[0393] self-touchとother-touchにおけるラバーハンド錯覚の相違と身体所有感時の脳活動
キーワード:self-touch, ラバーハンド錯覚, 身体所有感
【はじめに,目的】
【目的】self-touch(以下ST)とは,自己の身体部位で他の身体部位に触れる経験であり,other-touch(以下OT)とは他人に自己の身体部位を触れられる経験である。脳卒中患者において,OTによる触覚刺激は知覚困難であっても,STでは知覚可能となる症例が多数報告されている(Valentini 2008)。また,身体所有感を損失している右半球損傷患者において,STの方が身体所有感を得られやすいという報告もある(Stralen 2011)。しかしながら,このような現象を支持するメカニズムを調査した報告はない。近年,身体所有感の生起プロセスの調査を行う実験的手法としてラバーハンド錯覚(以下RHI)が有用であるとされている。RHIとは,隠された本物の手と偽者の手(ゴム手)が同時に刺激されると,ゴム手が自分の手のように感じる(ゴム手に身体所有感を感じる)錯覚のことである。そこで今回,このラバーハンド錯覚を用いて,STによる身体所有感の錯覚時の脳活動を明らかにすることを目的とした。
【方法】対象は右利き健常大学生20名とした。①ST,②self rubber hand illusion(以下SRHI),③OT,④other rubber hand illusion(以下ORHI:通常のRHI)の4条件を全被験者で実施した。順序による影響を防ぐため(①→②),(③→④)の2試行を被検者毎にランダムに施行した。また,絵筆を使用し,メトロノームのテンポ(1Hz)に合わせて左母指に触覚刺激を与えた。時間は,安静10秒-課題40秒-安静10秒を3回連続して行った。条件②では,本物の手には検査者が触覚刺激を与え,ゴム手には被験者が触覚刺激を与えた。錯覚の主観的評価として条件②,④後に錯覚質問紙(身体所有感の錯覚の程度)に回答させ,7段階評価(上昇系列で強)で行い,ウィルコクソンの符号順位和検定を用いて統計処理した。錯覚の客観的評価として,条件②,④後に自己受容感覚ドリフトを調べた。これは被験者自身の手の定位が錯覚によってゴム手の方に偏位する量のことを示し,客観的なラバーハンド錯覚の指標として用いられている(Botvinick1998)。この検定は対応のあるt検定を用いた。脳血流量測定には機能的近赤外分光装置[fNIRS(島津製作所製FOIRE3000)]を全49ch(前頭葉~頭頂葉)で測定した。解析は統計マッピングソフトウェアNIRS-SPM(Statistic Parametric Mapping)を用いた。すべての検定で有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】実験はヘルシンキ宣言に従い行い,被験者には本研究の趣旨を説明し参加の承諾を得た。
【結果】
錯覚が惹起されなかった7名は分析から除外した(錯覚質問紙3以下,自己受容感覚ドリフトがマイナス値のどちらか一方でもあてはまる者)。錯覚質問紙(②SRHI:5.6±1.0,④ORHI:5.3±0.8),自己受容感覚ドリフト(②SRHI:2.1±1.4cm,④ORHI:1.8±1.3cm)共に条件②,④間で有意差はなかった。NIRS-SPM分析では,安静時と比較して課題時の方が全条件において運動前野が賦活していた。加えて,条件③では感覚運動野,条件②では補足運動野が特異的に賦活していた(p<0.05)。
【考察】
NIRS-SPMにおいて運動前野が4条件とも共通して賦活していたことから,運動前野を基盤した身体所有感に関連する神経ネットワークが機能していることが考えられる。自己受容感覚ドリフトは約2cm程度起こるとの報告があり(金谷2011),今回の結果と同程度であったことから,本実験ではどちらの条件も先行研究と同様に錯覚が生じていたことが確認された。また,錯覚質問紙と自己受容感覚ドリフトで条件②,④間で有意差がなかったことから,SRHIとORHIは同程度の錯覚が惹起されることが明らかにされた。一方,NIRS-SPMの結果から,SRHIにおいてのみ補足運動野の活性化を認めた。先行研究では補足運動野は運動主体感に関わるとされている(Kuhn2013)。これらのことから,SRHIは身体所有感に関わる運動前野に加えて,運動主体感に関わる補足運動野を活性化させることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
身体所有感の異常として,身体失認,幻肢,CRPS,運動主体感の異常として,統合失調症のさせられ体験,他人の手症候群などが報告されている。従来のRHI(ORHI)研究は,身体所有感にのみ焦点を当てているが,SRHIを応用することで,身体所有感と運動主体感の2つの観点から現象を捉え,自己身体認識のさらなる解明および新たな理学療法介入につながるのではないかと考える。
