[0143] 運動野表象に対する隣接筋随意収縮の影響
Keywords:周辺抑制, 運動野, 随意運動
【目的】
隣接筋のtonic収縮により,安静時の運動野hot spotの興奮性が増大したという報告がある(Hess et al. 1986)。他方,tonic収縮中に協調して活動する隣接筋の組み合わせはhot spotの運動野興奮性には影響しないが,運動野興奮性の分布を反映するcenter of gravity(COG)には変化が生じたという報告がある(Reilly et al. 2008)。この結果はtonic収縮中の隣接筋活動は運動野興奮性の分布を変化させることを示唆する。しかし,このReillyらの報告ではgrip taskとpinch taskを用いているため,隣接筋活動の影響を純粋に反映していない可能性がある。そこで本研究では,試験筋随意収縮中に隣接筋を随意収縮させた時に生じる試験筋支配運動野表象分布の変化を観察し,試験筋随意収縮中の隣接筋活動の影響を検証した。
【方法】
健常成人11名(23-34歳)に椅子座位をとらせ,右上肢を回内位で課題用装置の上に乗せた。課題用装置には示指外転力および小指外転力が計測できるようforce transducerを取り付けた。被験者にはforce transducerに対して示指を外転方向に押させ,同時に小指をforce transducerに対して外転方向に押す動作(VC条件),あるいは小指を安静に保持する動作(Rest条件)を実施させた。force transducerを押す時には最大の10%の力が保持されるよう,force transducerの信号出力をoscilloscopeに提示して視覚的にfeedbackした。課題遂行中には各筋hot spotを中心に1cm間隔で縦5 point,横5 pointに設定した25のTMS pointにランダムな順序で経頭蓋磁気刺激(TMS)を各6回実施し,運動誘発電位(MEP)を第一背側骨間筋(FDI)と小指外転筋(ADM)から記録した。2群間の平均値の差の検定にはpaired t-testを用いた。運動野表象を同定するため,unpaired t-testを用いて25のTMS point総体のMEP振幅平均値に対する各TMS pointのMEP振幅平均値の差を検定した。なお,有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】
実験は大阪府立大学研究倫理委員会の承認を得て実施した。被験者には実験の目的・方法及び予想される不利益を説明し同意を得た。
【結果】
FDIのhot spotにおけるMEP振幅値,MEP最大振幅値,TMS point総体のMEP振幅平均値に課題条件間の有意差はみられなかった。FDIのMEP振幅のCOGはVC条件においてRest条件と比較して有意に内側に偏移した(p<0.05)。Rest条件でのFDI支配運動野表象がVC条件におけるADM支配運動野表象と重複しないTMS points(非重複表象)において,VC条件におけるFDIのMEP振幅がRest条件と比較して有意に減少した(p<0.05)。これに対し,Rest条件でのFDI支配運動野表象がVC条件におけるADM支配運動野表象と重複するTMS points(重複表象)では,VC条件におけるFDIのMEP振幅は課題条件間で有意差は観察されなかった(p=0.97)。重複表象の座標は,非重複表象のそれと比較して有意に内側に偏移していた(p<0.05)。
【考察】
今回の結果から,試験筋収縮中の隣接筋活動の運動野興奮性への影響はhot spotでは生じないが,運動野表象興奮性分布の変化が生じることが示された。ADMの随意運動によるFDI-COGの内側偏移は,FDI支配運動野表象興奮性分布が相対的に外側で低くなったことを示唆する。FDIのMEP振幅が隣接筋活動により有意に低下した非重複表象は,低下しなかった重複表象と比較して外側に位置した。このことから,隣接筋活動によるCOGの内側偏移は,非重複表象に特有の抑制現象を反映したものと考えられた。相動性随意収縮によって安静にある周辺筋の運動野表象興奮性が抑制される,いわゆる周辺抑制が報告されている(Beck et al. 2008)。今回の非重複表象の興奮性抑制とそれに伴うCOG内側偏移は,試験筋随意収縮中にもこの周辺抑制が運動野表象分布の変化として観察されることを示した。Beckらは共同筋でない周辺筋相動性収縮による周辺抑制を報告したが,本研究の結果は,隣接筋の随意収縮が収縮様式および共同筋であるかどうかに関わらず周辺抑制を生じる可能性を示唆した。
【理学療法学研究としての意義】
今回観察された周辺抑制による非重複運動野表象興奮性の減少は,運動制御の観点からは,複数筋間の協調的な収縮を自動的に調整する機能として働くものではないかと推測される。理学療法においては協調運動障害が重要な治療対象となるが,本研究結果はその治療方法に新しい示唆を与える基礎的な知見となった。この研究で得られた知見は協調運動障害の治療方法の検討・検証・革新の礎となると考える。
