et al. (2015) Icarus 257, 230-238.
[6] Matsumoto T. et al. (2016) GCA. 187 195-217.
[7] Reisenfeld D. B. et al. (2007) Space Sci. 130, 79-86.
[8] Demyk K. et al. (2001) A&A 368, L38-L41.
[9] Ziegler J. F. et al. (2008) SRIM – The stopping and range of ions in matters.
太陽風を構成するイオンのほとんどが1 keVのH+(95.41 %)と4 keVのHe+(4.57 %)である[7]。したがって、太陽風による宇宙風化においてそれぞれのイオンがどのような影響を及ぼすのかを明らかにするためには、1 keVのH+と4 keVのHe+を、イトカワ粒子を構成する鉱物に照射する実験を行う必要がある。ところが、4 keVのHe+を照射する実験はこれまで多数行われているのに対して [e.g., 8]、1 keVのH+を照射する実験はほとんど行なわれておらず、太陽風構成粒子の大半を占める1 keVのH+が太陽風による宇宙風化においてどのように振る舞うのかは未だ明らかになっていない。
本研究では、宇宙科学研究所において現在開発中のイオンビーム照射装置の性能試験を行うとともに、これを用いて、1 keVのH+をオルソエンスタタイトと組成の異なるオリビンに対して照射する実験を行った。実験後の試料は走査型電子顕微鏡(JEOL JSM 7100F)により表面を観察し、一部の試料断面は収束オンビーム装置(FE-SEM/FIB FEI Helios NanoLab 3G CX)で加工し、透過型電子顕微鏡(FE-TEM JEOL 2100F)で観察を行った。
一次元多点ファラデーカップを試料導入方向に移動させることでイオンビームの二次元分布を測定した結果、半値幅1.2-2.7 mmのビームを、電流密度0.52-1.22 µm/cm2で再現性よく得られることがわかった。さらに、1時間ごとに多点ファラデーカップの電流値を測定したところ、およそ10時間変化が見られずビームの安定性を確認した。
照射実験のターゲットとして、普通コンドライトの主要構成鉱物であるオルソエンスタタイト(En99, Tanzania)、フォルステライト(Fo100, 合成)、オリビン(Fo92, San Carlos)の3種類を用いて、サンプルサイズが3 mm×5 mm、厚さ0.5 mmの平板状の直方体をそれぞれ複数枚用意した。粒径0.25 µmまでのダイヤモンド砥粒による機械研磨を行った後に、表面のダメージ層を取り除くために、コロイダルシリカによる化学研磨を行った。その後、超音波洗浄により表面をクリーニングした。
1×1017 ions/cm2のH+照射によりエンスタタイト表面には、基盤結晶と明瞭な境界をもつ非晶質層(厚さ26 nm)の形成が確認された。これはSRIM計算[9]によって推定される1 keVのH+照射によるダメージ層の厚みと調和的である。しかし、未照射領域でも照射領域ほど明瞭な境界はないものの同程度の厚さの非晶質層が見られたことから、サンプル準備の段階で研磨によるダメージ層が取り除ききれていなかったことがわかった。また、照射領域には試料表面直下に直径30 nmで密度3×1010 /cm2のブリスターが観察された。これを先行研究におけるイトカワ粒子[4-6]と比較してみると、ブリスターのサイズや密度、形成深さがイトカワ粒子とよく似ているのに対し、イトカワ粒子の非晶質層の厚さはより深い(40-50 nm)という違いが見られた。この厚さの違いは、4 keVのHe+は1 keVのH+よりもエネルギーが高く、深いところまで入り込むことができる[4,9]ためだと考えられる。以上のことから、イトカワ粒子表面のブリスターの形成は1 keVのH+の照射が、非晶質層の形成は4 keVのHe+の照射が支配的である可能性が示唆される。
[1] Pieters C. T. et al. (2000) MAPS. 35, 1101-1107.
[2] Hapke B. (2001) J. Geophys. Res. 106, 10039-10073.
[3] Clark B. E. et al. (2002) in Asteroid Space Weathering and Regolith Evolution, Asteroids III. pp. 585–599.
[4] Noguchi T. et al. (2014) MAPS. 49, 188-214.
[5] Matsumoto T. et al. (2015) Icarus 257, 230-238.
[6] Matsumoto T. et al. (2016) GCA. 187 195-217.
[7] Reisenfeld D. B. et al. (2007) Space Sci. 130, 79-86.
[8] Demyk K. et al. (2001) A&A 368, L38-L41.
[9] Ziegler J. F. et al. (2008) SRIM – The stopping and range of ions in matters.