【目的】self-touch(以下ST)とは,自己の身体部位で他の身体部位に触れる経験であり,other-touch(以下OT)とは他人に自己の身体部位を触れられる経験である。脳卒中患者において,OTによる触覚刺激は知覚困難であっても,STでは知覚可能となる症例が多数報告されている(Valentini 2008)。また,身体所有感を損失している右半球損傷患者において,STの方が身体所有感を得られやすいという報告もある(Stralen 2011)。しかしながら,このような現象を支持するメカニズムを調査した報告はない。近年,身体所有感の生起プロセスの調査を行う実験的手法としてラバーハンド錯覚(以下RHI)が有用であるとされている。RHIとは,隠された本物の手と偽者の手(ゴム手)が同時に刺激されると,ゴム手が自分の手のように感じる(ゴム手に身体所有感を感じる)錯覚のことである。そこで今回,このラバーハンド錯覚を用いて,STによる身体所有感の錯覚時の脳活動を明らかにすることを目的とした。
【方法】対象は右利き健常大学生20名とした。①ST,②self rubber hand illusion(以下SRHI),③OT,④other rubber hand illusion(以下ORHI:通常のRHI)の4条件を全被験者で実施した。順序による影響を防ぐため(①→②),(③→④)の2試行を被検者毎にランダムに施行した。また,絵筆を使用し,メトロノームのテンポ(1Hz)に合わせて左母指に触覚刺激を与えた。時間は,安静10秒-課題40秒-安静10秒を3回連続して行った。条件②では,本物の手には検査者が触覚刺激を与え,ゴム手には被験者が触覚刺激を与えた。錯覚の主観的評価として条件②,④後に錯覚質問紙(身体所有感の錯覚の程度)に回答させ,7段階評価(上昇系列で強)で行い,ウィルコクソンの符号順位和検定を用いて統計処理した。錯覚の客観的評価として,条件②,④後に自己受容感覚ドリフトを調べた。これは被験者自身の手の定位が錯覚によってゴム手の方に偏位する量のことを示し,客観的なラバーハンド錯覚の指標として用いられている(Botvinick1998)。この検定は対応のあるt検定を用いた。脳血流量測定には機能的近赤外分光装置[fNIRS(島津製作所製FOIRE3000)]を全49ch(前頭葉~頭頂葉)で測定した。解析は統計マッピングソフトウェアNIRS-SPM(Statistic Parametric Mapping)を用いた。すべての検定で有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】実験はヘルシンキ宣言に従い行い,被験者には本研究の趣旨を説明し参加の承諾を得た。
【結果】
錯覚が惹起されなかった7名は分析から除外した(錯覚質問紙3以下,自己受容感覚ドリフトがマイナス値のどちらか一方でもあてはまる者)。錯覚質問紙(②SRHI:5.6±1.0,④ORHI:5.3±0.8),自己受容感覚ドリフト(②SRHI:2.1±1.4cm,④ORHI:1.8±1.3cm)共に条件②,④間で有意差はなかった。NIRS-SPM分析では,安静時と比較して課題時の方が全条件において運動前野が賦活していた。加えて,条件③では感覚運動野,条件②では補足運動野が特異的に賦活していた(p<0.05)。
【考察】
NIRS-SPMにおいて運動前野が4条件とも共通して賦活していたことから,運動前野を基盤した身体所有感に関連する神経ネットワークが機能していることが考えられる。自己受容感覚ドリフトは約2cm程度起こるとの報告があり(金谷2011),今回の結果と同程度であったことから,本実験ではどちらの条件も先行研究と同様に錯覚が生じていたことが確認された。また,錯覚質問紙と自己受容感覚ドリフトで条件②,④間で有意差がなかったことから,SRHIとORHIは同程度の錯覚が惹起されることが明らかにされた。一方,NIRS-SPMの結果から,SRHIにおいてのみ補足運動野の活性化を認めた。先行研究では補足運動野は運動主体感に関わるとされている(Kuhn2013)。これらのことから,SRHIは身体所有感に関わる運動前野に加えて,運動主体感に関わる補足運動野を活性化させることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
身体所有感の異常として,身体失認,幻肢,CRPS,運動主体感の異常として,統合失調症のさせられ体験,他人の手症候群などが報告されている。従来のRHI(ORHI)研究は,身体所有感にのみ焦点を当てているが,SRHIを応用することで,身体所有感と運動主体感の2つの観点から現象を捉え,自己身体認識のさらなる解明および新たな理学療法介入につながるのではないかと考える。