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[SSS12-02] シミュレーション及び震度分布の特徴の検討による安政江戸地震の震源像について
キーワード:1855安政江戸地震、異常震域、震源深さ、減衰構造
§1. はじめに
関東地方の地下には、太平洋プレート(PAC)、フィリピン海プレート(PHS)が沈み込み、構造が複雑である。また、減衰構造の不均質により震度分布が同心円状にならない異常震域などの現象が生ずる(Nakanishi and Horie, 1980, J.P.E.;中村・他, 2007, 歴史地震)ことが知られている。このため、1855年安政江戸地震の震源については、詳細な震度分布図が得られている(宇佐美, 1994;中村・松浦, 2011、歴史地震)にも関わらず、その震源位置については、地殻内、PHS上面、PHS内及びPHS/PAC境界など様々な見解がある。なお、震度分布以外のデータとして体験記からP-S時間が推定され(中村・他,2003歴史地震)、また有感域の広がりが地殻内地震でなくても説明出来る(中村・他、2014, 2015)ことから、地殻内地震の可能性が小さいと考え、本研究では、それ以外の可能性について検討する。具体的にはPHS/PACのプレートの境界で発生した近年の地震の震度分布の特徴を再検討して、1855年安政江戸地震による震度と比較した。また、より浅い地震の場合の震度分布の性状を知るため、詳細な三次元減衰構造による震度予測を行った。その結果として、PHS/PACプレート境界の可能性は低く、PHS内あるいはPHS上面の地震と考えられたので、ここに報告する。
§2. 安政江戸地震との震度分布の比較
まず、最初に、安政江戸地震の震度分布の特徴と、PHS/PACのプレートの境界で発生した近年の地震の震度分布の特徴を比較した。両者の震度は、東京の西で小さめになるという共通の特徴があり、中村・他(2007)は、これを“くびれ”と称した。このような共通性が見られるものの、安政江戸地震の震度は、江戸が周囲に比べて震度がかなり大きい(図1)。つまり、図1(a)の図中の霞ヶ浦付近から神奈川県中部にかけての矩形で示す範囲について、大手町を中心に北東-南西の震度をみると、図1(b)のように江戸付近が大きいという特徴がみられる。この傾向は、地盤増幅をJ-SHISデータに基づき補正しても変わらないため、地盤増幅の影響とは考えにくい。一方で、東京湾北部~千葉県北西部で発生したPHS/PACのプレートの境界の地震による震度は、大手町周辺より、むしろ神奈川県で大きい。そのことについて、近年の地震について再検討した一例を図2に示す。安政江戸地震と同様に矩形の範囲の震度データを抽出したところ図2(b)に示すようになり、大手町周辺より神奈川県で大きい傾向がみられる。このような傾向は他のPHS/PACのプレートの境界付近の地震でもみられることがわかった。これらのことから、PHS/PACのプレートの境界で発生した地震の震度は、江戸で大きくはならず、安政江戸地震の震度分布とは特徴が異なる。安政江戸地震の震源は、PHS/PACのプレートの境界とは考えにくい。
なお、安政江戸地震の直後、鈴木平九郎『公私日記』は立川付近から江戸に向かって甲州街道を移動しているが、代田橋(現在の京王線代田橋駅近くにあった橋)において、はじめて被害を報告している(村岸・矢田,2016,前近代歴史地震史料研究会)。代田橋より西は被害が少なかったことが推察され、安政江戸地震でも“くびれ”の現象が生じていることが確かめられる。
次に、PHS内の地震でも“くびれ”が生じうるかどうかを、詳細な三次元減衰構造による震度予測を行って検討した。この三次元減衰構造は、K-NET及びKiK-netの1996年~2016年7月までの記録で、ブロックサイズを0.1˚×0.1˚×5 kmとして求めたものである。図3に一例として深さ50 km を想定した場合の予測震度を示す。この場合でも“くびれ”が生ずることがわかる。また、浅くすると江戸の周辺の震度は神奈川県中部に比べて大きくなってくることがわかった。これらのことから、安政江戸地震は、PHS/PACのプレート境界よりも浅い地震としてPHS内あるいはその上面の可能性が残されることがわかった。
§3. おわりに
関東周辺の比較的ローカルな震度分布をみると、安政江戸地震とPHS/PACのプレートの境界で発生した地震の震度分布の特徴には相違が見られることから、PHS/PACプレート境界地震の可能性は低くなったと考えられる。1855年安政江戸地震はPHSプレート内地震、あるいはPHSプレート上面の地震である可能性が残されると考えられる。
