第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 ポスター » 神経理学療法 ポスター

脳損傷理学療法9

Fri. May 30, 2014 3:20 PM - 4:10 PM ポスター会場 (神経)

座長:波多野直(神奈川リハビリテーション病院リハ局理学療法科)

神経 ポスター

[0501] 足趾屈筋群へのボトックス注射後,理学療法の実施により
歩行能力の向上を認めた片麻痺患者の1症例

松坂基博 (独立行政法人地域医療機能推進機構神戸中央病院)

Keywords:ボツリヌス療法, 足趾屈筋痙縮, 歩行能力

【はじめに,目的】
「脳卒中治療ガイドライン2009」において,痙縮に対するリハビリテーションについてボツリヌス療法(以下BTX)は推奨グレードAである。慢性期片麻痺患者の下腿筋の痙縮に関して,BTX施行後の理学療法により痙縮が改善したとする報告は多いが,足趾の屈筋痙縮を対象とした報告は少ない。今回,脳出血後遺症による左片麻痺患者に対して,痙縮のみられた足趾屈筋群へのBTX施行後,約2週間にわたる理学療法を実施する機会を得た。その結果,足趾屈筋群の痙縮改善とともに歩行能力の向上がみられたので報告する。
【方法】
症例は脳出血後の左片麻痺患者(70歳男性,2002年右大脳皮質下出血発症)である。2013年10月に左上・下肢の痙縮改善の為にBTX施行目的にて当院を入院された。歩行について「つま先が引きずりやすく,歩きにくい」との訴えがあった。10月1日のBTX施行前の評価では左下肢Brunnstrom Recovery Stage(以下BRS)IIIであり,左下肢の表在・深部感覚は鈍麻していた。高次脳機能障害は注意障害・半側空間無視を認めた。痙縮に関しては,左足第1~5趾の屈筋痙縮を認め,足関節も軽度底屈位となっていた。左足第1~5趾の過緊張は可動域ほぼ全域にみられ,屈筋痙縮のMASは2であった。他動関節可動域(以下P-ROM)は左足関節背屈0°,底屈40°,左母趾IP関節屈曲50°,伸展0°,左母趾MP関節屈曲50°,伸展20°,第2~5趾DIP屈曲40°,伸展0°,PIP屈曲30°,伸展0°,MP屈曲30°,伸展10°であった。歩行は四点杖を使用し,左麻痺側遊脚期に足部外旋位で足尖を引きずりながら下肢を振り出しており,立脚期は支持性低下による接地時間の短縮と,健側下肢への重心偏移がみられ,体幹は右傾斜していた。ADLは移乗・歩行動作で最大介助レベルであり,FIMは62/126点であった。10m歩行は57秒であった。10月2日に左短母趾屈筋と短趾屈筋へそれぞれ30単位(0.6cc),合計60単位のBTXを施行された。10月2日から10月18日までの理学療法内容として①BTXで痙縮が減弱した左足趾を中心とした関節可動域運動と持続伸張ストレッチ ②痙縮治療を行った拮抗筋への促通を図り,振り出しをスムーズにする為の左下肢麻痺筋への促通と骨盤後傾運動 ③視覚によるバイオ・フィードバックを利用して体の位置と下肢の動きを確認しながらの歩行動作練習 ④四点杖での歩行練習 以上の①~④を実施した。
【倫理的配慮,説明と同意】
ヘルシンキ宣言に基づき,症例には十分な説明を口頭で行い,同意を得た。
【結果】
10月18日の最終評価ではBRSと表在・深部感覚及び,高次脳機能障害に変化は認めなかった。痙縮に関しては第1~5趾の屈曲が軽度残存しているが,足関節の背屈がややみられるようになった。筋緊張も可動域終末での抵抗感のみに改善し,MASは1へと向上した。改善がみられたP-ROMは左足関節背屈では10°,左母趾MP関節の伸展では35°,第2~5趾のMP伸展では20°となった。歩行は左麻痺側遊脚期の足部外旋位が残存しているが,つま先の引きずりは見られなくなり,振り出し時のクリアランスが向上した。麻痺側立脚期では,踵での接地が可能となり,麻痺側への重心移動が行える様になった事で,健側方向への体幹傾斜が軽減した。ADLは移乗軽介助・歩行中等度介助となり,FIMは70/126点に向上した。10m歩行は37秒と改善した。
【考察】
BTX施行と運動療法介入前の評価時では,足趾屈筋群の筋緊張亢進により,立位・歩行時のバランスや姿勢制御が崩れており,運動パターンの異常を来していた。これに対し,BTX施行後に関節可動域運動とストレッチで筋緊張の改善と伸張性の向上を図り,正常な筋緊張に近づけた。更に麻痺のある下肢筋への促通や骨盤後傾を促し,クリアランスの向上を試みた。痙縮の改善に伴い,歩容パターンが変化しうる為,視覚によるバイオ・フィードバックを利用し,一連の歩行動作の確認と修正も併せて実施した。最終評価時でも足趾・足関節の自動運動での背屈は困難であったが,筋緊張改善と促通効果により,振り出し時の下肢共同運動の中で背屈が行いやすくなったと考える。立脚期も足趾屈筋群の痙縮が改善したことで,足底全体の接地が可能となり,支持性向上に繋がったと推察する。
【理学療法学研究としての意義】
通常,BTXの投与量については,筋の大きさや痙縮の状態によって決定されており,足趾屈筋群へのBTXアプローチは他の下肢筋と比べると投与量が少ない為,患者の身体的・経済的負担軽減に繋がる利点を有する。足趾屈筋群へのBTX施行後に理学療法を行い,歩行能力の向上を示した報告は多くないが,今回の症例により足部へのアプローチの有効性も示唆されたと考える。今後も症例数を増やして更に検討していきたい。