[0238] 微弱な末梢電気刺激が大脳皮質抑制機構に与える影響
Keywords:脳磁図, 体性感覚誘発磁界, プレパルス抑制
【はじめに,目的】末梢からの求心性感覚情報は,失われた機能の再獲得や中枢神経機能の調整に重要な役割を果たすといわれている。これまで,神経生理学の観点から,末梢神経刺激が大脳皮質へ及ぼす影響は,同一刺激を連続して呈示するpaired-pulse stimulation法などを用いて評価されてきた。一方,我々は,従来瞬目反射を用いて評価されてきたプレパルス抑制(pre-pulse inhibition:以下,PPI)を脳磁図を用いて評価するシステムを確立した(Inui et al. 2012,2013)。これは,一定の聴覚刺激変化直前に微弱な変化を加えることで,刺激変化に対する脳磁場応答の抑制を評価する手法である。PPIに関しては,主に聴覚系における研究が盛んに行われてきたが,体性感覚系においても同様の機構が存在すると推察される。そこで本研究では,paired-pulse stimulation法とPPI評価法を組み合わせることで,体性感覚系における抑制機構の機序解明につながるのではないかと考え,末梢神経刺激に先行した微弱な刺激の呈示が大脳皮質の興奮-抑制機構に与える影響を検討することを目的とした。
【方法】健常成人11名を対象とした。左正中神経に対し,テスト刺激として,感覚閾値(sensory threshold:以下,ST)の2.5倍の強度で電気刺激を与えた際の体性感覚誘発磁場を計測した。その際,先行刺激としてテスト刺激の100ms前にSTの0.9倍,1.1倍,1.5倍および2.5倍の強度の電気刺激を先行させた。なお計測前に,各対象者がSTの0.9倍の刺激は認知できないことを確認した。測定は,「先行刺激のみ」,「テスト刺激のみ」,「先行刺激+テスト刺激」の計9条件とし,刺激間隔は,2.5~3.0秒としてランダムに呈示した。対象者には,測定中,前方のスクリーンに呈示される無声映画を注視し,刺激は無視するように声かけをした。脳磁場計測には,306ch全頭型脳磁計(VectorView,ELEKTA Neuromag社)を使用した。各条件ともに100回以上加算し,「先行刺激+テスト刺激」条件から「先行刺激のみ」条件をひいた差分波形(それぞれ0.9ST,1.1ST,1.5ST,2.5STと表記)を基に,多信号源解析を行った。推定された信号源のうち,刺激対側一次体性感覚野(SI)および両側二次体性感覚野(SII)に関して,潜時ごとに各条件下で比較した。比較には,一元配置分散分析を行い,多重比較検定にはTukey法を使用した。なお本研究では,刺激に対する脳磁場応答を大脳皮質興奮性の指標とし,抑制の指標は「テスト刺激のみ」条件に対する先行刺激による刺激応答の減衰率で評価した。
【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,所属機関の倫理委員会の承認を得て行った。また,対象者には,書面および口答にて本研究の趣旨,意義,および倫理的配慮を説明し,同意を得た。また,本研究で用いた電気刺激および脳磁図の計測はいずれも非侵襲的なものであり,対象者に不利益が生じることはない。
【結果】多信号源解析の結果,ほとんどの対象者で,刺激対側SI(11/11名)およびSII(9/11名)の信号源が推定された。一方,刺激同側SIIの反応は,約半数(6/11名)でのみ推定された。条件別の比較では,2.5STおよび1.5ST条件では,初期のSI成分(N20m-P35m)が有意に減衰した(2.5ST:20.7%,1.5ST:19.1%,p<0.05)が,1.1STおよび0.9ST条件では,減衰の程度はわずかであった(1.1ST:15.2%,0.9ST:6.8%)。一方,S1の後期成分(P60m)および刺激対側SIIでは減衰率が大きく,2.5ST(SI:53.8%,SII:50.7%,p<0.01),1.5ST(SI:35.1%,SII:42.7%,p<0.05)に加えて,1.1ST条件でも有意に減衰した(SI:21.5%,SII:30.4%,p<0.05)。刺激同側SIIに関しても,信号源が推定された対象者は,刺激対側SIIと同様の傾向であった。
【考察】辛うじて認知できる程度の微弱な末梢電気刺激(1.1ST)であっても,大脳皮質活動の抑制に影響を及ぼす結果となり,体性感覚系においても,微弱な先行刺激によって脳活動が抑制されるPPIと同様の抑制機構を有していることが示唆された。一方,認知できない程度の刺激(0.9ST)では,有意な抑制はみられなかった。また,先行刺激による抑制は,認知的機能を反映するとされる後期SI成分およびSIIに大きくみられた。これらの結果は,刺激に対する認知が,大脳皮質抑制機構に影響する可能性を示していると考える。
