[0388] 注意障害を伴う半側空間無視症例における到達運動と眼球運動の経時的変化
キーワード:半側空間無視, 到達運動, 眼球運動
【目的】半側空間無視(以下,USN)は,注意障害を伴うことが多く,両者は日常生活の阻害因子として挙げられる。菅原ら(2010)は,USNと注意障害を考慮した課題として全般性注意課題の有用性を述べている。しかし,USNと注意障害が互いにどのような関係性で改善していくのか検証した報告は少ない。本報告は,USNと注意障害を合併した1症例に対して到達運動と眼球運動における視空間処理を経時的に分析することで視空間認識の変化について検証した。
【方法】症例は,右中大脳動脈領域の脳梗塞により前頭葉,側頭葉,頭頂葉を含む広範な損傷をきたし,発症から6週間が経過した40歳代男性である。運動麻痺は,Brunnstrom stage上肢II,手指II,下肢IIIで,感覚は表在,深部ともに重度鈍麻であった。高次脳機能検査では,Trail making test(以下,TMT)Aにおいて,6週目,13週目は実施困難,21週目は287秒であり注意障害を認めた。BIT行動性無視検査(以下,BIT)は,通常検査において,6週目40点,13週目73点,21週目121点でありUSNを認めた。視空間処理の評価には,河島ら(2012)によって考案,開発されたアイトラッカー内蔵型タッチパネルPC(Tobii社製)を用いた。PC画面上には,35個(縦7列,横5行)のオブジェクトが等間隔に配置され,ランダムな順序で5秒間点滅する。点滅するオブジェクトに対し,手指にて接触または0.5秒間注視することで点滅を解除することが可能であり,点滅開始から解除までの時間と点滅解除の可否,眼球運動の軌跡を記録することが可能である。本報告では,症例にPCの正面に座位姿勢をとり,点滅するオブジェクトに対して右示指を用いて接触(以下,課題1)または注視(以下,課題2)し,点滅を解除する課題を経時的に実施した。視空間処理の分析には,点滅解除までの時間,点滅解除の可否,課題2における眼球運動の軌跡を用いて検討した。軌跡中心は,中央オブジェクト位置を0cmとし,左端オブジェクトを-13cm,右端オブジェクトを13cmとした範囲で表した。
【説明と同意】本研究は,村田病院臨床研究倫理審査委員会の公認を得て,症例に対して十分な説明を行い,書面にて同意を得て実施した。
【結果】課題1の経過:6週目は,画面左側空間(以下,Lt)のオブジェクトは全て抹消困難であり,右側空間(以下,Rt)は15個中13個抹消可能であった。Rtにおける反応時間は,平均2.64秒であった。13週目は,Ltは1個のみ抹消可能であり,Rtは13個と抹消数に変化は認められないが,Rtの反応時間は1.58秒となり短縮を認めた。21週目は,Ltが9個,Rtは全て抹消可能となり,Rtの反応時間は1.18秒と,更に反応時間の短縮を認めた。課題2の経過:6週目は,Ltの抹消は困難であり,軌跡中心も5.7cmでRtに偏位していた。Rtは9個抹消可能であった。13週目も,Ltの抹消は困難であり,軌跡中心も9.3cmでRtに偏位していた。Rtは6個抹消可能であった。21週目は,Ltは4個抹消可能となり,軌跡中心は5cmとなった。Rtは8個抹消可能であった。Rtの反応時間は,6週目で3.15秒,13週目で3.81秒,21週目で3.47秒であり,反応時間の短縮は認められなかった。
【考察】本症例の経過から,課題1にて,Rtの反応時間の短縮の後にLtの拡大が認められた。TMT(A)は,経過とともに遂行可能となっており,注意の持続や選択性注意の改善が推察される。また,課題2では,反応時間の短縮は得られていないがLtの抹消が認められた。よって,本症例のUSNが,経過に伴って改善傾向にあることが推察される。以上のことから,前頭葉―頭頂葉の広範な損傷によりUSNと注意障害を認める場合では,注意障害の改善がLtの拡大に影響を与えている可能性が示唆された。一方,課題1と課題2を比較すると,抹消数に解離が生じた。課題1では,周辺視野にて到達運動の開始が可能(井口ら1996)であるために,Ltの拡大が得られた可能性が挙げられる。課題2では,点滅解除に0.5秒間の注視が要求されるため,眼球運動の維持や注意の持続といった負荷がRtで起こることで,次の刺激への運動あるいは注意の解放を困難にしている可能性が考えられた。この点については今後の更なる検証が必要と考えられた。
