[0199] 手と脚動作に関する文章発声時の左大脳皮質一次運動野の興奮性変化と皮質内抑制回路
Keywords:発声, 一次運動野興奮性変化, TMS
【はじめに,目的】
臨床で運動療法を実施する際,セラピストは患者に適切な運動を誘導するために言語指示を与えることがある。言語理解や発声の中枢であるBroca野や,運動前野腹側部(PMv)と一次運動野手指筋支配領域との間には,機能的な連結があると報告されており(Pulvermuller et al., 2005),言語野が手の機能と密接な関係があるのではないかと推測される。そのため,言語発声に伴う一次運動野手指筋支配領域(Lt-M1 hand area)の興奮性変化を評価することで,言語野と手の機能との関連性を示す基礎的知見が得られると考えた。我々は昨年の第48回日本理学療法学術大会にて,単語発声によりLt-M1 hand areaの興奮性が高まることを報告した。しかし,発声内容や発声中の時間による興奮性変化,また興奮性増大の背景にある皮質内神経回路網の動態は不明である。そこで,本研究では経頭蓋磁気刺激法(TMS)を用いて,発声に伴うLt-M1 hand areaの興奮性変化について,発声内容,発声中の時間,発声条件による変化(実験1)と,発声中の短潜時皮質内抑制回路(SICI)動態(実験2)について検討することを目的とした。
【方法】
刺激には8の字コイルを用いた。被験筋は右手第一背側骨間筋(FDI)とし,刺激部位は,被験筋から運動誘発電位(MEP)が得られる最適部位とした。発声音量はすべての条件において口元からの距離50cmで約80dbとした。尚,文章は主語,目的語,述語からなる構文とした。実験1は,被験者は右利き健常成人9名。課題は,安静状態に加え,手,脚の動作に関する文章,動作と無関係な文章,それぞれ約3秒での音読及び黙読を実施した。TMSの刺激強度は,RMTの1.2~1.3倍とし,刺激のタイミングは,文章発声開始後1000msec,2000msec後とした。実験2は,被験者は右利き健常成人10名。課題文章は手の動作に関する文章のみとし,音読,黙読,口の動きのみの3条件実施した。刺激のタイミングは文章発声開始後2000msec後とした。刺激方法は単発刺激,2連発刺激とした。単発刺激の刺激強度は安静時運動閾値(RMT)の1.2倍とした。2連発刺激では,条件刺激はRMTの0.8倍,試験刺激は約1mVのMEPが得られる強度とし,刺激間隔は3msecで実施した。FDIから導出されるMEP波形の平均振幅値をM1の興奮性指標として用いた。統計処理は,実験1では,発声内容,発声条件,刺激のタイミングの3要因について3元配置分散分析を行い,実験2では,発声条件の1要因について1元配置分散分析を行った。実験1,2ともに,post-hoc testとしてBonferroni testを行い,有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本実験は,ヘルシンキ宣言に基づいて実施され,所属研究機関倫理委員会の承認を得て,被験者に十分な説明を行い,書面にて同意を得た上で実施した。
【結果】
実験1では,発声条件間においてのみ単純主効果を認め,すべての言語内容において,黙読条件に比べ音読条件で有意なMEP振幅の増加を認めた(p<0.01)。実験2では,単発刺激の結果は,音読条件と口の動きのみの条件で,安静時に比べてMEP振幅が有意な増加を認めた(音読:p<0.01,口の動きのみ:p<0.05)。SICIは課題条件間で有意差は認めなかった。
【考察】
本研究の結果から,発声内容や時間に関わらず,発声することによりLt-M1 hand areaの興奮性が増加することが示された。言語情報を処理し発声を制御している44野の活動と,発声器官である口腔や咽頭などの活動が組み合わさることで,M1 hand areaの興奮性が増大すると考えられた。またその背景には,SICIに差が認められなかったことから,皮質内においてはSICI以外の他の回路が関与していると考えられる。他の要因として,基底核を含めた皮質下領域との関連(Cardona et al., 2013)や,PMvから脊髄に対する直接経路の存在(Dum and stick et al., 2002)の可能性が考えられる。今後はさらに発声に伴うLt-M1の興奮性増加の背景メカニズムについて検討する必要があると考える。
【理学療法学研究としての意義】
本研究結果から,言語発声に伴いLt-M1 hand areaの興奮性が増加することが示された。この結果は,言語発声と手の機能との関連性を示す基礎的知見であると考える。今後,さらに本研究結果の背景にあるメカニズムを明らかにすることで,脳卒中患者における上肢機能回復のための一助となり得るのではないかと考える。
