[0085] BHA術後梨状筋へのアプローチが股関節可動域と靴・靴下着脱動作に及ぼす影響
Keywords:梨状筋, 靴下着脱動作, BHA
【はじめに,目的】
当院の股関節人工骨頭置換術(Bipolar Hip Arthroplasty;BHA)では後側方進入法が多く選択される。切離した梨状筋腱は置換後に大転子付近の中殿筋筋膜に再縫合され,癒着を起こし壁となることで骨頭の後方偏位を防ぐ役割がある。しかし股屈曲や股屈曲位での外旋の関節可動域(Range of Motion;ROM)制限の因子となる可能性が高く靴・靴下着脱動作に制限が生じるため,梨状筋には大腿骨頭の後方偏位を防ぐ役割を損なわない範囲での伸張性向上が求められる。今回,梨状筋への物理療法等が靴・靴下着脱動作の実用性向上に繋がった症例を経験したので報告する。
【方法】
症例はBHA施行により梨状筋腱を中殿筋筋膜に再縫合し,術後6週間経過し急性炎症を認めない3名とした。超音波の設定は周波数1MHz,出力2.0W/cm2,duty cycle100%,10分間で,照射肢位は側臥位で股屈曲60°,内外転・内外旋0°,膝屈曲90°とした。触診にて梨状筋の筋腹を確認し超音波とマッサージを行い筋の伸張性向上を図った。施行前後で靴・靴下着脱動作時間,術側の股ROM屈曲・外転・外旋・総和(屈曲+外転+外旋),踵引きよせ距離(%),梨状筋の筋硬度を比較した。梨状筋の筋硬度は筋硬度計(NEUTONE TDM-N1)を用いて測定した。靴・靴下着脱動作は端坐位にて最大速度での時間を計測し,3分以上かかった場合は不可と判定した。計測はストレッチ効果を避けるために施行前後ともROMや踵引きよせ距離を測定する前に行った。ROM測定は2m離れた距離からデジタルビデオカメラで動画撮影したものをDartfish prosuite 5.5で画像処理し角度を算出した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に基づき,対象者に本研究の目的・内容について説明し,拒否しても一切不利益が生じないことを文書と口頭にて説明し同意を得た。
【結果】
梨状筋の筋硬度は症例A施行前平均23.0±2.0N,施行後平均21.0±2.0N,症例Bは同様に22.3±0.6N,22.0±1.7N,症例Cは24.3±1.6N,18.0±0.0Nと全例で改善を認めた。股ROMは症例Aの屈曲施行前107.5°,施行後109.7°,外転22.1°,25.9°,外旋29.8°,25.9°,総和159.4°,160.9°。症例Bは同様に屈曲98.9°,102.3°,外転30.5°,25.8°,外旋21.8°,27.4°,総和151.2°,155.5°。症例Cの屈曲88.0°,94.5°,外転は6.5°,8.2°,外旋36.6°,42.3°,総和131.1°,145.0°と症例Bの外転と症例Aの外旋以外で改善を認めた。踵引きよせ距離は症例A施行前59.3%,施行後61.4%。症例Bは同様に54.2%,63.7%,症例Cは60.0%,70.0%と全例で改善を認めた。靴着衣時間は症例Aが施行前5.2秒,施行後3.7秒,症例Bは同様に21.3秒,16.9秒,症例Cは不可,23.5秒。靴脱衣時間は症例Aが8.5秒,5.3秒,症例Bは12.9秒,8.6秒,症例Cは8.08秒,9.22秒。靴下着衣時間は症例Aが5.8秒,7.1秒,症例Bは21.3秒,16.9秒,症例Cは不可,23.6秒。靴下脱衣時間は症例Aが9.2秒,6.0秒,症例Bは11.4秒,9.9秒,症例Cは不可,52.8秒と症例A靴下着衣動作と症例C靴脱衣動作以外は改善を認めた。
【考察】
花房らは開排法での靴下着脱動作獲得に必要なROMは股屈曲83.5°,外転27.7°,外旋33.3°,総和144.5°が必要と述べている。各症例のROMは運動方向別では平均値以下の結果も認めたが,総和や踵引きよせ距離・筋硬度は施行後に全例改善を認めた。2例は施行前から総和が平均値以上で屈曲法での靴・靴下着脱動作が可能であり,他の1例は施行後に総和が平均値以上となり開排法による動作を獲得した。このことから今回の介入が梨状筋の粘弾性低下と伸張性向上を促し円滑な関節運動が可能となることで,ROM改善,靴・靴下着脱動作の獲得や,実用性向上に繋がったと考える。施行後に動作時間が延長した例も存在したが施行前後の差が最大1.3秒であり天上効果による誤差の範囲であるものと思われる。ROM改善の程度も症例により差を認めたが,これは梨状筋腱を大転子の骨梁構造を加味して再縫合するため,症例によって走行や耳側への伸張度合に違いがあったと考えられる。介入の時期は梨状筋腱縫合が術後3週間以内に高率で断裂していたとの報告もあることから,梨状筋腱や関節包の縫合が生着する術後6週経過後から積極的に梨状筋に対し介入することが適切と考える。超音波と徒手療法の併用が補完効果により有効であったと思われるが,単独の効果や疼痛の影響については検討できておらず今後の課題である。
【理学療法学研究としての意義】
BHA術後の靴・靴下着脱動作に関し,軟部組織の柔軟性に着目した研究は少ない。今回の研究において急性期を過ぎた症例に対する梨状筋への介入が靴・靴下着脱動作の獲得,実用性向上に繋がることが示唆された。