隣接筋のtonic収縮により,安静時の運動野hot spotの興奮性が増大したという報告がある(Hess et al. 1986)。他方,tonic収縮中に協調して活動する隣接筋の組み合わせはhot spotの運動野興奮性には影響しないが,運動野興奮性の分布を反映するcenter of gravity(COG)には変化が生じたという報告がある(Reilly et al. 2008)。この結果はtonic収縮中の隣接筋活動は運動野興奮性の分布を変化させることを示唆する。しかし,このReillyらの報告ではgrip taskとpinch taskを用いているため,隣接筋活動の影響を純粋に反映していない可能性がある。そこで本研究では,試験筋随意収縮中に隣接筋を随意収縮させた時に生じる試験筋支配運動野表象分布の変化を観察し,試験筋随意収縮中の隣接筋活動の影響を検証した。
【方法】
健常成人11名(23-34歳)に椅子座位をとらせ,右上肢を回内位で課題用装置の上に乗せた。課題用装置には示指外転力および小指外転力が計測できるようforce transducerを取り付けた。被験者にはforce transducerに対して示指を外転方向に押させ,同時に小指をforce transducerに対して外転方向に押す動作(VC条件),あるいは小指を安静に保持する動作(Rest条件)を実施させた。force transducerを押す時には最大の10%の力が保持されるよう,force transducerの信号出力をoscilloscopeに提示して視覚的にfeedbackした。課題遂行中には各筋hot spotを中心に1cm間隔で縦5 point,横5 pointに設定した25のTMS pointにランダムな順序で経頭蓋磁気刺激(TMS)を各6回実施し,運動誘発電位(MEP)を第一背側骨間筋(FDI)と小指外転筋(ADM)から記録した。2群間の平均値の差の検定にはpaired t-testを用いた。運動野表象を同定するため,unpaired t-testを用いて25のTMS point総体のMEP振幅平均値に対する各TMS pointのMEP振幅平均値の差を検定した。なお,有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】
実験は大阪府立大学研究倫理委員会の承認を得て実施した。被験者には実験の目的・方法及び予想される不利益を説明し同意を得た。
【結果】
FDIのhot spotにおけるMEP振幅値,MEP最大振幅値,TMS point総体のMEP振幅平均値に課題条件間の有意差はみられなかった。FDIのMEP振幅のCOGはVC条件においてRest条件と比較して有意に内側に偏移した(p<0.05)。Rest条件でのFDI支配運動野表象がVC条件におけるADM支配運動野表象と重複しないTMS points(非重複表象)において,VC条件におけるFDIのMEP振幅がRest条件と比較して有意に減少した(p<0.05)。これに対し,Rest条件でのFDI支配運動野表象がVC条件におけるADM支配運動野表象と重複するTMS points(重複表象)では,VC条件におけるFDIのMEP振幅は課題条件間で有意差は観察されなかった(p=0.97)。重複表象の座標は,非重複表象のそれと比較して有意に内側に偏移していた(p<0.05)。
【考察】
今回の結果から,試験筋収縮中の隣接筋活動の運動野興奮性への影響はhot spotでは生じないが,運動野表象興奮性分布の変化が生じることが示された。ADMの随意運動によるFDI-COGの内側偏移は,FDI支配運動野表象興奮性分布が相対的に外側で低くなったことを示唆する。FDIのMEP振幅が隣接筋活動により有意に低下した非重複表象は,低下しなかった重複表象と比較して外側に位置した。このことから,隣接筋活動によるCOGの内側偏移は,非重複表象に特有の抑制現象を反映したものと考えられた。相動性随意収縮によって安静にある周辺筋の運動野表象興奮性が抑制される,いわゆる周辺抑制が報告されている(Beck et al. 2008)。今回の非重複表象の興奮性抑制とそれに伴うCOG内側偏移は,試験筋随意収縮中にもこの周辺抑制が運動野表象分布の変化として観察されることを示した。Beckらは共同筋でない周辺筋相動性収縮による周辺抑制を報告したが,本研究の結果は,隣接筋の随意収縮が収縮様式および共同筋であるかどうかに関わらず周辺抑制を生じる可能性を示唆した。
【理学療法学研究としての意義】
今回観察された周辺抑制による非重複運動野表象興奮性の減少は,運動制御の観点からは,複数筋間の協調的な収縮を自動的に調整する機能として働くものではないかと推測される。理学療法においては協調運動障害が重要な治療対象となるが,本研究結果はその治療方法に新しい示唆を与える基礎的な知見となった。この研究で得られた知見は協調運動障害の治療方法の検討・検証・革新の礎となると考える。