[0504] 遷延化した視床痛に対する包括的理学療法
Keywords:疼痛, 慢性痛, 心理社会的要因
【はじめに,目的】
疼痛に対する理学療法は組織異常から生じる身体的問題に着目しがちだが,非特異的腰痛に代表されるように,慢性痛は異常所見が画像や血液検査で認められないことがある。慢性痛は,身体的問題だけでなく心理社会的要因が複雑に絡み合っているため運動器の慢性痛治療は,生物心理社会的モデルに基づいた集学的治療が有効とされる報告が散見されるようになった(松原,2013)。一方,組織損傷の明確な中枢性疼痛に対しては,脳卒中治療ガイドライン2009によるとアミトリプチンや機能的脳外科手術が有効と紹介されているが,理学療法の有効性の報告は乏しい。遷延化した視床痛を呈した患者に対し慢性痛治療の概念を導入したところ,疼痛が緩和し過剰な受動的リハの悪循環から脱却できたので報告する。
【方法】
2009年7月に右視床出血を発症し,視床痛を呈した通所リハ利用中の60代後半の女性を対象にした。本症例に対し,痛み行動を助長させないこと,受動的リハの要求をエスカレートさせないことを目標とした。具体的方法として先行研究(関口,2007)を参考に進めた。不動による疼痛,疼痛による不動を防ぐため1.安静を治療として勧めない2.不活動の悪影響についての説明3.失敗体験の繰り返しを避けるため,平易な運動を提案し成功体験による自信と報酬(称賛,関心など)を得られるようにする4.疼痛の改善に無効な治療の見直し5.趣味や実生活で必要となる情報を聴取し,必要性のある活動や運動療法の反復練習を中心に行い患者の意欲が持続するように支持した。処方薬は,適宜服薬手帳で内容を確認し疼痛との関係を経過観察した。痛みは主観的なものであり,痛みを尋ねることで疼痛顕示行動を助長させる怖れがあるため,疼痛は客観的評価指標を用いて効果判定した。
【倫理的配慮,説明と同意】
対象者に書面を用いて研究の趣旨を説明し,同意と署名を得た。
【結果】
2009年8月より回復期リハ病院に約180日入院。入院中も疼痛コントロール不良で不眠。趣味は外食・旅行・通院。
通所リハを利用開始してからも夜間痛のため中途覚醒,日中も麻痺側に断続的な疼痛があり活動に消極的で受動的リハに固執。初期評価は,Face Scale:4(客観的),Brunnstrom stage:上肢I手指I下肢III,modified Ashworth scale:上肢2下肢3,麻痺側ROM制限著明で表在深部感覚重度鈍麻。立ち上がりと4点杖歩行(オルトップAFO使用)は一部介助で可能だが膝折れ有り。Barthel index:45点。寝返りや屋内車椅子自走等のできる活動もスタッフに依存的であった。身長:153cm,体重:51.7kg,BMI:22.0。
2012年10月に近医の勧めで疼痛外来受診し投薬変更。昼夜とも疼痛緩和し能動的リハを希望し始める。同時に多部位かつ長期間の物理療法と徒手療法の見直しを提案した結果,運動療法(歩行練習,階段昇降練習,固定自転車運動)の割合が増え,受動的リハは麻痺側ROM運動と温熱療法1ヵ所へと整理できた。最終評価は,Face Scale:2(客観的),Brunnstrom stage:上肢II手指II下肢III,modified Ashworth scale:上肢1+下肢2,麻痺側ROM改善,下肢深部感覚軽度鈍麻。立ち上がりと4点杖歩行(オルトップAFO使用)は見守りで可能となり膝折れ無し。車椅子自走等のできる活動は自ら行うようになり活動範囲が広がった。Barthel index:65点,体重:68.6kg,BMI:29.3。
【考察】
疼痛を修飾する因子は,患者本来の性格や家族・医療スタッフとの関係が挙げられる。初期最終評価時とも主観的な痛みを尋ねると疾病利得からか険しい表情をしてアピールすることに変化はなかった。継続的な理学療法・薬物療法・家族の協力が功を奏し痛みの悪循環が断たれ,能動的リハが疼痛管理に役立つことを患者自身が経験し,自己効力感を得たことが過剰な受動的リハから脱却する転機になった。理学療法単独でなく実生活や趣味を通して活動性向上と活動範囲の拡大が生じ。疼痛緩和とともに関節運動が豊富になったことで神経筋活動が促通され,ADL向上と歩行能力改善に至ったと考える。また,漫然とした薬剤投与の場合,依存性や耐性に関する知識も必要と感じた。薬剤との関係も否定できない体重増加は,在宅での食事療法の困難さを示唆している。
【理学療法学研究としての意義】
組織損傷が明らかな視床痛においても運動器の慢性痛に似た様相を呈してくる。臨床で避けたいことは,医療や他人に依存し過ぎてしまい,治療に対する要求が徐々にエスカレートし,時間の経過とともに患者も医療者も悩みが増していくことである。心理社会的側面へのアプローチの視点も本症例を通じて経験できた。疼痛に対する理学療法は,多くの対象者に当てはまる普遍的側面よりも個別的側面の整理と検証作業の積み重ねが重要になる。今後,疼痛の変動とself-rating depression scale(SDS)の関連性も調査していきたい。