当院の股関節人工骨頭置換術(Bipolar Hip Arthroplasty;BHA)では後側方進入法が多く選択される。切離した梨状筋腱は置換後に大転子付近の中殿筋筋膜に再縫合され,癒着を起こし壁となることで骨頭の後方偏位を防ぐ役割がある。しかし股屈曲や股屈曲位での外旋の関節可動域(Range of Motion;ROM)制限の因子となる可能性が高く靴・靴下着脱動作に制限が生じるため,梨状筋には大腿骨頭の後方偏位を防ぐ役割を損なわない範囲での伸張性向上が求められる。今回,梨状筋への物理療法等が靴・靴下着脱動作の実用性向上に繋がった症例を経験したので報告する。
【方法】
症例はBHA施行により梨状筋腱を中殿筋筋膜に再縫合し,術後6週間経過し急性炎症を認めない3名とした。超音波の設定は周波数1MHz,出力2.0W/cm2,duty cycle100%,10分間で,照射肢位は側臥位で股屈曲60°,内外転・内外旋0°,膝屈曲90°とした。触診にて梨状筋の筋腹を確認し超音波とマッサージを行い筋の伸張性向上を図った。施行前後で靴・靴下着脱動作時間,術側の股ROM屈曲・外転・外旋・総和(屈曲+外転+外旋),踵引きよせ距離(%),梨状筋の筋硬度を比較した。梨状筋の筋硬度は筋硬度計(NEUTONE TDM-N1)を用いて測定した。靴・靴下着脱動作は端坐位にて最大速度での時間を計測し,3分以上かかった場合は不可と判定した。計測はストレッチ効果を避けるために施行前後ともROMや踵引きよせ距離を測定する前に行った。ROM測定は2m離れた距離からデジタルビデオカメラで動画撮影したものをDartfish prosuite 5.5で画像処理し角度を算出した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に基づき,対象者に本研究の目的・内容について説明し,拒否しても一切不利益が生じないことを文書と口頭にて説明し同意を得た。
【結果】
梨状筋の筋硬度は症例A施行前平均23.0±2.0N,施行後平均21.0±2.0N,症例Bは同様に22.3±0.6N,22.0±1.7N,症例Cは24.3±1.6N,18.0±0.0Nと全例で改善を認めた。股ROMは症例Aの屈曲施行前107.5°,施行後109.7°,外転22.1°,25.9°,外旋29.8°,25.9°,総和159.4°,160.9°。症例Bは同様に屈曲98.9°,102.3°,外転30.5°,25.8°,外旋21.8°,27.4°,総和151.2°,155.5°。症例Cの屈曲88.0°,94.5°,外転は6.5°,8.2°,外旋36.6°,42.3°,総和131.1°,145.0°と症例Bの外転と症例Aの外旋以外で改善を認めた。踵引きよせ距離は症例A施行前59.3%,施行後61.4%。症例Bは同様に54.2%,63.7%,症例Cは60.0%,70.0%と全例で改善を認めた。靴着衣時間は症例Aが施行前5.2秒,施行後3.7秒,症例Bは同様に21.3秒,16.9秒,症例Cは不可,23.5秒。靴脱衣時間は症例Aが8.5秒,5.3秒,症例Bは12.9秒,8.6秒,症例Cは8.08秒,9.22秒。靴下着衣時間は症例Aが5.8秒,7.1秒,症例Bは21.3秒,16.9秒,症例Cは不可,23.6秒。靴下脱衣時間は症例Aが9.2秒,6.0秒,症例Bは11.4秒,9.9秒,症例Cは不可,52.8秒と症例A靴下着衣動作と症例C靴脱衣動作以外は改善を認めた。
【考察】
花房らは開排法での靴下着脱動作獲得に必要なROMは股屈曲83.5°,外転27.7°,外旋33.3°,総和144.5°が必要と述べている。各症例のROMは運動方向別では平均値以下の結果も認めたが,総和や踵引きよせ距離・筋硬度は施行後に全例改善を認めた。2例は施行前から総和が平均値以上で屈曲法での靴・靴下着脱動作が可能であり,他の1例は施行後に総和が平均値以上となり開排法による動作を獲得した。このことから今回の介入が梨状筋の粘弾性低下と伸張性向上を促し円滑な関節運動が可能となることで,ROM改善,靴・靴下着脱動作の獲得や,実用性向上に繋がったと考える。施行後に動作時間が延長した例も存在したが施行前後の差が最大1.3秒であり天上効果による誤差の範囲であるものと思われる。ROM改善の程度も症例により差を認めたが,これは梨状筋腱を大転子の骨梁構造を加味して再縫合するため,症例によって走行や耳側への伸張度合に違いがあったと考えられる。介入の時期は梨状筋腱縫合が術後3週間以内に高率で断裂していたとの報告もあることから,梨状筋腱や関節包の縫合が生着する術後6週経過後から積極的に梨状筋に対し介入することが適切と考える。超音波と徒手療法の併用が補完効果により有効であったと思われるが,単独の効果や疼痛の影響については検討できておらず今後の課題である。
【理学療法学研究としての意義】
BHA術後の靴・靴下着脱動作に関し,軟部組織の柔軟性に着目した研究は少ない。今回の研究において急性期を過ぎた症例に対する梨状筋への介入が靴・靴下着脱動作の獲得,実用性向上に繋がることが示唆された。