[0358] 地域在住高齢者における歩行周期変動と心拍数変化について
キーワード:地域在住高齢者, 転倒予防, 高次脳機能
【目的】高齢者の転倒は下肢筋力評価の寄与率が高いとされるが,近年では筋力だけではなく,環境やバランス,反応時間,生活活動範囲などの複合的評価が有用とする報告がある(新村,2006)。我々は高齢者の転倒に関して,外界刺激に対する適応や判断といった高次脳機能評価が必要であると示唆している。高齢者の転倒について,歩行周期の変動増大は転倒リスクを予測し(Maki,1997),この変動に関しては歩行周期時間の変動係数が有用とされる(Hausdroff,2005)。これらの研究は転倒経験の有無において比較しているが,実際の転倒を誘発した検討ではない。そこで,本研究は,高次脳機能が関与する課題を歩行中に実施することで転倒要因を誘発し,その際の歩行周期と心拍数から地域在住高齢者の転倒と高次脳機能について検討した。
【方法】対象者は認知症および直近半年の転倒経験がない一次予防事業対象者(健常高齢者)13名(72.0±4.3歳,身長159.9±9.1cm,体重57.1±10.1kg)である。転倒経験はGibsonの定義である「自分の意思からではなく,地面またはより低い場所に足底以外の身体の一部が接触すること」とした。歩行は床反力計内蔵トレッドミルにて,7分30秒間継続して実施した。トレッドミル歩行に慣れる目的で開始から2分間実施し,直後から30秒間の歩行における心拍数データをベースラインとして抽出した。そして,課題遂行歩行,通常歩行の順で実施した。高次脳機能が関与する課題は暗算テスト(暗算-T),ストループカラーワードテスト(ストループ-T)を用いた。この課題は対象者の視線のモニター上に提示されるように設定した。歩行速度は至適歩行速度とした。歩行周期変動はstride length,stride time,cadenceの変動係数(CV)を算出し,心拍数変化率はベースラインの心拍数に対し課題遂行歩行および通常歩行の心拍数の変化率を算出した。統計学的分析は各歩行パラメータのCVおよび心拍数変化率について,課題遂行歩行と通常歩行を対応のあるt検定を用いて比較した。統計的な有意水準はp<0.05とした。
【倫理的配慮,説明と同意】対象者には,本研究の目的,測定内容などを文章および口頭によって説明し,書面での研究参加の同意を得た。本研究は中部学院大学倫理委員会の承認を得て実施した。
【結果】至適歩行速度は3.2±0.7km/hであり,心拍数変化率は通常歩行に対して暗算-T歩行とストループ-T歩行は有意に高値を示した(p<0.001)。歩行周期変動は通常歩行に対して暗算-T歩行はstride length,stride time,cadenceでCVが有意に高く(p<0.05),ストループ-T歩行はstride length,stride timeでCVが有意に高値を示した(p<0.01)。
【考察】暗算-T歩行とストループ-T歩行は有意な心拍数増加が見られ,課題遂行により精神負荷が生じたことを示唆した。つまり,高齢者の転倒要因のひとつにある「焦り」や「不安」を想起させた。stride length,stride time,cadenceのCVが通常歩行より高値を示したことは,高次脳機能が歩行パターンに影響を与えたことを示す。歩行周期のCVに関する先行研究では陸上歩行で4%,トレッドミル歩行で2%程度と報告している(政二,1995)。高齢者の歩行周期変動時間は2.1~3.2%であり(Gabell,1984.Owing,2004),転倒経験者は3.8±2.1%である(Hausdroff,2001)。本研究の対象者は非転倒経験高齢者かつトレッドミル歩行であるため,CVは先行研究よりも低値を示した。stride timeのCVは通常歩行:1.6±0.5%に対して暗算-T歩行:1.9±0.7%,通常歩行:1.3±0.4%に対してストループ-T:2.0±0.6%であった。つまり,課題遂行歩行は周期性のある歩行に乱れを生じさせた。高齢者は加齢により注意の分配を制御しにくくなり(Hasher,1988),情報処理速度低下から注意制御に制限をきたす(Salthouse,1996)。歩行は中脳以下の中枢パターン発生器の制御下での定常化や皮質脊髄路によって歩行は制御されるが,課題遂行歩行はこの各制御に干渉を生じさせたと推測できる。このような影響下において日常生活場面では歩行速度の遅延や立ち止まりによって転倒を未然に防ぐ適応反応を示す。しかし,本研究はトレッドミルによって歩行が強制されていることで,歩数や歩幅の調整による適応反応を示し,その結果CV増大を生じさせたと考える。よって転倒予防として高次脳機能に関与する課題を歩行中に行った際にCVが著しく増加する場合は転倒を予期できると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】高齢者の転倒要因には外界刺激に対する適応や判断といった高次脳機能が関与する。よって,運動機能のみで転倒予防を講じるのではなく,高次脳機能の向上プログラムと併用しながら行うことは転倒マネージメントの一助になると思われる。
