14:00 〜 14:15
[SVC47-14] 箱根山火山ガスの時間変化とその解釈
キーワード:火山ガス、箱根山、噴火
【序】
箱根山では2001年6月から10月にかけ,群発地震が発生し,大涌谷に掘削された蒸気井の蒸気圧力が上昇した.同様に,2015年4月末から群発地震が始まり,蒸気井の蒸気圧力が上昇し,2015年6月30日に小規模な水蒸気噴火が発生した.箱根山では,群発地震とそれに伴う蒸気井の蒸気圧力上昇が再発する可能性がある.火山ガスの化学組成,安定同位体比は,火山活動に対応し変化している.火山ガスの観測により群発地震の予知や,終息時期の推定が可能となれば,火山防災に大きく貢献する.本研究では,2013年5月から現在までの火山ガスの化学組成および同位体比の変動について解釈を試みる.
【火山ガスの採取】
箱根カルデラの中央火口丘神山の北山麓に分布する大涌谷地熱地帯と上湯場地熱地帯の2箇所で,自然噴気を,2013年5月から毎月1回の頻度で繰り返し,採取・分析した.上湯場の噴気は大涌谷の噴気から北方へ約500m離れている.上湯場地熱地帯は2001年の火山活動以降に出現した地熱地帯で,既存の樹木が枯死している.両者の噴気の出口温度は96℃前後であり,水の沸点に近い.
【結果・考察】
観測を行った二つの噴気では,2015年4月末から始まった群発地震に伴い,CO2/H2O比に顕著な上昇が観測された.この変化は,群発地震に伴いマグマ成分のCO2/H2O比が上昇したことを意味している.この原因として,シーリングゾーンの形成と破壊が考えられる.シーリングゾーンは脱ガスするマグマを取り囲む地下の領域であり,その実態は,目詰まりした(シーリング)マグマ性流体の通路だと考えられる.マグマ性流体から沈殿して生じた二次鉱物がシーリングを起こすと考えられる.シーリングゾーン内の圧力は徐々に上昇し,マグマ性ガスのCO2/H2O比は上昇する.やがてシーリングゾーンは破壊され,CO2/H2O比の高いマグマ性流体が浅部熱水系に侵入する.これが群発地震と蒸気井の蒸気圧力上昇をもたらしたのだろう.群発地震に伴い上昇したCO2/H2O比は2015年9月には低い値に落ち着いた.気象庁の発する噴火警戒レベルは9月11日に3から2に引き下げられた.その後,噴気のCO2/H2O比は,若干の変動を伴いながら,現在まで,低い値を保っている.噴気のCO2/H2O比は,群発地震と同時に変化しており,予知のための指標として用いることは難しいと思われるが,火山活動の推移判断に利用できると考えられる.
2015年2月から大涌谷の噴気でN2/He比が一様に上昇を開始し,2015年4月24日には89000に達した.変化が起きる前のN2/He比は,5000程度であったので,18倍増加したことになる.4月26日から群発地震が発生し,5月6日に観測したところ,3600に低下していた.このようなN2/He比の上昇は,大涌谷の噴気で2013年10月にも観測されており,それに対応するように,2013年11月に小規模な群発地震が発生している.N2/He比の変化は,群発地震の予知に利用できる可能性がある.これらの変化は,大涌谷の噴気に観測されたが,上湯場の噴気には全く観測されなかった.N2/He比の上昇は,マグマのシーリングにより説明できる.群発地震に先立ち,シーリングが進行し,マグマから浅部熱水系に供給されるマグマ性流体の流量は低下していた.そのため,浅部熱水系の内部圧力が低下し,地表から空気の侵入を招いた.地下に侵入した空気が噴気に混入しN2/He比を上昇させたと考えられる.
噴気に含まれるH2OとH2の水素同位体比(D/H)の差を用いて,見かけ平衡温度を計算することができる.二つの噴気について,計算された平衡温度は,2014年8月頃まで,100℃前後で安定していたが,2014年10月から12月にかけて,70℃程度まで低下した.その後,温度は100℃程度に復帰し,2015年4月以降の群発地震に伴い,平均すると130℃程度まで上昇した.2015年10月以降は,温度は安定し,110℃程度で推移している.2014年10月に起きた顕著な温度低下は二つの噴気で共通して観測されており,神山北山麓に発達する浅部熱水系全体に起きた変化であったと考えられる.この現象は2015年4月下旬から始まった群発地震の前兆であった可能性があり,今後,観測を続ける必要がある.