謝辞:本研究は、文部科学省受託研究「都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクト」の一環として実施されました。記して感謝いたします。
関東地方の地下には、太平洋プレート(PAC)、フィリピン海プレート(PHS)が沈み込み、構造が複雑である。また、減衰構造の不均質により震度分布が同心円状にならない異常震域などの現象が生ずる(Nakanishi and Horie, 1980, J.P.E.;中村・他, 2007, 歴史地震)ことが知られている。このため、1855年安政江戸地震の震源については、詳細な震度分布図が得られている(宇佐美, 1994;中村・松浦, 2011、歴史地震)にも関わらず、その震源位置については、地殻内、PHS上面、PHS内及びPHS/PAC境界など様々な見解がある。なお、震度分布以外のデータとして体験記からP-S時間が推定され(中村・他,2003歴史地震)、また有感域の広がりが地殻内地震でなくても説明出来る(中村・他、2014, 2015)ことから、地殻内地震の可能性が小さいと考え、本研究では、それ以外の可能性について検討する。具体的にはPHS/PACのプレートの境界で発生した近年の地震の震度分布の特徴を再検討して、1855年安政江戸地震による震度と比較した。また、より浅い地震の場合の震度分布の性状を知るため、詳細な三次元減衰構造による震度予測を行った。その結果として、PHS/PACプレート境界の可能性は低く、PHS内あるいはPHS上面の地震と考えられたので、ここに報告する。
§2. 安政江戸地震との震度分布の比較
まず、最初に、安政江戸地震の震度分布の特徴と、PHS/PACのプレートの境界で発生した近年の地震の震度分布の特徴を比較した。両者の震度は、東京の西で小さめになるという共通の特徴があり、中村・他(2007)は、これを“くびれ”と称した。このような共通性が見られるものの、安政江戸地震の震度は、江戸が周囲に比べて震度がかなり大きい(図1)。つまり、図1(a)の図中の霞ヶ浦付近から神奈川県中部にかけての矩形で示す範囲について、大手町を中心に北東-南西の震度をみると、図1(b)のように江戸付近が大きいという特徴がみられる。この傾向は、地盤増幅をJ-SHISデータに基づき補正しても変わらないため、地盤増幅の影響とは考えにくい。一方で、東京湾北部~千葉県北西部で発生したPHS/PACのプレートの境界の地震による震度は、大手町周辺より、むしろ神奈川県で大きい。そのことについて、近年の地震について再検討した一例を図2に示す。安政江戸地震と同様に矩形の範囲の震度データを抽出したところ図2(b)に示すようになり、大手町周辺より神奈川県で大きい傾向がみられる。このような傾向は他のPHS/PACのプレートの境界付近の地震でもみられることがわかった。これらのことから、PHS/PACのプレートの境界で発生した地震の震度は、江戸で大きくはならず、安政江戸地震の震度分布とは特徴が異なる。安政江戸地震の震源は、PHS/PACのプレートの境界とは考えにくい。
なお、安政江戸地震の直後、鈴木平九郎『公私日記』は立川付近から江戸に向かって甲州街道を移動しているが、代田橋(現在の京王線代田橋駅近くにあった橋)において、はじめて被害を報告している(村岸・矢田,2016,前近代歴史地震史料研究会)。代田橋より西は被害が少なかったことが推察され、安政江戸地震でも“くびれ”の現象が生じていることが確かめられる。
次に、PHS内の地震でも“くびれ”が生じうるかどうかを、詳細な三次元減衰構造による震度予測を行って検討した。この三次元減衰構造は、K-NET及びKiK-netの1996年~2016年7月までの記録で、ブロックサイズを0.1˚×0.1˚×5 kmとして求めたものである。図3に一例として深さ50 km を想定した場合の予測震度を示す。この場合でも“くびれ”が生ずることがわかる。また、浅くすると江戸の周辺の震度は神奈川県中部に比べて大きくなってくることがわかった。これらのことから、安政江戸地震は、PHS/PACのプレート境界よりも浅い地震としてPHS内あるいはその上面の可能性が残されることがわかった。
§3. おわりに
関東周辺の比較的ローカルな震度分布をみると、安政江戸地震とPHS/PACのプレートの境界で発生した地震の震度分布の特徴には相違が見られることから、PHS/PACプレート境界地震の可能性は低くなったと考えられる。1855年安政江戸地震はPHSプレート内地震、あるいはPHSプレート上面の地震である可能性が残されると考えられる。
謝辞:本研究は、文部科学省受託研究「都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクト」の一環として実施されました。記して感謝いたします。