第49回日本理学療法学術大会

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運動制御・運動学習

2014年5月30日(金) 15:20 〜 17:05 第3会場 (3F 301)

座長:坂本年将(神戸学院大学総合リハビリテーション学部理学療法学専攻), 金子文成(北海道公立大学法人札幌医科大学保健医療学部理学療法学科)

基礎 セレクション

[0391] 視覚的身体像に対する不快情動が疼痛閾値に与える影響

大住倫弘1,2, 今井亮太1, 中野英樹1, 森岡周1 (1.畿央大学大学院健康科学研究科神経リハビリテーション学研究室, 2.摂南総合病院認知神経リハビリテーションセンター)

キーワード:疼痛, ボディイメージ, 視覚情報

【はじめに,目的】
近年,バーチャルリアリティシステムや特殊レンズなどを用いて,視覚的身体像の大きさ・形態・色などを操作し,疼痛を軽減させるリハビリテーションアプローチが報告されてきている(Moseley 2008, Newport 2011, Martini 2013)。しかしながら,このような視覚的身体像を操作するアプローチの効果は,対象者によってばらつきが多いのが現状である。このようなアプローチの効果を高めるためには,効果のばらつきを生じさせる原因を調査することが必要である。そこで今回は,視覚的身体像を操作することによって生じる「不快情動」に着目し,視覚的身体像に対するどのような不快情動が痛みを増悪させるのかを調査した。
【方法】
対象は健常者13名(男性2名,女性11名,平均年齢20.69±0.63歳)とした。本研究では,被験者に視覚的身体像に対する不快情動を惹起させるために「ラバーハンド錯覚」の手法を応用して行った。ラバーハンド錯覚とは,隠された本物の手と目の前にあるラバーで作られた偽物の手が同時に刺激されると,偽物の手が自分の手であると感じるようになるといった身体所有感の錯覚現象である(Botvinick & Cohen, 1998)。
今回は痛みに関連した不快情動を惹起させるものとして「傷のついたラバーハンド(a)」,社会的容認の逸脱による不快情動を惹起させるものとして「毛深いラバーハンド(b)」,身体概念の逸脱による不快情動を惹起させるものとして「腕がねじれているラバーハンド(c)」を使用した。なお,不快情動が惹起されないコントロール条件として「通常のラバーハンド(d)」を使用した。まずは各条件におけるラバーハンドに対して身体所有感の錯覚を生じさせるために,ラバーハンドと隠された本物の被験者の手に対して,絵筆を用いて5分間同時に触刺激を与えた。その後,ラバーハンドに対しての身体所有感の錯覚を客観的に評価するために,自己受容感覚ドリフトを測定した。これは,錯覚前後における隠された本物の手の主観的定位位置のずれのことであり,錯覚後に主観的定位位置がラバーハンドの置かれた位置へずれる大きさが大きいほど強く錯覚していることを表す(Tsakiris & Haggard, 2005)。また,各ラバーハンド錯覚による不快情動をNumeric Rating Scale(NRS)を用いて評価した。
その後,被験者に身体所有感の錯覚が生じているラバーハンドを見せながら,隠された本物の手の疼痛閾値を測定した。疼痛閾値は痛覚計(ユニークメディカル社製,UDH-105)により与えられる温熱刺激を用いて測定した。疼痛閾値には4回測定した値の平均を算出した値を用いた。なお,各条件の順序効果による影響を除外するためにランダムに行った。
各条件における錯覚強度・不快情動・疼痛閾値の比較については,それぞれ一元配置分散分析(後検定にTukeyの多重比較法)を用いて統計処理した。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
対象者には本研究の趣意を十分に説明し,同意を得た。なお,本研究は所属する大学の研究倫理委員会にて承認を得ている(承認番号H24-19)。
【結果】
自己受容感覚ドリフトは,条件(a)で1.11±0.83cm,条件(b)で1.30±1.83cm,条件(c)で1.05±1.26cm,条件(d)で1.26±0.93cm生じており,各条件とも有意差は認められなかった。不快情動は,条件(c)・(d)と比較して,条件(a)・(b)で有意に大きかった(p<0.05)。疼痛閾値は,条件(a)が条件(b)・(c)・(d)よりも有意に低かった(p<0.05)。
【考察】
自己受容感覚ドリフトの結果から,各条件とも同等に身体所有感の錯覚が生じていたことが示された。また本実験では,傷のついたラバーハンド・毛深いラバーハンドにおいて不快情動が惹起されることが確認された。しかしながら,疼痛閾値が低下した条件は,痛みを想起するような傷のついたラバーハンドのみであった。疼痛の感覚的側面は,その時々の文脈や情動的側面によっても変化することが様々な実験手法で明らかにされている(Hofle 2010)。今回,傷のついたラバーハンドに身体所有感の錯覚が生じることによって疼痛に関連した不快情動が生じたことが,疼痛の感覚的側面に影響を与え,疼痛閾値を低下させたと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
視覚的身体像を操作する視覚フィードバックシステムによる理学療法アプローチは,対象者の情動的側面を考慮して実施しなければ疼痛を増悪させてしまう危険性を本研究結果は示唆した。