[0206] 過去の呼吸経験により形成された予測情報がその後の呼吸困難感に及ぼす影響
キーワード:呼吸困難感, 前頭前野, 予測
【はじめに・目的】
呼吸困難感とは,「一般的に望ましくない,不快な呼吸感覚をもつ人によって経験される感覚」と定義されている(1999)。呼吸困難感時には前頭前野が活動し,呼吸困難感と前頭前野の活動には正の相関が認められている(Higashimoto,2011)。しかしながら,呼吸困難感は文脈や経験に依存する報告もある(Leupoldt,2010)ことから,先行経験した呼吸困難感により形成された予測情報が後の呼吸困難感を助長し,前頭前野を活動させている可能性が考えられるが,この点について十分に明らかにされていない。そこで本研究は,過去の呼吸経験により形成された予測情報が後の呼吸困難感に及ぼす影響について,自覚症状,脳活動,交感神経活動の視点から調査することを目的とする。
【方法】
対象は健常成人15名(平均年齢25.0±3.0歳)とした。事前にマイクロスパイロ(HI801,NIHON KOHDEN)を用いて被験者の肺機能と最大吸気筋力を測定し,研究に支障が生じないことを確認した。呼吸困難感の予測を形成するために,PC画面上に3種類の異なる負荷(弱,中,強)画像を提示し,呼吸抵抗器(スレッショルドIMT)を用いて画像と一致した各負荷量を被験者に学習させた。なお,各負荷量は呼吸抵抗器の負荷なしを弱負荷,吸気筋力測定により算出した最大吸気圧の15%を中負荷,最大吸気圧の30%を強負荷とした。その後,PC画面上に提示された画像と呼吸抵抗器の負荷が一致する条件,提示された画像と呼吸抵抗器の負荷が一致しない条件の計3条件を弱,中,強の各負荷量でランダムに実施した(計9条件)。各条件のプロトコルは安静20秒-課題30秒-安静20秒とし,課題実施中の呼吸困難感をBorg scale,脳活動をfunctional near-infrared spectroscopy(fNIRS;FOIRE3000,島津製作所),そして,交感神経活動をアクティブトレーサーを用い計測した。また,課題前後の血圧,脈拍,酸素飽和度も計測した。fNIRSは前頭前野を覆うようにフォルダを装着した。脳活動の指標は,酸素化ヘモグロビン(oxyHb)とし,各条件におけるeffect sizeを算出した。交感神経活動のパラメータは,RR間隔の周波数解析によって得られた低周波成分を高周波成分で除した値とした。自覚症状の変化は,反復測定二元配置分散分析を行い,post hoc testとしてBonferroni法を用いて統計処理した。脳活動および交感神経活動は,Friedmanの検定にて有意差を認めた条件に対してWilcoxonの符号順位検定を行った。また,自覚症状と脳活動の相関関係はSpearmanの順位相関係数を用いて統計処理した。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮・説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言を遵守して実施した。対象者に対して本研究の目的と内容,利益とリスク,個人情報の保護および参加の拒否と撤回について説明した後,参加に対して自筆による署名を得た。なお,本研究は所属機関の研究倫理委員会の承認を得て実施した(H24-30)。
【結果】
課題前後の血圧,脈拍,酸素飽和度の値はいずれも有意差を認めなかった。自覚症状に関しては,予測した負荷と実際の負荷の間に交互作用を認め(F=37.4,p<0.01),弱い呼吸困難感を予測した際に実際の負荷が強い条件で有意に増加した(p<0.01)。他の条件では有意差を認めなかった(p>0.05)。脳活動に関しては,弱い呼吸困難感を予測した際に実際の負荷が強い条件で右内側前頭前野のoxyHb値が有意に増加した(p<0.01)。また,oxyHb値と自覚症状との間に正の相関を認めた(r=0.60,p<0.05)。交感神経活動に関しては,弱い呼吸困難感を予測した際に実際の負荷が強い条件で増加傾向を認めた(p=0.07)。
【考察】
課題前後の血圧,脈拍,酸素飽和度の値に有意差を認めなかったことから,oxyHb値の変化は予測に関する脳活動を反映していることが考えられた。また,弱い呼吸困難感を予測した際に実際の負荷が強い条件で自覚症状ならびに右内側前頭前野のoxyHb値に有意な増加を認めた。呼吸経験に関する情報は,島皮質や帯状回を経て前頭前野に投射され(Leupoldt,2005),さらに右内側前頭前野は不快刺激に関係する(岡本,2008)。このことから,本結果では過去の呼吸困難感により形成された予測情報よりも強い呼吸困難感が,不快な情動を喚起させ右内側前頭前野を活動させたことが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
本研究結果から,予測した呼吸困難感よりも強い負荷量は不快な情動を喚起させ,実際の負荷以上に呼吸困難感を助長させることが示唆された。このことから,臨床では対象者の予測情報よりも強い負荷を与えるのではなく,段階的な負荷に基づき予測情報を構築する必要があることを示唆された。
