第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 口述 » 基礎理学療法 口述

人体構造・機能情報学1

Fri. May 30, 2014 10:50 AM - 11:40 AM 第4会場 (3F 302)

座長:山崎俊明(金沢大学医薬保健研究域(保健学系リハビリテーション科学領域))

基礎 口述

[0010] 走運動による神経障害性疼痛の緩和には脊髄後角ミクログリアにおけるヒストン脱アセチル化酵素1発現の抑制が関与する

上勝也, 田口聖, 仙波恵美子 (和歌山県立医科大学医学部第二解剖)

Keywords:グリア細胞, 疼痛緩和, 運動

【はじめに,目的】
神経障害性疼痛はアロディニアや痛覚過敏を主症状とし,その治療方法が十分に確立されていない難治性の痛みである。最近,走運動や水泳運動が神経障害性疼痛モデル動物に出現する機械的アロディニアと熱痛覚過敏を軽減することが報告された。しかし運動が神経障害性疼痛を軽減するメカニズムの詳細は不明である。
遺伝子発現のエピジェネティクス修飾の一つにヒストンのアセチル化があり,この過程はヒストンアセチル化酵素とヒストン脱アセチル化酵素(HDACs)により制御されている。脊髄後角でのHDACの変化と痛みとの関係が注目されている。例えば神経障害性疼痛モデル動物の脊髄後角へのHDAC阻害薬の注入は,痛覚過敏とアロディニアを軽減することや脊髄後角におけるHDAC1発現の抑制は神経障害性疼痛を緩和することが報告された。これらの結果は,HDACは脊髄において疼痛の発現に関与することを示唆している。本研究の目的は,マウスの脊髄後角においてHDACを発現している細胞タイプを特徴づけ,神経障害性疼痛に対する応答を検討し,PSL後の走運動がHDACに及ぼす影響を明らかにすることである。
【方法】
実験動物にはC57BL/6Jマウスを使用し,神経障害性疼痛は坐骨神経部分損傷(PSL)により誘導した。マウスの走運動は,中等度強度のトレッドミル走(12m/minの走速度で60分間の走運動)をPSL術前2週間およびPSL術後2日目から6日目までマウスに負荷した。走運動を行なったマウスはPSL術後7日目に潅流固定し脊髄を摘出して分析に供した。対照としてPSLだけを施し走運動を負荷しない「コントロール群」とPSLも走運動も行わない「ナイーブ群」も設けた。機械的アロディニアと熱痛覚過敏の程度は,「von Freyテスト」と「Plantarテスト」により評価した。脊髄後角におけるミクログリア,アストロサイト,HDAC1などの変化は免疫組織染色とそのイメージ分析により観察した。
【倫理的配慮,説明と同意】
全ての動物実験は和歌山県立医科大学動物実験規程を遵守し,動物の個体数や苦痛は最小限にとどめて行なった。本実験は和歌山県立医科大学動物実験委員会の承認のもとで行った(承認番号:642)
【結果】
アロディニアの発現に走運動が影響を及ぼすかどうかについてvon Freyテストにより検討した。コントロール群の閾値は低値を維持したが,走運動群ではアロディニアの軽減が観察された。次にナイーブ群,コントロール群,走運動群の脊髄をCD11b抗体で免疫染色し,後角表層に出現したミクログリア数を各群で比較したところ,コントロール群のミクログリア数は有意に増加したが,それらと走運動群のミクログリア数には著しい相違はなかった。
PSL7日後の脊髄後角においてHDAC1を発現している細胞タイプを免疫染色により検討した。HDAC1陽性核はCD11b陽性ミクログリアとGFAP陽性アストロサイトに検出されたが,NeuN陽性ニューロンには認められなかった。さらにHDAC1陽性ミクログリアとアストロサイト数は,ナイーブ群と比較してPSLにより有意に増加した。ミクログリアにおけるHDAC1の発現が走運動により影響を受けるかについて見たところ,PSLによって3×104μm2当たり約16個に増加したHDAC1陽性ミクログリア数は,走運動により約7.4個と有意に減少した。
【考察】
走運動は吻側延髄腹内側部や中脳水道周辺灰白質におけるオピオイド含量を増やしたり,損傷坐骨神経での炎症性サイトカインを減少させることが報告されており,運動による疼痛の軽減にはこれらが重要な役割を演じると考えられている。一方,脊髄後角ミクログリアやアストロサイトで合成・放出された因子も疼痛の発現や維持に重要な役割を担うが,脊髄後角ミクログリアでの変化,とくにエピジェネティクスに関わる因子に着目して運動が疼痛を軽減するメカニズムの解明に取り組んだ研究はこれまでに見られない。本研究は脊髄後角ミクログリアにおけるHDAC1を介したヒストンあるいは標的因子の脱アセチル化は神経障害性疼痛の発現に重要な役割を担うこと,および脊髄後角ミクログリアにおけるHDAC1発現の抑制は中等度強度の走運動がもたらす疼痛軽減効果のメカニズムの一つとなる可能性を示唆した。
【理学療法学研究としての意義】
薬物に拠らないで疼痛を軽減できる方法のひとつが運動であるが,そのメカニズムの詳細は不明である。本研究は脊髄後角ミクログリアで誘導されるエピジェネティクス修飾の変化に基づき,走運動が神経障害性疼痛を軽減するメカニズムを解明しようとするものであり,理学療法研究として意義深いものである。