【謝辞】
本研究は東京大学地震研究所による「地震火山災害軽減公募研究」に基づき実施されました.ここに記して深く感謝いたします.
箱根山では2001年6月から10月にかけ,群発地震が発生し,大涌谷に掘削された蒸気井の蒸気圧力が上昇した.同様に,2015年4月末から群発地震が始まり,蒸気井の蒸気圧力が上昇し,2015年6月30日に小規模な水蒸気噴火が発生した.箱根山では,群発地震とそれに伴う蒸気井の蒸気圧力上昇が再発する可能性がある.火山ガスの化学組成,安定同位体比は,火山活動に対応し変化している.火山ガスの観測により群発地震の予知や,終息時期の推定が可能となれば,火山防災に大きく貢献する.本研究では,2013年5月から現在までの火山ガスの化学組成および同位体比の変動について解釈を試みる.
【火山ガスの採取】
箱根カルデラの中央火口丘神山の北山麓に分布する大涌谷地熱地帯と上湯場地熱地帯の2箇所で,自然噴気を,2013年5月から毎月1回の頻度で繰り返し,採取・分析した.上湯場の噴気は大涌谷の噴気から北方へ約500m離れている.上湯場地熱地帯は2001年の火山活動以降に出現した地熱地帯で,既存の樹木が枯死している.両者の噴気の出口温度は96℃前後であり,水の沸点に近い.
【結果・考察】
観測を行った二つの噴気では,2015年4月末から始まった群発地震に伴い,CO2/H2O比に顕著な上昇が観測された.この変化は,群発地震に伴いマグマ成分のCO2/H2O比が上昇したことを意味している.この原因として,シーリングゾーンの形成と破壊が考えられる.シーリングゾーンは脱ガスするマグマを取り囲む地下の領域であり,その実態は,目詰まりした(シーリング)マグマ性流体の通路だと考えられる.マグマ性流体から沈殿して生じた二次鉱物がシーリングを起こすと考えられる.シーリングゾーン内の圧力は徐々に上昇し,マグマ性ガスのCO2/H2O比は上昇する.やがてシーリングゾーンは破壊され,CO2/H2O比の高いマグマ性流体が浅部熱水系に侵入する.これが群発地震と蒸気井の蒸気圧力上昇をもたらしたのだろう.群発地震に伴い上昇したCO2/H2O比は2015年9月には低い値に落ち着いた.気象庁の発する噴火警戒レベルは9月11日に3から2に引き下げられた.その後,噴気のCO2/H2O比は,若干の変動を伴いながら,現在まで,低い値を保っている.噴気のCO2/H2O比は,群発地震と同時に変化しており,予知のための指標として用いることは難しいと思われるが,火山活動の推移判断に利用できると考えられる.
2015年2月から大涌谷の噴気でN2/He比が一様に上昇を開始し,2015年4月24日には89000に達した.変化が起きる前のN2/He比は,5000程度であったので,18倍増加したことになる.4月26日から群発地震が発生し,5月6日に観測したところ,3600に低下していた.このようなN2/He比の上昇は,大涌谷の噴気で2013年10月にも観測されており,それに対応するように,2013年11月に小規模な群発地震が発生している.N2/He比の変化は,群発地震の予知に利用できる可能性がある.これらの変化は,大涌谷の噴気に観測されたが,上湯場の噴気には全く観測されなかった.N2/He比の上昇は,マグマのシーリングにより説明できる.群発地震に先立ち,シーリングが進行し,マグマから浅部熱水系に供給されるマグマ性流体の流量は低下していた.そのため,浅部熱水系の内部圧力が低下し,地表から空気の侵入を招いた.地下に侵入した空気が噴気に混入しN2/He比を上昇させたと考えられる.
噴気に含まれるH2OとH2の水素同位体比(D/H)の差を用いて,見かけ平衡温度を計算することができる.二つの噴気について,計算された平衡温度は,2014年8月頃まで,100℃前後で安定していたが,2014年10月から12月にかけて,70℃程度まで低下した.その後,温度は100℃程度に復帰し,2015年4月以降の群発地震に伴い,平均すると130℃程度まで上昇した.2015年10月以降は,温度は安定し,110℃程度で推移している.2014年10月に起きた顕著な温度低下は二つの噴気で共通して観測されており,神山北山麓に発達する浅部熱水系全体に起きた変化であったと考えられる.この現象は2015年4月下旬から始まった群発地震の前兆であった可能性があり,今後,観測を続ける必要がある.
【謝辞】
本研究は東京大学地震研究所による「地震火山災害軽減公募研究」に基づき実施されました.ここに記して深く感謝いたします.