臨床で運動療法を実施する際,セラピストは患者に適切な運動を誘導するために言語指示を与えることがある。言語理解や発声の中枢であるBroca野や,運動前野腹側部(PMv)と一次運動野手指筋支配領域との間には,機能的な連結があると報告されており(Pulvermuller et al., 2005),言語野が手の機能と密接な関係があるのではないかと推測される。そのため,言語発声に伴う一次運動野手指筋支配領域(Lt-M1 hand area)の興奮性変化を評価することで,言語野と手の機能との関連性を示す基礎的知見が得られると考えた。我々は昨年の第48回日本理学療法学術大会にて,単語発声によりLt-M1 hand areaの興奮性が高まることを報告した。しかし,発声内容や発声中の時間による興奮性変化,また興奮性増大の背景にある皮質内神経回路網の動態は不明である。そこで,本研究では経頭蓋磁気刺激法(TMS)を用いて,発声に伴うLt-M1 hand areaの興奮性変化について,発声内容,発声中の時間,発声条件による変化(実験1)と,発声中の短潜時皮質内抑制回路(SICI)動態(実験2)について検討することを目的とした。
【方法】
刺激には8の字コイルを用いた。被験筋は右手第一背側骨間筋(FDI)とし,刺激部位は,被験筋から運動誘発電位(MEP)が得られる最適部位とした。発声音量はすべての条件において口元からの距離50cmで約80dbとした。尚,文章は主語,目的語,述語からなる構文とした。実験1は,被験者は右利き健常成人9名。課題は,安静状態に加え,手,脚の動作に関する文章,動作と無関係な文章,それぞれ約3秒での音読及び黙読を実施した。TMSの刺激強度は,RMTの1.2~1.3倍とし,刺激のタイミングは,文章発声開始後1000msec,2000msec後とした。実験2は,被験者は右利き健常成人10名。課題文章は手の動作に関する文章のみとし,音読,黙読,口の動きのみの3条件実施した。刺激のタイミングは文章発声開始後2000msec後とした。刺激方法は単発刺激,2連発刺激とした。単発刺激の刺激強度は安静時運動閾値(RMT)の1.2倍とした。2連発刺激では,条件刺激はRMTの0.8倍,試験刺激は約1mVのMEPが得られる強度とし,刺激間隔は3msecで実施した。FDIから導出されるMEP波形の平均振幅値をM1の興奮性指標として用いた。統計処理は,実験1では,発声内容,発声条件,刺激のタイミングの3要因について3元配置分散分析を行い,実験2では,発声条件の1要因について1元配置分散分析を行った。実験1,2ともに,post-hoc testとしてBonferroni testを行い,有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本実験は,ヘルシンキ宣言に基づいて実施され,所属研究機関倫理委員会の承認を得て,被験者に十分な説明を行い,書面にて同意を得た上で実施した。
【結果】
実験1では,発声条件間においてのみ単純主効果を認め,すべての言語内容において,黙読条件に比べ音読条件で有意なMEP振幅の増加を認めた(p<0.01)。実験2では,単発刺激の結果は,音読条件と口の動きのみの条件で,安静時に比べてMEP振幅が有意な増加を認めた(音読:p<0.01,口の動きのみ:p<0.05)。SICIは課題条件間で有意差は認めなかった。
【考察】
本研究の結果から,発声内容や時間に関わらず,発声することによりLt-M1 hand areaの興奮性が増加することが示された。言語情報を処理し発声を制御している44野の活動と,発声器官である口腔や咽頭などの活動が組み合わさることで,M1 hand areaの興奮性が増大すると考えられた。またその背景には,SICIに差が認められなかったことから,皮質内においてはSICI以外の他の回路が関与していると考えられる。他の要因として,基底核を含めた皮質下領域との関連(Cardona et al., 2013)や,PMvから脊髄に対する直接経路の存在(Dum and stick et al., 2002)の可能性が考えられる。今後はさらに発声に伴うLt-M1の興奮性増加の背景メカニズムについて検討する必要があると考える。
【理学療法学研究としての意義】
本研究結果から,言語発声に伴いLt-M1 hand areaの興奮性が増加することが示された。この結果は,言語発声と手の機能との関連性を示す基礎的知見であると考える。今後,さらに本研究結果の背景にあるメカニズムを明らかにすることで,脳卒中患者における上肢機能回復のための一助となり得るのではないかと考える。