[0392] 異なる運動範囲の他動運動が脳磁界反応に及ぼす影響
キーワード:他動運動, 運動範囲, 脳磁図
【はじめに,目的】
他動運動は運動療法の中でも実施頻度が高く,これまでも多くの研究が行われてきた。近年では非侵襲的脳活動計測機器の進歩により,機能的磁気共鳴画像や陽電子放射断層撮影を用いて他動運動時の脳活動が計測されている。非侵襲的脳活動計測機器の一つである脳磁界計測装置(MEG)を用いて他動運動時の大脳皮質活動を計測すると,関節運動後に3つのピーク(PM1,PM2,PM3)を示す波形が観察される(Alary F et al, 2001)。我々はこれまでにMEGを用いて他動運動時の大脳皮質活動の計測を行い,他動運動直後に観察されるPM1の電流発生源は一次運動野の活動であること,また他動運動後80 msから100 msに観察されるPM2の電流発生源は頭頂連合野や二次体性感覚野の活動であることを明らかにした(Onishi H et al, 2013)。しかし,他動運動開始後に得られる波形の後半成分であるPM3は不明瞭であることが多く,その発生要因については未だ明らかになっていない。そこで,本実験では他動運動時の関節運動範囲がPM3に及ぼす影響を調査することを目的とした。
【方法】
被験者は健常成人男性9名(27.0±8.9歳)とし,使用機器は306チャネル全頭型MEG装置を用い,運動課題は2条件の運動範囲を設定した右示指伸展他動運動とした。示指伸展他動運動には運動範囲および運動スピードが設定可能な自動制御付き他動運動装置を用いた。測定はMEGシールドルーム内で安静座位を取り,右手指伸展位で手掌面を台上に置いた肢位とした。また示指先端にLEDセンサーを設置し,関節運動開始を感知した。他動運動速度は300 mm/secとし,運動範囲は示指伸展拳上範囲が50mmであるNormal range条件(NR)と,示指伸展拳上範囲が25 mmであるSmall range条件(SR)を設定した。他動運動により得られた脳磁界反応の解析は関節運動開始を加算平均のトリガーとし,解析区間は関節運動開始前100 msecから関節運動開始後400 msecまでとした。加算回数は40回から50回とし,Baselineは関節運動開始前500 msから300 ms,フィルターは0.2 Hzから60 Hzのバンドパスを用いた。解析対象は得られた波形の各成分のpeak潜時と振幅値とした。統計処理はデータに正規性が認められたため,対応のあるT検定を用い有意水準を5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は我々が所属する機関の倫理員会の承認を得ており,被験者には実験内容を十分に説明し,書面により同意を得た。
【結果】
両運動条件において全被験者で他動運動後にPM1,PM2,PM3が観察された。PM1およびPM2のピーク潜時は両運動条件間で有意な差は認められなかった。PM3のピーク潜時においてはSR条件がNR条件に比べ有意に短縮した(NR,135.8±18.3 ms;SR,120.6±21.3 ms,p=0.028)。各波形成分の振幅値はPM1およびPM2においては両運動条件間で有意な差は認められなかったが,PM3においてはSR条件(70.6±9.0 fT/cm)がNR条件(43.3±5.9 fT/cm)に比べ有意に増大した(p=0.035)。
【考察】
本研究の結果より,他動運動時の運動範囲を狭くすると他動運動直後130 ms付近で観察されるPM3のピーク潜時が短縮し,振幅値が増大することが明らかになった。先行研究において,他動運動開始直後の一次運動野の活動は,拮抗筋の筋紡錘からの求心性入力によって生じ,他動運動後約200 msまで継続することが報告されている。SR条件ではNR条件に比較し拮抗筋の伸張度合いが少ないため,筋紡錘からの求心性入力が減少することにより一次運動野の活動時間が短縮し,皮膚や腱など筋紡錘以外の感覚入力が反映されやすくなり,PM3の振幅値が増大したのではないかと考えられる。PM 1およびPM 2においては他動運動範囲に関わらずピーク潜時および振幅値に有意な差は認められなかった。先行研究において,PM1は示指伸展時に拮抗筋の筋長が変化し,その求心性入力が3a野または2野へ到達し,その後一次運動野へ至った際の反応であると考えられている。またPM2は他動運動時の感覚入力によって生じる補足運動野と後頭頂皮質の活動を反映していることが報告されている。本研究においては,運動範囲は異なるものの運動スピードが同一であったことから,関節運動直後の拮抗筋の伸張が同程度であった可能性が考えられ,運動範囲に関わらずPM1とPM2のピーク潜時および振幅値に変化が認められなかったと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
他動運動は理学療法において日常的に用いられる運動療法のひとつである。その他動運動時の大脳皮質活動の経時的変化を捉えた本研究は,他動運動を実施する際の科学的根拠の一要因になりうると考えられる。