呼吸困難感とは,「一般的に望ましくない,不快な呼吸感覚をもつ人によって経験される感覚」と定義されている(1999)。呼吸困難感時には前頭前野が活動し,呼吸困難感と前頭前野の活動には正の相関が認められている(Higashimoto,2011)。しかしながら,呼吸困難感は文脈や経験に依存する報告もある(Leupoldt,2010)ことから,先行経験した呼吸困難感により形成された予測情報が後の呼吸困難感を助長し,前頭前野を活動させている可能性が考えられるが,この点について十分に明らかにされていない。そこで本研究は,過去の呼吸経験により形成された予測情報が後の呼吸困難感に及ぼす影響について,自覚症状,脳活動,交感神経活動の視点から調査することを目的とする。
【方法】
対象は健常成人15名(平均年齢25.0±3.0歳)とした。事前にマイクロスパイロ(HI801,NIHON KOHDEN)を用いて被験者の肺機能と最大吸気筋力を測定し,研究に支障が生じないことを確認した。呼吸困難感の予測を形成するために,PC画面上に3種類の異なる負荷(弱,中,強)画像を提示し,呼吸抵抗器(スレッショルドIMT)を用いて画像と一致した各負荷量を被験者に学習させた。なお,各負荷量は呼吸抵抗器の負荷なしを弱負荷,吸気筋力測定により算出した最大吸気圧の15%を中負荷,最大吸気圧の30%を強負荷とした。その後,PC画面上に提示された画像と呼吸抵抗器の負荷が一致する条件,提示された画像と呼吸抵抗器の負荷が一致しない条件の計3条件を弱,中,強の各負荷量でランダムに実施した(計9条件)。各条件のプロトコルは安静20秒-課題30秒-安静20秒とし,課題実施中の呼吸困難感をBorg scale,脳活動をfunctional near-infrared spectroscopy(fNIRS;FOIRE3000,島津製作所),そして,交感神経活動をアクティブトレーサーを用い計測した。また,課題前後の血圧,脈拍,酸素飽和度も計測した。fNIRSは前頭前野を覆うようにフォルダを装着した。脳活動の指標は,酸素化ヘモグロビン(oxyHb)とし,各条件におけるeffect sizeを算出した。交感神経活動のパラメータは,RR間隔の周波数解析によって得られた低周波成分を高周波成分で除した値とした。自覚症状の変化は,反復測定二元配置分散分析を行い,post hoc testとしてBonferroni法を用いて統計処理した。脳活動および交感神経活動は,Friedmanの検定にて有意差を認めた条件に対してWilcoxonの符号順位検定を行った。また,自覚症状と脳活動の相関関係はSpearmanの順位相関係数を用いて統計処理した。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮・説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言を遵守して実施した。対象者に対して本研究の目的と内容,利益とリスク,個人情報の保護および参加の拒否と撤回について説明した後,参加に対して自筆による署名を得た。なお,本研究は所属機関の研究倫理委員会の承認を得て実施した(H24-30)。
【結果】
課題前後の血圧,脈拍,酸素飽和度の値はいずれも有意差を認めなかった。自覚症状に関しては,予測した負荷と実際の負荷の間に交互作用を認め(F=37.4,p<0.01),弱い呼吸困難感を予測した際に実際の負荷が強い条件で有意に増加した(p<0.01)。他の条件では有意差を認めなかった(p>0.05)。脳活動に関しては,弱い呼吸困難感を予測した際に実際の負荷が強い条件で右内側前頭前野のoxyHb値が有意に増加した(p<0.01)。また,oxyHb値と自覚症状との間に正の相関を認めた(r=0.60,p<0.05)。交感神経活動に関しては,弱い呼吸困難感を予測した際に実際の負荷が強い条件で増加傾向を認めた(p=0.07)。
【考察】
課題前後の血圧,脈拍,酸素飽和度の値に有意差を認めなかったことから,oxyHb値の変化は予測に関する脳活動を反映していることが考えられた。また,弱い呼吸困難感を予測した際に実際の負荷が強い条件で自覚症状ならびに右内側前頭前野のoxyHb値に有意な増加を認めた。呼吸経験に関する情報は,島皮質や帯状回を経て前頭前野に投射され(Leupoldt,2005),さらに右内側前頭前野は不快刺激に関係する(岡本,2008)。このことから,本結果では過去の呼吸困難感により形成された予測情報よりも強い呼吸困難感が,不快な情動を喚起させ右内側前頭前野を活動させたことが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
本研究結果から,予測した呼吸困難感よりも強い負荷量は不快な情動を喚起させ,実際の負荷以上に呼吸困難感を助長させることが示唆された。このことから,臨床では対象者の予測情報よりも強い負荷を与えるのではなく,段階的な負荷に基づき予測情報を構築する必要があることを示唆された。