疼痛に対する理学療法は組織異常から生じる身体的問題に着目しがちだが,非特異的腰痛に代表されるように,慢性痛は異常所見が画像や血液検査で認められないことがある。慢性痛は,身体的問題だけでなく心理社会的要因が複雑に絡み合っているため運動器の慢性痛治療は,生物心理社会的モデルに基づいた集学的治療が有効とされる報告が散見されるようになった(松原,2013)。一方,組織損傷の明確な中枢性疼痛に対しては,脳卒中治療ガイドライン2009によるとアミトリプチンや機能的脳外科手術が有効と紹介されているが,理学療法の有効性の報告は乏しい。遷延化した視床痛を呈した患者に対し慢性痛治療の概念を導入したところ,疼痛が緩和し過剰な受動的リハの悪循環から脱却できたので報告する。
【方法】
2009年7月に右視床出血を発症し,視床痛を呈した通所リハ利用中の60代後半の女性を対象にした。本症例に対し,痛み行動を助長させないこと,受動的リハの要求をエスカレートさせないことを目標とした。具体的方法として先行研究(関口,2007)を参考に進めた。不動による疼痛,疼痛による不動を防ぐため1.安静を治療として勧めない2.不活動の悪影響についての説明3.失敗体験の繰り返しを避けるため,平易な運動を提案し成功体験による自信と報酬(称賛,関心など)を得られるようにする4.疼痛の改善に無効な治療の見直し5.趣味や実生活で必要となる情報を聴取し,必要性のある活動や運動療法の反復練習を中心に行い患者の意欲が持続するように支持した。処方薬は,適宜服薬手帳で内容を確認し疼痛との関係を経過観察した。痛みは主観的なものであり,痛みを尋ねることで疼痛顕示行動を助長させる怖れがあるため,疼痛は客観的評価指標を用いて効果判定した。
【倫理的配慮,説明と同意】
対象者に書面を用いて研究の趣旨を説明し,同意と署名を得た。
【結果】
2009年8月より回復期リハ病院に約180日入院。入院中も疼痛コントロール不良で不眠。趣味は外食・旅行・通院。
通所リハを利用開始してからも夜間痛のため中途覚醒,日中も麻痺側に断続的な疼痛があり活動に消極的で受動的リハに固執。初期評価は,Face Scale:4(客観的),Brunnstrom stage:上肢I手指I下肢III,modified Ashworth scale:上肢2下肢3,麻痺側ROM制限著明で表在深部感覚重度鈍麻。立ち上がりと4点杖歩行(オルトップAFO使用)は一部介助で可能だが膝折れ有り。Barthel index:45点。寝返りや屋内車椅子自走等のできる活動もスタッフに依存的であった。身長:153cm,体重:51.7kg,BMI:22.0。
2012年10月に近医の勧めで疼痛外来受診し投薬変更。昼夜とも疼痛緩和し能動的リハを希望し始める。同時に多部位かつ長期間の物理療法と徒手療法の見直しを提案した結果,運動療法(歩行練習,階段昇降練習,固定自転車運動)の割合が増え,受動的リハは麻痺側ROM運動と温熱療法1ヵ所へと整理できた。最終評価は,Face Scale:2(客観的),Brunnstrom stage:上肢II手指II下肢III,modified Ashworth scale:上肢1+下肢2,麻痺側ROM改善,下肢深部感覚軽度鈍麻。立ち上がりと4点杖歩行(オルトップAFO使用)は見守りで可能となり膝折れ無し。車椅子自走等のできる活動は自ら行うようになり活動範囲が広がった。Barthel index:65点,体重:68.6kg,BMI:29.3。
【考察】
疼痛を修飾する因子は,患者本来の性格や家族・医療スタッフとの関係が挙げられる。初期最終評価時とも主観的な痛みを尋ねると疾病利得からか険しい表情をしてアピールすることに変化はなかった。継続的な理学療法・薬物療法・家族の協力が功を奏し痛みの悪循環が断たれ,能動的リハが疼痛管理に役立つことを患者自身が経験し,自己効力感を得たことが過剰な受動的リハから脱却する転機になった。理学療法単独でなく実生活や趣味を通して活動性向上と活動範囲の拡大が生じ。疼痛緩和とともに関節運動が豊富になったことで神経筋活動が促通され,ADL向上と歩行能力改善に至ったと考える。また,漫然とした薬剤投与の場合,依存性や耐性に関する知識も必要と感じた。薬剤との関係も否定できない体重増加は,在宅での食事療法の困難さを示唆している。
【理学療法学研究としての意義】
組織損傷が明らかな視床痛においても運動器の慢性痛に似た様相を呈してくる。臨床で避けたいことは,医療や他人に依存し過ぎてしまい,治療に対する要求が徐々にエスカレートし,時間の経過とともに患者も医療者も悩みが増していくことである。心理社会的側面へのアプローチの視点も本症例を通じて経験できた。疼痛に対する理学療法は,多くの対象者に当てはまる普遍的側面よりも個別的側面の整理と検証作業の積み重ねが重要になる。今後,疼痛の変動とself-rating depression scale(SDS)の関連性も調査していきたい。