[0144] 指先接触による求心性情報が立位時の前脛骨筋とヒラメ筋の皮質脊髄路興奮性に及ぼす影響
キーワード:経頭蓋磁気刺激, 運動誘発電位, 姿勢制御機構
【目的】
立位保持中の姿勢動揺は手すりなどの固定点へ指先で軽く触れること(Light touch:LT)により減少する。この姿勢動揺の減少は指先の接触による力学的支持ではなく,指先触覚による求心性情報に基づく脊髄より上位レベルでの神経制御に起因すると考えられている。しかしながら,LT中の神経制御に関して,ヒラメ筋(Soleus:SOL)のH反射が減弱することが報告されているのみであり,十分に解明されていない。立位姿勢は前庭系・視覚系・体性感覚系の情報を基に皮質下の小脳や脳幹,大脳基底核によって制御されるが,大脳皮質一次運動野も重要な役割を果たす。そこで,本研究は経頭蓋磁気刺激(Transcranial magnetic stimulation:TMS)によって得られる運動誘発電位(Motor evoked potential:MEP)を指標に,LT中の前脛骨筋(Tibialis anterior:TA)とSOLの皮質脊髄路の興奮性変化を明らかにすることを目的として行った。
【方法】
対象は健常若年者10人(男性8人,女性2人,平均年齢24.4±4.5歳)であった。課題は,1)固定点への右示指の接触なし(No touch:NT),2)固定点への右示指のLT(接触圧1N以下)の2条件における閉眼両脚立位保持とした。被験筋は右側のTAおよびSOLとし,表面筋電計(日本光電社製)を用いて筋電図を記録した。TMSは磁気刺激装置(Magstim社製)とダブルコーンコイルを使用した。まず,TA及びSOLにおいて最もMEPが誘発される部位を同定し,開眼両脚立位時にTAとSOLのいずれからもMEPが視覚的に確認できるTMSの最弱強度(閾値)を決定した。TMSの刺激強度は閾値の120%とし,MEP振幅値を測定した。さらに,刺激前100ミリ秒区間の筋電図から2乗平均平方根(root men square:RMS)を算出し,背景筋活動量(EMG-RMS)の指標とした。刺激間隔は約20秒とし,各条件で少なくとも15回の刺激を行った。また,床反力計(Kistler社製)2基による床反力情報を基に,KineAnalyzer(キッセイコムテック社製)を用いて足圧中心(Center of pressure:COP)座標を求め,刺激前10秒間の前後方向および左右方向のRMSを算出した。MEP振幅値とEMG-RMS,COP-RMSの2条件間の比較はt検定を用いて,有意水準はいずれも5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に沿った研究であり,研究を行った機関の倫理委員会の承認を得た。また,被験者に本研究の目的と趣旨を十分に説明し,口頭および文書による同意を得て行った。
【結果】
TAのMEP振幅値はNT条件と比較して,LT条件で有意に高値を示した。一方,SOLではNT条件とLT条件で有意な差は認められなかった。背景筋活動量について,TAではNT条件およびLT条件ともに筋活動は認められず,SOLでは2条件間で有意な差は認められなかった。COPのRMSは前後方向,左右方向ともにNT条件と比較して,LT条件で有意に低値を示した。
【考察】
TA及びSOLのMEP振幅値は,座位や臥位と比較して静止立位中に増大し,不安定板上での立位保持中にはさらに増大する。逆に,起立傾斜台を用いるなどの方法で身体を支持し,姿勢動揺を減少させた場合,支持のない状況と比較して,MEP振幅値は減少する。したがって,皮質脊髄路の興奮性は立位姿勢の不安定さに対応して調整されている。しかしながら,本研究では姿勢動揺の減少するLT条件において,NT条件と比較してTAの皮質脊髄路興奮性は増大した。指先からの求心性情報は感度の高い身体動揺のフィードバック情報であり,そのフィードバックへの応答性を高め,予期せぬ外乱に対し立位姿勢の安定を図るため,TAの皮質脊髄路の興奮性が増大したと考えられる。一方,SOLの皮質脊髄路の興奮性はNTとLT条件で有意差が認められなかった。TAでは立位中に筋活動が認められないのに対し,SOLでは持続的な筋活動を伴い,その調節は主に脊髄レベルで制御されているとされる。したがって,LTによる求心性感覚情報は大脳皮質を介するため,SOLの皮質脊髄路の興奮性に影響せず,LT中の神経制御は足関節底・背屈筋で異なっていることが示唆された。
【理学療法研究としての意義】
本研究で得られた知見は,ヒトの立位姿勢の神経制御機構の解明に繋がるとともに,立位バランス能力を向上させるための,LTを用いた理学療法プログラム立案の一助となることが期待できる。