【理学療法学研究としての意義】今後も,USNを呈する様々な症例に対して視線計測と行動計測を経時的に行うことで,USNの視空間処理の特徴や,回復経過,注意障害との関連を明らかにすることができ,USNに対する効果的なリハビリテーションを立案する上での有用な手がかりとなる可能性が示唆された。
【方法】症例は,右中大脳動脈領域の脳梗塞により前頭葉,側頭葉,頭頂葉を含む広範な損傷をきたし,発症から6週間が経過した40歳代男性である。運動麻痺は,Brunnstrom stage上肢II,手指II,下肢IIIで,感覚は表在,深部ともに重度鈍麻であった。高次脳機能検査では,Trail making test(以下,TMT)Aにおいて,6週目,13週目は実施困難,21週目は287秒であり注意障害を認めた。BIT行動性無視検査(以下,BIT)は,通常検査において,6週目40点,13週目73点,21週目121点でありUSNを認めた。視空間処理の評価には,河島ら(2012)によって考案,開発されたアイトラッカー内蔵型タッチパネルPC(Tobii社製)を用いた。PC画面上には,35個(縦7列,横5行)のオブジェクトが等間隔に配置され,ランダムな順序で5秒間点滅する。点滅するオブジェクトに対し,手指にて接触または0.5秒間注視することで点滅を解除することが可能であり,点滅開始から解除までの時間と点滅解除の可否,眼球運動の軌跡を記録することが可能である。本報告では,症例にPCの正面に座位姿勢をとり,点滅するオブジェクトに対して右示指を用いて接触(以下,課題1)または注視(以下,課題2)し,点滅を解除する課題を経時的に実施した。視空間処理の分析には,点滅解除までの時間,点滅解除の可否,課題2における眼球運動の軌跡を用いて検討した。軌跡中心は,中央オブジェクト位置を0cmとし,左端オブジェクトを-13cm,右端オブジェクトを13cmとした範囲で表した。
【説明と同意】本研究は,村田病院臨床研究倫理審査委員会の公認を得て,症例に対して十分な説明を行い,書面にて同意を得て実施した。
【結果】課題1の経過:6週目は,画面左側空間(以下,Lt)のオブジェクトは全て抹消困難であり,右側空間(以下,Rt)は15個中13個抹消可能であった。Rtにおける反応時間は,平均2.64秒であった。13週目は,Ltは1個のみ抹消可能であり,Rtは13個と抹消数に変化は認められないが,Rtの反応時間は1.58秒となり短縮を認めた。21週目は,Ltが9個,Rtは全て抹消可能となり,Rtの反応時間は1.18秒と,更に反応時間の短縮を認めた。課題2の経過:6週目は,Ltの抹消は困難であり,軌跡中心も5.7cmでRtに偏位していた。Rtは9個抹消可能であった。13週目も,Ltの抹消は困難であり,軌跡中心も9.3cmでRtに偏位していた。Rtは6個抹消可能であった。21週目は,Ltは4個抹消可能となり,軌跡中心は5cmとなった。Rtは8個抹消可能であった。Rtの反応時間は,6週目で3.15秒,13週目で3.81秒,21週目で3.47秒であり,反応時間の短縮は認められなかった。
【考察】本症例の経過から,課題1にて,Rtの反応時間の短縮の後にLtの拡大が認められた。TMT(A)は,経過とともに遂行可能となっており,注意の持続や選択性注意の改善が推察される。また,課題2では,反応時間の短縮は得られていないがLtの抹消が認められた。よって,本症例のUSNが,経過に伴って改善傾向にあることが推察される。以上のことから,前頭葉―頭頂葉の広範な損傷によりUSNと注意障害を認める場合では,注意障害の改善がLtの拡大に影響を与えている可能性が示唆された。一方,課題1と課題2を比較すると,抹消数に解離が生じた。課題1では,周辺視野にて到達運動の開始が可能(井口ら1996)であるために,Ltの拡大が得られた可能性が挙げられる。課題2では,点滅解除に0.5秒間の注視が要求されるため,眼球運動の維持や注意の持続といった負荷がRtで起こることで,次の刺激への運動あるいは注意の解放を困難にしている可能性が考えられた。この点については今後の更なる検証が必要と考えられた。
【理学療法学研究としての意義】今後も,USNを呈する様々な症例に対して視線計測と行動計測を経時的に行うことで,USNの視空間処理の特徴や,回復経過,注意障害との関連を明らかにすることができ,USNに対する効果的なリハビリテーションを立案する上での有用な手がかりとなる可能性が示唆された。