【理学療法学研究としての意義】末梢からの継続した感覚情報の入力は,脊髄反射の範囲を超えた広範な中枢神経機能の調整に重要な役割を果たすとされている。ゆえに本研究のように,神経生理学の観点から,大脳皮質の興奮-抑制系を評価することには大きな意義がある。また,本研究の知見は,末梢電気刺激施行時に,微弱な先行刺激によって過剰な大脳皮質活動を抑制させるという点においても,臨床応用につながる可能性があると考える。
【方法】健常成人11名を対象とした。左正中神経に対し,テスト刺激として,感覚閾値(sensory threshold:以下,ST)の2.5倍の強度で電気刺激を与えた際の体性感覚誘発磁場を計測した。その際,先行刺激としてテスト刺激の100ms前にSTの0.9倍,1.1倍,1.5倍および2.5倍の強度の電気刺激を先行させた。なお計測前に,各対象者がSTの0.9倍の刺激は認知できないことを確認した。測定は,「先行刺激のみ」,「テスト刺激のみ」,「先行刺激+テスト刺激」の計9条件とし,刺激間隔は,2.5~3.0秒としてランダムに呈示した。対象者には,測定中,前方のスクリーンに呈示される無声映画を注視し,刺激は無視するように声かけをした。脳磁場計測には,306ch全頭型脳磁計(VectorView,ELEKTA Neuromag社)を使用した。各条件ともに100回以上加算し,「先行刺激+テスト刺激」条件から「先行刺激のみ」条件をひいた差分波形(それぞれ0.9ST,1.1ST,1.5ST,2.5STと表記)を基に,多信号源解析を行った。推定された信号源のうち,刺激対側一次体性感覚野(SI)および両側二次体性感覚野(SII)に関して,潜時ごとに各条件下で比較した。比較には,一元配置分散分析を行い,多重比較検定にはTukey法を使用した。なお本研究では,刺激に対する脳磁場応答を大脳皮質興奮性の指標とし,抑制の指標は「テスト刺激のみ」条件に対する先行刺激による刺激応答の減衰率で評価した。
【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,所属機関の倫理委員会の承認を得て行った。また,対象者には,書面および口答にて本研究の趣旨,意義,および倫理的配慮を説明し,同意を得た。また,本研究で用いた電気刺激および脳磁図の計測はいずれも非侵襲的なものであり,対象者に不利益が生じることはない。
【結果】多信号源解析の結果,ほとんどの対象者で,刺激対側SI(11/11名)およびSII(9/11名)の信号源が推定された。一方,刺激同側SIIの反応は,約半数(6/11名)でのみ推定された。条件別の比較では,2.5STおよび1.5ST条件では,初期のSI成分(N20m-P35m)が有意に減衰した(2.5ST:20.7%,1.5ST:19.1%,p<0.05)が,1.1STおよび0.9ST条件では,減衰の程度はわずかであった(1.1ST:15.2%,0.9ST:6.8%)。一方,S1の後期成分(P60m)および刺激対側SIIでは減衰率が大きく,2.5ST(SI:53.8%,SII:50.7%,p<0.01),1.5ST(SI:35.1%,SII:42.7%,p<0.05)に加えて,1.1ST条件でも有意に減衰した(SI:21.5%,SII:30.4%,p<0.05)。刺激同側SIIに関しても,信号源が推定された対象者は,刺激対側SIIと同様の傾向であった。
【考察】辛うじて認知できる程度の微弱な末梢電気刺激(1.1ST)であっても,大脳皮質活動の抑制に影響を及ぼす結果となり,体性感覚系においても,微弱な先行刺激によって脳活動が抑制されるPPIと同様の抑制機構を有していることが示唆された。一方,認知できない程度の刺激(0.9ST)では,有意な抑制はみられなかった。また,先行刺激による抑制は,認知的機能を反映するとされる後期SI成分およびSIIに大きくみられた。これらの結果は,刺激に対する認知が,大脳皮質抑制機構に影響する可能性を示していると考える。
【理学療法学研究としての意義】末梢からの継続した感覚情報の入力は,脊髄反射の範囲を超えた広範な中枢神経機能の調整に重要な役割を果たすとされている。ゆえに本研究のように,神経生理学の観点から,大脳皮質の興奮-抑制系を評価することには大きな意義がある。また,本研究の知見は,末梢電気刺激施行時に,微弱な先行刺激によって過剰な大脳皮質活動を抑制させるという点においても,臨床応用につながる可能性があると考える。