[0069] 夜間歩行時の転倒歴を有する脳卒中片麻痺症例における,明るさを変化させた条件下の下肢歩行時筋活動
Keywords:歩行, 照度, 表面筋電図
【はじめに,目的】
病棟内の歩行は自立していたが,夜間歩行時の転倒歴を有する片麻痺症例を担当した。照明の暗さは転倒リスクに関わる環境因子の1つと考えられており,本症例が転倒した要因を考察する上での1つの視点として,照度が歩行時の下肢筋活動に与える影響について検討する必要があると考えた。歩行路の明るさを変化させた条件下の下肢歩行時筋活動を表面筋電図(以下,EMG)にて計測し,明るさが歩行時筋活動に与える影響について検討した。
【方法】
対象は前交通動脈瘤の破裂によって左片麻痺を呈した60歳代の女性であった。病棟内の歩行は歩行補助具なしで自立していたが,夜間にベッドから自室内のトイレまで歩行した際に2度転倒していた。麻痺側のBrunnstrom Recovery Stageは上肢V-下肢V-手指V,Berg Balance Scaleは44点であった。デジタル照度計AR813A(SMART SENSOR社)を用いて先行研究に従い,明るい(200lux以上),薄暗い(1~5lux),暗い(0lux)の3条件を設定し,各条件における歩行中の麻痺側の内側広筋,内側ハムストリングス,前脛骨筋,腓腹筋内側頭の筋活動を表面筋電計km-818MT(メディエリアサポート社)で計測した。計測は暗い条件,薄暗い条件,明るい条件の順で実施した。10歩行周期を抽出し,立脚相,遊脚相それぞれ階級幅10%で正規化を行い加算平均した。計測後,照度を独立変数,筋活動量を従属変数とする多重比較検定を用いて比較を行った。有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
ヘルシンキ宣言に従い,いつでも中断可能であり,それにより一切の不利益を被らないことなど事前に本研究の目的を十分に説明した。EMGを用いた運動機能評価に関する十分な理解と協力の意思を確認し,当院倫理委員会の承認を得た後に実施した。
【結果】
各条件における歩行路の照度は,明るい条件で294lux,薄暗い条件で1lux,暗い条件で0luxであった。内側広筋では有意差を認めず,内側ハムストリングスでは立脚相の0~20%において暗い条件は明るい条件より有意に高い筋活動(p<0.01),10~20%において薄暗い条件は明るいより有意に高い筋活動(p<0.05)を認めた。前脛骨筋では立脚相前半を通して暗い条件において他の条件より高い筋活動を示す傾向を認め,遊脚相の0~10%において暗い条件は明るい条件より有意に高い筋活動(p<0.01),50~60%において明るい条件は薄暗い条件および暗い条件より有意に高い筋活動(p<0.01,0.05)を示した。腓腹筋内側頭ではピーク値を示した時期が明るい条件では立脚相の40~50%,薄暗い条件では立脚相の60~70%,暗い条件では立脚相の70~80%であり,照度の低下に伴ってピークの時期が遅延する傾向を認めた。立脚相の50~60%において薄暗い条件は暗い条件より有意に高い筋活動,60~70%において明るい条件より有意に高い筋活動を認めた(p<0.01)。
【考察】
有意差が認められた場面では暗い条件において高い筋活動を示すことが多く,照度が低下することによって筋活動の上昇が示された。片麻痺患者において障害物や物体を視覚で過剰に意識させることは過剰な筋緊張状態を作り出すと報告されている。加えて,片麻痺患者では足元に視線を向けて歩行する傾向があることも報告されており,暗い条件では視認しにくい歩行路を注視しながら歩行したため,明るい条件と比べて筋活動が有意に上昇した可能性が考えられた。暗い条件が明るい条件と比べて有意に高い筋活動を認めた場面において,薄暗い条件では明るい条件との間に有意差を認めておらず,本研究において設定した1lux程度のわずかな明かりであっても歩行する上で視覚の手掛かりとなり得ることが推察された。また,内側広筋および内側ハムストリングスに比べ,前脛骨筋および腓腹筋内側頭では3条件間での筋活動量や筋活動パターンの違いが大きく,照度が低下した場合には足関節による制御が優位に生じる可能性が考えられた。このことから,暗い環境での歩行練習は特に足関節制御を促通し得ると考えた。
【理学療法学研究としての意義】
歩行時の下肢筋活動に関する検討は,従来明るい環境において幅広く行われてきた。暗い環境における歩行時の下肢筋活動について検討することは,転倒予防に向けた歩行練習について再考する機会や,在宅において患者や家族に照明の整備の重要性を説明する上での一助となり得ると考えられる。本研究は,実際に夜間歩行時の転倒歴を有する症例を対象として明るさを変化させた条件下の下肢歩行時筋活動を計測し,報告した点で意義があると考えた。