立位保持中の姿勢動揺は手すりなどの固定点へ指先で軽く触れること(Light touch:LT)により減少する。この姿勢動揺の減少は指先の接触による力学的支持ではなく,指先触覚による求心性情報に基づく脊髄より上位レベルでの神経制御に起因すると考えられている。しかしながら,LT中の神経制御に関して,ヒラメ筋(Soleus:SOL)のH反射が減弱することが報告されているのみであり,十分に解明されていない。立位姿勢は前庭系・視覚系・体性感覚系の情報を基に皮質下の小脳や脳幹,大脳基底核によって制御されるが,大脳皮質一次運動野も重要な役割を果たす。そこで,本研究は経頭蓋磁気刺激(Transcranial magnetic stimulation:TMS)によって得られる運動誘発電位(Motor evoked potential:MEP)を指標に,LT中の前脛骨筋(Tibialis anterior:TA)とSOLの皮質脊髄路の興奮性変化を明らかにすることを目的として行った。
【方法】
対象は健常若年者10人(男性8人,女性2人,平均年齢24.4±4.5歳)であった。課題は,1)固定点への右示指の接触なし(No touch:NT),2)固定点への右示指のLT(接触圧1N以下)の2条件における閉眼両脚立位保持とした。被験筋は右側のTAおよびSOLとし,表面筋電計(日本光電社製)を用いて筋電図を記録した。TMSは磁気刺激装置(Magstim社製)とダブルコーンコイルを使用した。まず,TA及びSOLにおいて最もMEPが誘発される部位を同定し,開眼両脚立位時にTAとSOLのいずれからもMEPが視覚的に確認できるTMSの最弱強度(閾値)を決定した。TMSの刺激強度は閾値の120%とし,MEP振幅値を測定した。さらに,刺激前100ミリ秒区間の筋電図から2乗平均平方根(root men square:RMS)を算出し,背景筋活動量(EMG-RMS)の指標とした。刺激間隔は約20秒とし,各条件で少なくとも15回の刺激を行った。また,床反力計(Kistler社製)2基による床反力情報を基に,KineAnalyzer(キッセイコムテック社製)を用いて足圧中心(Center of pressure:COP)座標を求め,刺激前10秒間の前後方向および左右方向のRMSを算出した。MEP振幅値とEMG-RMS,COP-RMSの2条件間の比較はt検定を用いて,有意水準はいずれも5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に沿った研究であり,研究を行った機関の倫理委員会の承認を得た。また,被験者に本研究の目的と趣旨を十分に説明し,口頭および文書による同意を得て行った。
【結果】
TAのMEP振幅値はNT条件と比較して,LT条件で有意に高値を示した。一方,SOLではNT条件とLT条件で有意な差は認められなかった。背景筋活動量について,TAではNT条件およびLT条件ともに筋活動は認められず,SOLでは2条件間で有意な差は認められなかった。COPのRMSは前後方向,左右方向ともにNT条件と比較して,LT条件で有意に低値を示した。
【考察】
TA及びSOLのMEP振幅値は,座位や臥位と比較して静止立位中に増大し,不安定板上での立位保持中にはさらに増大する。逆に,起立傾斜台を用いるなどの方法で身体を支持し,姿勢動揺を減少させた場合,支持のない状況と比較して,MEP振幅値は減少する。したがって,皮質脊髄路の興奮性は立位姿勢の不安定さに対応して調整されている。しかしながら,本研究では姿勢動揺の減少するLT条件において,NT条件と比較してTAの皮質脊髄路興奮性は増大した。指先からの求心性情報は感度の高い身体動揺のフィードバック情報であり,そのフィードバックへの応答性を高め,予期せぬ外乱に対し立位姿勢の安定を図るため,TAの皮質脊髄路の興奮性が増大したと考えられる。一方,SOLの皮質脊髄路の興奮性はNTとLT条件で有意差が認められなかった。TAでは立位中に筋活動が認められないのに対し,SOLでは持続的な筋活動を伴い,その調節は主に脊髄レベルで制御されているとされる。したがって,LTによる求心性感覚情報は大脳皮質を介するため,SOLの皮質脊髄路の興奮性に影響せず,LT中の神経制御は足関節底・背屈筋で異なっていることが示唆された。
【理学療法研究としての意義】
本研究で得られた知見は,ヒトの立位姿勢の神経制御機構の解明に繋がるとともに,立位バランス能力を向上させるための,LTを用いた理学療法プログラム立案の一助となることが期待できる。