他動運動は運動療法の中でも実施頻度が高く,これまでも多くの研究が行われてきた。近年では非侵襲的脳活動計測機器の進歩により,機能的磁気共鳴画像や陽電子放射断層撮影を用いて他動運動時の脳活動が計測されている。非侵襲的脳活動計測機器の一つである脳磁界計測装置(MEG)を用いて他動運動時の大脳皮質活動を計測すると,関節運動後に3つのピーク(PM1,PM2,PM3)を示す波形が観察される(Alary F et al, 2001)。我々はこれまでにMEGを用いて他動運動時の大脳皮質活動の計測を行い,他動運動直後に観察されるPM1の電流発生源は一次運動野の活動であること,また他動運動後80 msから100 msに観察されるPM2の電流発生源は頭頂連合野や二次体性感覚野の活動であることを明らかにした(Onishi H et al, 2013)。しかし,他動運動開始後に得られる波形の後半成分であるPM3は不明瞭であることが多く,その発生要因については未だ明らかになっていない。そこで,本実験では他動運動時の関節運動範囲がPM3に及ぼす影響を調査することを目的とした。
【方法】
被験者は健常成人男性9名(27.0±8.9歳)とし,使用機器は306チャネル全頭型MEG装置を用い,運動課題は2条件の運動範囲を設定した右示指伸展他動運動とした。示指伸展他動運動には運動範囲および運動スピードが設定可能な自動制御付き他動運動装置を用いた。測定はMEGシールドルーム内で安静座位を取り,右手指伸展位で手掌面を台上に置いた肢位とした。また示指先端にLEDセンサーを設置し,関節運動開始を感知した。他動運動速度は300 mm/secとし,運動範囲は示指伸展拳上範囲が50mmであるNormal range条件(NR)と,示指伸展拳上範囲が25 mmであるSmall range条件(SR)を設定した。他動運動により得られた脳磁界反応の解析は関節運動開始を加算平均のトリガーとし,解析区間は関節運動開始前100 msecから関節運動開始後400 msecまでとした。加算回数は40回から50回とし,Baselineは関節運動開始前500 msから300 ms,フィルターは0.2 Hzから60 Hzのバンドパスを用いた。解析対象は得られた波形の各成分のpeak潜時と振幅値とした。統計処理はデータに正規性が認められたため,対応のあるT検定を用い有意水準を5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は我々が所属する機関の倫理員会の承認を得ており,被験者には実験内容を十分に説明し,書面により同意を得た。
【結果】
両運動条件において全被験者で他動運動後にPM1,PM2,PM3が観察された。PM1およびPM2のピーク潜時は両運動条件間で有意な差は認められなかった。PM3のピーク潜時においてはSR条件がNR条件に比べ有意に短縮した(NR,135.8±18.3 ms;SR,120.6±21.3 ms,p=0.028)。各波形成分の振幅値はPM1およびPM2においては両運動条件間で有意な差は認められなかったが,PM3においてはSR条件(70.6±9.0 fT/cm)がNR条件(43.3±5.9 fT/cm)に比べ有意に増大した(p=0.035)。
【考察】
本研究の結果より,他動運動時の運動範囲を狭くすると他動運動直後130 ms付近で観察されるPM3のピーク潜時が短縮し,振幅値が増大することが明らかになった。先行研究において,他動運動開始直後の一次運動野の活動は,拮抗筋の筋紡錘からの求心性入力によって生じ,他動運動後約200 msまで継続することが報告されている。SR条件ではNR条件に比較し拮抗筋の伸張度合いが少ないため,筋紡錘からの求心性入力が減少することにより一次運動野の活動時間が短縮し,皮膚や腱など筋紡錘以外の感覚入力が反映されやすくなり,PM3の振幅値が増大したのではないかと考えられる。PM 1およびPM 2においては他動運動範囲に関わらずピーク潜時および振幅値に有意な差は認められなかった。先行研究において,PM1は示指伸展時に拮抗筋の筋長が変化し,その求心性入力が3a野または2野へ到達し,その後一次運動野へ至った際の反応であると考えられている。またPM2は他動運動時の感覚入力によって生じる補足運動野と後頭頂皮質の活動を反映していることが報告されている。本研究においては,運動範囲は異なるものの運動スピードが同一であったことから,関節運動直後の拮抗筋の伸張が同程度であった可能性が考えられ,運動範囲に関わらずPM1とPM2のピーク潜時および振幅値に変化が認められなかったと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
他動運動は理学療法において日常的に用いられる運動療法のひとつである。その他動運動時の大脳皮質活動の経時的変化を捉えた本研究は,他動運動を実施する際の科学的根拠の一要因になりうると考えられる。