JpGU-AGU Joint Meeting 2017

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-PS 惑星科学

[P-PS10] [JJ] 太陽系における惑星物質の形成と進化

2017年5月22日(月) 15:30 〜 17:00 コンベンションホールA (国際会議場 2F)

コンビーナ:臼井 寛裕(東京工業大学地球生命研究所)、宮原 正明(広島大学理学研究科地球惑星システム学専攻)、山口 亮(国立極地研究所)、癸生川 陽子(横浜国立大学 大学院工学研究院 機能の創生部門)、座長:臼井 寛裕(東京工業大学地球生命研究所)

15:30 〜 15:45

[PPS10-01] 宇宙風化を模擬した多様な鉱物への水素イオン照射実験

内田 はるか1、*瀧川 晶1,2土`山 明1鈴木 耕拓3中田 吉則3三宅 亮1高山 亜紀子1 (1.京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻、2.京都大学白眉センター、3.若狭湾エネルギー研究センター)

キーワード:宇宙風化、小惑星、イオン照射

大気の無い天体表面において、太陽風によるイオン照射などにより起こる天体表層のレゴリスの物性変化を宇宙風化と呼び [1, 2]、月や小惑星の試料表面には、ブリスターと呼ばれる水ぶくれ構造や非晶質層などの宇宙風化層が報告されている[3, 4]。宇宙風化を模擬した照射実験の中でも、太陽風の大半を占める水素イオンを使った実験は数少ない [e.g., 5]。本研究では、多様な鉱物種への水素イオン照射実験をおこない、鉱物毎の水素イオンの照射による構造変化の違いを調べた。
小惑星物質を模擬し、照射試料としてforsterite (Fo100, 合成)、olivine (Fo92、San Carlos、USA)、enstatite (En99, Tanzania)、spinel(MgAl2O4, 合成)、corundum (Al2O3, 合成)、enstatite組成(MgSi0.97Al0.03O3)のガラス、serpentine (Mg#=0.98, South India)、FeSを模擬したpyrrhotite (Fe0.90S、Chihuahua、Mexico)、鉄隕石((Fe, Ni)、Nantan meteorite (ⅢCD))を用いた。試料は大きさ3×5×0.5 mmの板に加工し、表面を研磨後、化学研磨処理した。
実験は若狭湾エネルギー研究センターでおこなった。加速エネルギー40 keVのH2+を照射量1016、1017、1018 ions/cm2になるように時間を変えて照射した。照射時間が60分以上の試料には水冷ステージを利用した。照射後の試料は走査型電子顕微鏡(FE-SEM, JEOL JSM 7001F)により表面構造を観察した。一部の試料は、集束イオンビーム加工(FE-FIB, FEI Helios NanoLab 3G CX)によりブリスターを含むTEM試料を作成し、透過型電子顕微鏡(FE-TEM JEOL JEM 2100F)により断面構造と照射による結晶構造の変化を観察した。
 SEM観察では、olivine、enstatite、spinel、pyrrhotiteは照射量1018 ions/cm2、forsterite、corundumは1017 ions/cm2、serpentineは1016 ions/cm2で初めてブリスターが観察された。鉄隕石とenstatiteガラスには表面変化が観察されなかった。大半の鉱物は3 µm程度の楕円形のブリスターが均一に分布していたが、enstatite上には波状形のブリスター構造がみられ、serpentine上のブリスターは不均一に分布していた。
 TEM観察は、ブリスターが見られた照射量 のenstatite、forsterite、olivine、serpentine、pyrrhotiteと、enstatiteのみ1017 ions/cm2の試料に対しても行った。1018 ions/cm2のenstatite試料表面のブリスター直下には空隙が観察され,ブリスター表皮の空隙側はほぼ非晶質化していたが、最表面付近には斜方輝石の結晶構造が維持されていた。また、enstatiteの波状ブリスターはa軸方向に伸長していることがわかった。1017 ions/cm2のenstatite試料は、わずかな結晶構造の乱れが確認されたのみであるため、enstatiteの非晶質化に必要な照射量は1017~10-18 ions/cm2の間であることがわかった。Forsterite、olivine、pyrrhotiteのブリスター表皮は、わずかな結晶構造の変化のみで非晶質化は見られなかった。serpentineのブリスター表皮は、表層まで完全に非晶質化していた。
 Enstatite、forsterite、olivineなどイオン結合性のケイ酸塩や酸化物は結晶中の水素拡散速度は実験時間に比べて非常に遅いが [e.g., 6]、照射による欠陥などを通じて気泡が核生成・成長し圧力が上昇した結果、ブリスター構造を作ったと考えられる[7]。シリカガラスと純鉄中の水素の拡散係数[13, 14]から求められた水素拡散時間は、実験時のイオン照射時間に比べてはるかに短い。Enstatiteガラスと鉄隕石にはブリスターは観察されていないのは、照射により打ち込まれた水素は試料中に蓄積せず、ブリスターが生成しなかったためであると考えられる。
 本研究により、enstatite非晶質化に必要な水素イオン照射量に初めて制約が与えられた。また、鉱物の水素イオン照射による非晶質化やブリスター形成に必要な照射量、ブリスター構造は、小惑星レゴリスが多種類の鉱物からなるとき、複数の鉱物のブリスター構造の違いから、太陽風照射年代に詳細な制約を与えられる可能性を示唆している。

[1] Hapke (2001) JGR, 106, E5, 10039-10073. [2] Clark B. E. et al. (2002) in Asteroid Space Weathering and Regolith Evolution, Asteroids III. pp. 585–599.. [3] Noguchi et al. (2014) MAPS, 49, 188-214. [4] Margolis et al. (1971) LPSC, 2, 909. [5] Demyk et al. (2004), A&A, 420, 233-243. [6] Stalder and Skogby (2003) PCM, 30, 12-19. [7] Muto and Enomoto (2005), Materials Trans., 46, 2117-2124. [8] Shang et al. (2009) GCA, 73, 5435-5443. [9] 羽木, 林, 大谷 (1978) 日本金属学会誌, 8, 801-807.