病棟内の歩行は自立していたが,夜間歩行時の転倒歴を有する片麻痺症例を担当した。照明の暗さは転倒リスクに関わる環境因子の1つと考えられており,本症例が転倒した要因を考察する上での1つの視点として,照度が歩行時の下肢筋活動に与える影響について検討する必要があると考えた。歩行路の明るさを変化させた条件下の下肢歩行時筋活動を表面筋電図(以下,EMG)にて計測し,明るさが歩行時筋活動に与える影響について検討した。
【方法】
対象は前交通動脈瘤の破裂によって左片麻痺を呈した60歳代の女性であった。病棟内の歩行は歩行補助具なしで自立していたが,夜間にベッドから自室内のトイレまで歩行した際に2度転倒していた。麻痺側のBrunnstrom Recovery Stageは上肢V-下肢V-手指V,Berg Balance Scaleは44点であった。デジタル照度計AR813A(SMART SENSOR社)を用いて先行研究に従い,明るい(200lux以上),薄暗い(1~5lux),暗い(0lux)の3条件を設定し,各条件における歩行中の麻痺側の内側広筋,内側ハムストリングス,前脛骨筋,腓腹筋内側頭の筋活動を表面筋電計km-818MT(メディエリアサポート社)で計測した。計測は暗い条件,薄暗い条件,明るい条件の順で実施した。10歩行周期を抽出し,立脚相,遊脚相それぞれ階級幅10%で正規化を行い加算平均した。計測後,照度を独立変数,筋活動量を従属変数とする多重比較検定を用いて比較を行った。有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
ヘルシンキ宣言に従い,いつでも中断可能であり,それにより一切の不利益を被らないことなど事前に本研究の目的を十分に説明した。EMGを用いた運動機能評価に関する十分な理解と協力の意思を確認し,当院倫理委員会の承認を得た後に実施した。
【結果】
各条件における歩行路の照度は,明るい条件で294lux,薄暗い条件で1lux,暗い条件で0luxであった。内側広筋では有意差を認めず,内側ハムストリングスでは立脚相の0~20%において暗い条件は明るい条件より有意に高い筋活動(p<0.01),10~20%において薄暗い条件は明るいより有意に高い筋活動(p<0.05)を認めた。前脛骨筋では立脚相前半を通して暗い条件において他の条件より高い筋活動を示す傾向を認め,遊脚相の0~10%において暗い条件は明るい条件より有意に高い筋活動(p<0.01),50~60%において明るい条件は薄暗い条件および暗い条件より有意に高い筋活動(p<0.01,0.05)を示した。腓腹筋内側頭ではピーク値を示した時期が明るい条件では立脚相の40~50%,薄暗い条件では立脚相の60~70%,暗い条件では立脚相の70~80%であり,照度の低下に伴ってピークの時期が遅延する傾向を認めた。立脚相の50~60%において薄暗い条件は暗い条件より有意に高い筋活動,60~70%において明るい条件より有意に高い筋活動を認めた(p<0.01)。
【考察】
有意差が認められた場面では暗い条件において高い筋活動を示すことが多く,照度が低下することによって筋活動の上昇が示された。片麻痺患者において障害物や物体を視覚で過剰に意識させることは過剰な筋緊張状態を作り出すと報告されている。加えて,片麻痺患者では足元に視線を向けて歩行する傾向があることも報告されており,暗い条件では視認しにくい歩行路を注視しながら歩行したため,明るい条件と比べて筋活動が有意に上昇した可能性が考えられた。暗い条件が明るい条件と比べて有意に高い筋活動を認めた場面において,薄暗い条件では明るい条件との間に有意差を認めておらず,本研究において設定した1lux程度のわずかな明かりであっても歩行する上で視覚の手掛かりとなり得ることが推察された。また,内側広筋および内側ハムストリングスに比べ,前脛骨筋および腓腹筋内側頭では3条件間での筋活動量や筋活動パターンの違いが大きく,照度が低下した場合には足関節による制御が優位に生じる可能性が考えられた。このことから,暗い環境での歩行練習は特に足関節制御を促通し得ると考えた。
【理学療法学研究としての意義】
歩行時の下肢筋活動に関する検討は,従来明るい環境において幅広く行われてきた。暗い環境における歩行時の下肢筋活動について検討することは,転倒予防に向けた歩行練習について再考する機会や,在宅において患者や家族に照明の整備の重要性を説明する上での一助となり得ると考えられる。本研究は,実際に夜間歩行時の転倒歴を有する症例を対象として明るさを変化させた条件下の下肢歩行時筋活動を計測し,報告した点で意義があると考えた。