第49回日本理学療法学術大会

Presentation information

発表演題 ポスター » 運動器理学療法 ポスター

骨・関節6

Fri. May 30, 2014 1:30 PM - 2:20 PM ポスター会場 (運動器)

座長:工藤波子(大阪市立大学医学部附属病院リハビリテーション部)

運動器 ポスター

[0282] 人工股関節全置換術後の自動車の運転について

渡邊逸平1, 南塚正光2 (1.富山県立中央病院リハビリテーション科, 2.富山県立高志学園)

Keywords:人工股関節全置換術, 自動車の運転, ブレーキテスト

【はじめに,目的】当院では人工股関節全置換術(以下THA)が年間95例程度行われている。昨今,手術を受ける患者の中には,日常生活において自動車の運転をされる方も少なくない。しかし,当院のクリニカルパスは術後2週間以内での自宅退院が通常であり,自動車の運転に関しては移乗動作の指導のみを行っているのが現状で,運転再開の基準は曖昧である。THA後の患者は,ハンドル操作や判断能力は術前と大きな変化がないと思われ,術後に影響の出る可能性のあるアクセルからブレーキへの踏み替え動作の反応速度を調査することとした。
【方法】竹井機器工業の全身反応測定器を用いた。機器はアクセルに見立てたペダル(以下アクセル)とブレーキに見立てたペダル(以下ブレーキ),赤い光が発光される発光器から成り立っている。乗用車同様の配列で並んだアクセルとブレーキを椅子座位の被験者の足元に設置。ペダルから1mの距離となるように発光器を設置した。テストは,アクセルを踏んでいる状態から開始し,発光器の光に反応してブレーキに踏み替える反応時間を測定するものである(以下ブレーキテスト)。まず参考研究として,特に神経疾患等の既往歴のない健常者76名(年齢34.3±10.7歳,男性16名,女性60名)を測定。その後,THA患者46名(年齢65.3±11.8歳,男性8名,女性38名,術側はみぎ27名,ひだり19名)で測定した。THA患者は特に神経疾患等の既往歴がなく,当院の2週間クリニカルパス適応の患者であって,術前に自動車の運転をしている,と答えた方とした。THA患者においては術前,術後2週の2回の時点で測定。健常者,THA患者いずれもそれぞれ3回測定し,平均値を算出した。算出したデータは対応のあるt検定を用い,比較,検討した。危険率5%未満をもって有意とした。
【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づき,研究内容,個人情報保護対策,研究への同意と撤回について,紙面と口頭にて研究協力者に十分に説明し,同意を得て実施したものである。
【結果】1)健常者は20~30代が0.401±0.063秒,40~50代が0.407±0.070秒と年齢における有意差を認めなかった。2)健常者(0.403±0.065秒)とTHA患者を比較すると,THA術前(0.519±0.256秒),術後2週(0.440±0.114秒)といずれも有意差を認めた。3)THA患者のみぎ側は術前後(術前0.557±0.327秒,術後2週0.454±0.142秒)で有意差がなかった。ひだり側は術前(0.466±0.067秒)に比して術後2週(0.420±0.048)は有意に改善した。4)THA患者のみぎ側・ひだり側の比較では有意差を認めなかった。
【考察】ブレーキテストは視覚からの情報を得て,ペダルを踏み替える反応時間を測定したものであるが,今回の健常者は年齢34.3±10.7歳と比較的若く,大きな年齢差がなかったことから年齢による有意差が出なかったと思われる。それに比して,健常者とTHA患者は年齢差が大きく,動作の速度自体に差があったものと思われる。THA患者の検討では,ひだり側は有意差を認めたものの,みぎ側は有意差を認めなかった。ブレーキ動作はみぎ股関節内転,内旋あるいは,外旋の影響を受けると思われるが,これは被験者によってバラつきがあったため,みぎ側は有意差が出なかったと思われる。それに対してひだり股関節は固定側であり,被験者によって動作のバラつきが少ないことから,疼痛や筋出力等の回復の影響を受け易かったのだと考えられる。一方でみぎとひだりを比較すると,有意差は認めなかったことから,ブレーキ動作は股関節の動きが少なく疼痛を誘発することが少ないものと思われる。今回の研究では,術前自動車の運転をしていたTHA患者は,ブレーキ動作に関しては,術前より反応時間が悪化しないことがわかった。これは,THAを受けたからといって,退院後も術前できていた運転ができなくなることはないという可能性が示唆された。今後はブレーキ動作時の関節の動き等を詳細に評価し,動作習慣が反応時間にどのような影響を受けるか調査していきたい。今回は特に既往歴のない被験者での測定であったが,高齢化社会においては高齢のドライバーが多く存在する。自動車の運転は複合的な動作のため,臨床では運転を許可する際は下肢・体幹の要素以外も慎重に見極める必要がある。
【理学療法学研究としての意義】臨床の場面では,患者から術後運転してもいいか,という質問を受けることが少なくない。しかし,自動車の運転に関しての文献は少ないのが現状である。本研究は,THA患者の自動車の運転に影響を及ぼす可能性があると思われるアクセルからブレーキへの踏み替えの反応時間を測定したものである。THA患者は,退院後も術前同様に運転ができることを客観的に示す一つのデータとして有用であると考える。