【方法】対象者は認知症および直近半年の転倒経験がない一次予防事業対象者(健常高齢者)13名(72.0±4.3歳,身長159.9±9.1cm,体重57.1±10.1kg)である。転倒経験はGibsonの定義である「自分の意思からではなく,地面またはより低い場所に足底以外の身体の一部が接触すること」とした。歩行は床反力計内蔵トレッドミルにて,7分30秒間継続して実施した。トレッドミル歩行に慣れる目的で開始から2分間実施し,直後から30秒間の歩行における心拍数データをベースラインとして抽出した。そして,課題遂行歩行,通常歩行の順で実施した。高次脳機能が関与する課題は暗算テスト(暗算-T),ストループカラーワードテスト(ストループ-T)を用いた。この課題は対象者の視線のモニター上に提示されるように設定した。歩行速度は至適歩行速度とした。歩行周期変動はstride length,stride time,cadenceの変動係数(CV)を算出し,心拍数変化率はベースラインの心拍数に対し課題遂行歩行および通常歩行の心拍数の変化率を算出した。統計学的分析は各歩行パラメータのCVおよび心拍数変化率について,課題遂行歩行と通常歩行を対応のあるt検定を用いて比較した。統計的な有意水準はp<0.05とした。
【倫理的配慮,説明と同意】対象者には,本研究の目的,測定内容などを文章および口頭によって説明し,書面での研究参加の同意を得た。本研究は中部学院大学倫理委員会の承認を得て実施した。
【結果】至適歩行速度は3.2±0.7km/hであり,心拍数変化率は通常歩行に対して暗算-T歩行とストループ-T歩行は有意に高値を示した(p<0.001)。歩行周期変動は通常歩行に対して暗算-T歩行はstride length,stride time,cadenceでCVが有意に高く(p<0.05),ストループ-T歩行はstride length,stride timeでCVが有意に高値を示した(p<0.01)。
【考察】暗算-T歩行とストループ-T歩行は有意な心拍数増加が見られ,課題遂行により精神負荷が生じたことを示唆した。つまり,高齢者の転倒要因のひとつにある「焦り」や「不安」を想起させた。stride length,stride time,cadenceのCVが通常歩行より高値を示したことは,高次脳機能が歩行パターンに影響を与えたことを示す。歩行周期のCVに関する先行研究では陸上歩行で4%,トレッドミル歩行で2%程度と報告している(政二,1995)。高齢者の歩行周期変動時間は2.1~3.2%であり(Gabell,1984.Owing,2004),転倒経験者は3.8±2.1%である(Hausdroff,2001)。本研究の対象者は非転倒経験高齢者かつトレッドミル歩行であるため,CVは先行研究よりも低値を示した。stride timeのCVは通常歩行:1.6±0.5%に対して暗算-T歩行:1.9±0.7%,通常歩行:1.3±0.4%に対してストループ-T:2.0±0.6%であった。つまり,課題遂行歩行は周期性のある歩行に乱れを生じさせた。高齢者は加齢により注意の分配を制御しにくくなり(Hasher,1988),情報処理速度低下から注意制御に制限をきたす(Salthouse,1996)。歩行は中脳以下の中枢パターン発生器の制御下での定常化や皮質脊髄路によって歩行は制御されるが,課題遂行歩行はこの各制御に干渉を生じさせたと推測できる。このような影響下において日常生活場面では歩行速度の遅延や立ち止まりによって転倒を未然に防ぐ適応反応を示す。しかし,本研究はトレッドミルによって歩行が強制されていることで,歩数や歩幅の調整による適応反応を示し,その結果CV増大を生じさせたと考える。よって転倒予防として高次脳機能に関与する課題を歩行中に行った際にCVが著しく増加する場合は転倒を予期できると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】高齢者の転倒要因には外界刺激に対する適応や判断といった高次脳機能が関与する。よって,運動機能のみで転倒予防を講じるのではなく,高次脳機能の向上プログラムと併用しながら行うことは転倒マネージメントの一助になると思われる。